最判平成10年9月10日判時1653号101頁(民集52巻6号登載予定)


図  事案が複雑なのでごく単純化して説明すると、甲乙は丙に対する共同不法行為者で あり、その過失割合は6対4であった。ところが、甲丙間には別訴で裁判上の和解が 成立し、甲は丙に対して自己の負担部分を越える和解金を支払い、丙は残債務の免除 の意思表示をなした。
 本件は、甲が乙に対し、乙の負担部分についての求償金の支払いを求めたものであ るが、丙が甲に対してなした免除の効力が乙に及ぶかどうかが問題となる。



「この場合、甲と乙とが負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であるか ら、甲と被害者との間で訴訟上の和解が成立し、請求額の一部につき和解金が支払わ れるとともに、和解調書中に『被害者はその余の請求を放棄する』旨の条項が設けら れ、被害者が甲に対し残債務を免除したと解しうるときでも、連帯債務における免除 の絶対的効力を定めて民法437条の規定は適用されず、乙に対して当然に免除の効 力が及ぶものではない」
「しかし、被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有して いると認められるときは、乙に対しても残債務の免除の効力が及ぶものというべきで ある。そして、この場合には、乙はもはや被害者から残債務を訴求される可能性はな いのであるから、甲の乙に対する求償金額は、確定した損害額である右訴訟上の和解 における甲の支払額を基準とし、双方の責任割合に従いその負担部分を定めて、これ を算定するのが相当である」



 従来より判例は、共同不法行為者の損害賠償義務について、不真正連帯債務と解す る立場をとってきていた。そして、講学上連帯債務と区別して理解される不真正連帯 債務関係にあっては、免除の絶対効に関する民法437条の適用はなく、したがって 不真正連帯債務者のうち一人に債務の免除がなされたとしても、他の者に対してはそ の効力が及ばないものと解されるのが一般的であった(但し、淡路剛久・私法判例リ マークス1996(上)35頁参照)。
 これに対して本件は、上の立場を基本的に採用しながら、不真正連帯債務関係にあ る他の共同不法行為者に対しても、免除の効果が及びうる場合のあることを示唆した ものである。この点、本件丙が乙に対しても残債務免除の意思を有しているのであれ ば、乙丙間で免除の効果が生じるのはあたかも当然のように見えるかもしれないが、 一般の意思表示理論からすれば、丙の免除の意思表示が乙に到達するなりせねばなら ないはずであって、単に丙が免除の意思さえ有していれば足りるとした点において、 本件判決には独自の意義があるものと解される。
 「共同不法行為 → 不真正連帯債務 → 免除相対効」と単純な図式で理解している 受験生があれば、本判決を機会にこの点を整理してみてはどうであろうか。