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 ホットニュース

2005年1月23日(日曜日)掲載

  ご案内 「鷲江芙美子と子どもたちの絵」作品展

 また、絵をかいたり、染めをしたい…」

入院中のベッドサイドの机から取り出した大学ノートには、お見舞いの花、読みかけの本の挿し絵、枇杷の枝が描かれていました。

鷲江芙美子さんは、2000年から“子ども・女性・障害者・高齢者の人権ネットワーク”の事務局長となり、富田での新しい福祉の街づくり運動の中心メンバーとして、社会福祉法人「つながり」の立ち上げに関わりを持つようになりました。持ち前のバイタリティで、文字通りひとり何役もの仕事をこなして駆け回り、知的障害者授産施設・サニースポットの開設に寄与、その施設長を引き受けられました。しかしサニースポットがオープンした直後の2003年4月7日、突然「脳腫瘍」で倒れられ入院することになりました。ご家族の手厚い見守りの中、最新の治療と持ち前の強い意思により、8月には職場復帰を果たされましたが、12月には病が再発、再手術のあとは自宅療養を続けられていました。しかし2004年6月10日の朝、意識障害がすすみ、翌11日ついに帰らぬ人となりました。57歳の若さでした。

高槻の富田、松原、北大冠、南平台の各小学校教師時代は図工・美術教育の実践と運動に力をそそぎ、40代半ばで退職、その後も私立今村学園高槻幼稚園やゆうあいセンター、富田青少年交流センター等で絵画教室や草木染め教室を開き、子どもたちの魂に豊かな絵ごころを伝えてこられました。また地域に対しても関わりを持ち続け、障害をもつ子どもや大人への深い愛情と情熱は、終生衰えることはありませんでした。

このたび私たちは、彼女の志の高さ、夢の大きさを知るものとして、また共に夢を語り活動をしてきた友人として、あるいは美術教育、そして高槻を絵本のまちにしようと運動を共にした仲間として、何かを残したい・伝えたいとの思いから、この作品展を企画しました。

多くの方々がこの作品展を通して、鷲江芙美子さんの美術教育や草木染めのへのひたむきな想い、

また障害を持つ子どもたちの幸せを願う強い意志を感じとっていただければ幸いです。                                   

2005年1月

「鷲江芙美子と子どもたちの絵」作品展実行委員会

 

鷲江 芙美子さん 略歴
1946年 広島県三原市で生まれる
1969年より 寝屋川市立明和小学校、高槻市立富田・松原・北大冠・南平台 各小学校教諭/その間、図工美術教育の実践と運動に取り組む
高槻市教育研究会会長、同図工部長をつとめる。
1992年 退職
以後、ライフワークとしての草木染めに取り組む。
富田青少年交流センター絵画教室講師、主任児童委員等を歴任 ゆうあいセンターで障害をもつ人たちへの絵画指導。
2000年 人権ネットワーク事務局長
富田の新しい福祉の街づくりプロジェクト活動に取り組む。
2003年 知的障害者通所授産施設サニースポット開所、施設長
脳腫瘍で入院、一時職場復帰するも再発入院。
2004年 永眠〔6月〕

 

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