NewsLetterA 2004年1月10日発行
《ノンジョック自然農園での日々。。。》
私にとっては、毎日が幸せで楽しくて、あっという間に終わってしまったノンジョック農園での
研修でした。月曜の夜と金曜の朝にCSA(年間契約での消費者との提携システム)メンバーへ 届ける野菜のパッキングの仕事があって、野菜の収穫を手伝うのですが、特にこれといった理 由はないけれど、とにかく摘み取ることが楽しいのです。四角豆の蔓葉をかきわけ、そこに実 を結んだ四角豆を見つけて、摘み、バスケットに入れる。それだけの行為を続けることが、楽し くてしかたありませんでした。食物を摂取して生きている生命体として、本能的に収穫の喜びを 知っているように感じました。生きるために欠かせない食糧を得られ、それを食べて生きて行 けるということ。この幸せ。うまく表現できないけれど、生きているってそれだけで、すごく素晴し い事だという感覚。モノやお金、そういうものを何も持っていなくても、生きてここに存在してい ること、その命の価値のようなものを実感したように思いました。
《ブアカオのレインボープラン》
ブアカオは、パイロットプロジェクト地の一つであるタイ東北部ガラシン県にある町です。
パイロットプロジェクトとは、1999年に政府に対して農民たちが3ヶ月以上の座り込みを行っ
て、2001年から3年間、持続的農業を農民が自ら運営できる形で普及していくための活動を行 う資金を獲得し、その資金によって、それぞれの地域にあう形で持続的農業を勧めていくもの です。山形県長井市のレインボープランをヒントに、様々な条件を考慮した結果この町、ブアカ オでレインボープランがはじめられました。
目的:
・作物の栽培、収穫によって土から奪われた栄養分を堆肥にして土に帰すことにより、土の栄
養分を補い、有機物の輪をつなげる。
・作物栽培・提供と生ゴミ提供によって、都市と農村が互いに興味を持ち、連帯感を持つこと、
互いにどうやって協力し合っていけるかを意識して関係を気付いていく。
NewsLetterB 2004年2月5日発行
《今日までの日々》
この3日で、この家に住み始めて1ヶ月がたちました。この家のご両親は以前にも何回かホー
ムステイ(タイ人の)を受け入れたことがあるためか、すごく慣れていて私も初日からとてもサバ ーイな暮らしをさせていただいています。お母さんは近くの学校で子供たちの給食やおやつを 作って食べさせる仕事をしていて、朝6時には出勤します。お父さんはプロジェクトの委員をし ているので、あちこち行ったり、会議に出たりすることが多くて、あまり畑の仕事をたくさんはで きません。私は、お父さんの出る会議についていったり、ちょっと畑を手伝ったり、やり方を教 わったりしている毎日です。お父さんは朝4時ごろには畑に行って、水やりをしたり牛の放牧を したりして、一仕事終えた朝8時から9時頃に家に私を迎えに来ます。ですから、母が出掛けた 朝6時からの2〜3時間はちょっと寂しい時間です。ときどき近所のおばあちゃんが立ち寄って くれたり、姪っ子が通学途中にバイクを置きに寄ったりするくらいで、大体は一人でタイ語の勉 強をしたりしています。日によっては、お父さんがなかなか迎えに来てくれなかったり、午前中 でもう家に送り帰されたりするときもあって、そんなときは、暇だし、一人で寂しいと思うこともあ ります。何にもすることがないとき、していないときに、どうして不安になるのかな?とちょっと考 えたりします。何か目に見える成果がある仕事をすると、例えば「これだけの広さ耕した!」と か、それを見ることで、“これだけ働ける!”という自分の価値を確認できる。だから安心する のでしょうか。“命の価値”とはいいましたが、未だやっぱり目に見えるものが気になります。
《RainbowPlan》
理念:
★地域住民自らが創り出した、台所と農地をつなぐ虹の架け橋
“台所と農地をつなぐ”とは・・・
「農家の生活は消費者が守る」=「消費者の健康は農家が守る」
〜みんながお互いを気遣い、幸せをわけあう
〜お互いを支えあう仲になる
誰かがどこか一箇所でも役目を怠れば、循環は途切れて破綻する
●ゴミ処理と資源化の違い
ゴミ処理は「無かったこと」にすること。燃やす、埋めるなど。
資源化は積極的に活用すること。堆肥として次の世代へ。
●旬と価格の関係
全ての作物に旬があって、その時期が一番おいしいけど、流通量も多くて価格がとれないた
め、促成or抑制栽培をし、価格のとれる時期に消費地へ向け大量出荷する。農作物の基準 が、「滋養」「安全・安心」ではなく「見栄え」「規格」に。
●生ゴミ堆肥と滋養
生ゴミは、かつて存在していた植物や動物の遺体であって、その中には生物に必要な栄養
素が生きるのに必要なバランスで既に存在している。生ゴミには多種多様の生物の遺体が含 まれているので、それらから作られた堆肥は、まさにパーフェクトな栄養バランスなのです。生 ゴミが旬野菜だったら、その生ゴミ堆肥も旬堆肥ってこと。
《堆肥と作物と人間》
人間は呼吸して、水を飲んで、野菜・米・肉を食べています。土の上を、土の隙間を流れてく
る水、土から生まれた野菜や米、それを食べて育った動物の肉。子供の頃学校で習ったこと を思い出しても、例えば、鶏に赤い色の餌を多く食べさせると黄身の赤い卵を産んだり、植物 の茎の中の管を観察するのに色のついた水を吸わせて見たり。いろいろな場面で、そのつな がりを目にする機会はあったのに、実感としてなかなか自分のものになりませんでした。私た ちは、その食べ物を通して、彼らが食べたものを食べています。その野菜を通して、その野菜 が育った地の土を食べ、その水を飲んでいます。だから、土や水が汚れたら、私たちの体も汚 れるし、土や水が栄養満点なら、体も栄養満点になって、さらに栄養満天な糞になって土を豊 かにするはずです。ここブアカオでは、堆肥を土の上で作るので、堆肥の中に入れた生ゴミ が、いつのまにか姿を変えて、土に帰って行くのを見ることができます。生ゴミは、「無くなった」 のではなくて、次の時代を生きる姿に生まれ変わって、新しい世代へ自分が持っている要素を 引き継いでいます。そんな堆肥を使って、私が蒔いた種が、先日芽を出しました。成長していく のがとっても楽しみな毎日です。
《レインボープランに興味を持ったわけ》
本当の事を言えば、私の理想は、みんなが自分の食べるものを作って、余った部分を交換し
合う、そんな地域内で自立していく社会です。けれど、都市になると無理があるとも感じていま す。そういう社会で、レインボープランは消費と生産の関係を切断しない一つの方法ではない かと思います。自分の生ゴミの分別が、自分の食べるものの安全を保障します。積極的に生 産に関わっていける、有機的つながりを取り戻せる一手段だと思います。
NewsLetterC 2004年3月10日発行
《ゴミ分別の不思議》
レインボープランでは、市場や飲食店にゴミの分別に協力してもらって、分けて出してくれた
生ゴミを利用します。豚の餌にする野菜くずは各自で集めています。私が夕方市場に野菜くず を集めに行ってこれらを袋に詰めていると、必ず数人に「それもって行ってどうするの?」と声 をかけられます。私が「豚にあげるんだよ」と言う前に、その売り子のおばさんが「堆肥を作る んだよね」と答えました。このプロジェクトでは、何のために分別して捨てるのかがはっきりして います。
日本の暮らしでは、燃やせる・燃やせないの他にもかなり細かく分別する地域もありますが、
一体それぞれどう処理が違うのかわからないし、あまり考えもしませんでした。ただ、決められ ているから分別してその後はまかせっきり、ほったらかし。別のものが混じってしまっても、そ れがどういけないのか、どう影響があるのかもあまり身近に感じられません。生ゴミ堆肥のた めの分別では、例えばプラスチックが雑じると、それがたとえ小さくても堆肥にはなりません。 “何のために”がちゃんと目に見えてわかるし、自分で堆肥を作るので、分別の影響が自分の 身近なこととして返ってきます。
NewsLetterD 2004年4月20日発行
《水かけ祭り用野菜たちの悲劇》
4月13日〜15日は“水かけ祭り”です。この期間は非常によく物が売れると言うので、その日
に向けて我が家でも空芯菜や葱などたくさん育てていました。しかし、ふとした隙に空芯菜3畝 全てを牛に食べられてしまいました。全てではなくても、牛に食べられる被害はよく起きます。 それに加えて、最近はニワトリの被害が大きくなってきました。というのも、“マルチ”といって、 草などで畝をすっぽり覆って、保湿・保温する方法があるのですが、ここイサーン地方の土は 赤い粘土質で草もほとんど生えてきません。なので、草の代わりに稲わらを使ってマルチを施 すことにしたのです。そしたら、自分の農園のニワトリだけでなく、隣の農園のニワトリまでもや ってきて、わらを掘り返したり突っついたり蹴ったり・・・すっかりめちゃめちゃにされてしまうの です。蒔いたはずの種から芽は出てこず、収穫時になりかけていた葱は全て折られてしまいま した。どこの国でもそうだと思いますが、消費者は見た目の美しい野菜を好みますし、折られた ところからまた新しく伸びてくるまでに時間もかかってしまいます。私はすっかり、牛とニワトリを 恐れて、この一ヶ月はほとんど他の農園へもプロジェクトの勉強会などにも行かず、ずーっと番 をしていました。
気を新たに、昨日また空芯菜の種を蒔きました。毎日のニワトリのいたずらは相変わらず続
いています。私は当然のごとく、わらマルチをしませんでした。そこへお父さんが帰ってきて、
「何でわらを被せないんだ?」
と。
牛に食べられても、ニワトリにかき混ぜられて芽が出なかったり折れてしまったりしても、め
げないその姿に対し、私はなんて自然に対して臆病なんだろうかと情けなくなりました。農民の たくましさに感動しました。
数日後、案の定土を掘り返して全てめちゃくちゃにした彼らは売られ、また、我々に食べられ
てしまいましたけどね。。。
ブアカオに来てから、洗濯は手洗いです。私は日本の地元から買って送ってもらっている廃
油リサイクル石鹸を使っています。先月、石鹸が足りなかったので普通に売っている洗濯用洗 剤をお母さんから借りて洗濯をしました。自分では肌は強い方だと思っていましたが、そのたっ た一回で指先の皮膚が荒れ、皮が剥けてしまいました。日本では全自動洗濯機に入れればお しまいだったので、手に洗剤が付くということ、洗剤液に数分手を浸しておくということがなかっ たため、そんなことが起こるなんて全く気付きませんでした。私自身も、急に指先が荒れたの が何のせいなのか、すぐには気付きませんでした。石鹸を日本から送ってもらって使い始める と、手の荒れは治り、その後は何の問題もありません。
お母さんをはじめ近所の人は、売っている洗剤を使わないといい香りがしないからいやだと
言います。でも洗濯をしているお勝手には、香草、果樹、観葉植物などたくさんの植物が植えら れていて、排水はそのままそこにザーッと捨てるわけですから、植物たちはそんな水を吸って 生きないといけない。しかも、時々そこから取ってきた植物は私たちの口に入ります。一回使う と手が荒れるような水を吸収した葉を食べる・・・植物にそんな水を与えているのはまぎれもなく 自分。家の中で洗濯機を使っている間はこんな明白な関係すら見えなくなってしまっていたん だなぁと感じました。
石鹸は自分でも油と苛性ソーダから簡単に作れますし、合成洗剤のように複雑な化学反応、
高温、高圧により作られるわけではありませんので、分解、つまり自然に帰ることも簡単です。 皮膚から吸収された石鹸は油と塩になりますので害がありませんが、合成洗剤に使われてい る界面活性剤は、たんぱく質を溶かし、その機能を奪います。それ自体が害なのです。しか も、皮膚から吸収されたものはそのまま血管に入って全身に運ばれるので、排泄もされにくい ものです。それ以外にも、香料、防腐剤等、様々な分解されにくいものが体内に入ります。
細長い形のコップやフィルムの空き容器等に1/3くらいの水を入れ、試してみたいシャンプ
ーなどを10滴くらい入れてよく振り、泡を立てます。そこに酢を5〜6滴落としてよく振ります。
・液が白く濁り、泡が消えたら石鹸。
・液に変化がなく、泡が消えないものは合成洗剤。
・液が白濁して、泡が消えないものは複合石鹸です。
《いよいよ、夏本番!!》
そろそろ、日中はほぼ何もできないほど暑い!という日が多くなってきました。畑仕事を終
え、帰る時、田んぼの中を走る土の道路から、住宅地のほうの舗装道路へ出るとムッと急に 気温も湿度も上がるのがよくわかります。土や木がそこにあるだけで、人間を護ってくれている んだなぁと、大地の優しさを感じます。
《そういえば大工さんも人間だった・・・》
イサーンの農民は、大体は農園の土地を離れたところに持っているので、忙しい時期(田植
え、稲刈りなど)にはそのまま農園で寝泊りしたり、食事を作って暮らしているため、小さな家が 農園にあります。“高床式あずまや”みたいな感じです。「ティアンナー」といいます。一月末から 二月末にかけて、お友達のおじさんのティアンナー造りを数回手伝いました。穴を掘って柱を 四本立て、骨組みを作ります。タイ人らしい(?)独特の水平の取り方で、何度か、「いや、それ はちょっとどうだろう・・・?」と言いそうになりましたが。それでもティアンナーは立派に建ちまし た。大工さんにしか造れないわけじゃない。そもそも大工さんだって人間なんだし、と思いまし た(地震のないところだからできるっていう部分も確かにありますが)。
いろんなこと、人間が元々できるはずの様々なことから、疎外されていることがいろいろある
社会で暮らしていたんだなぁと、これも、疎外されているひとつだなぁとおもいました。
つまり、“その特別の人に頼らないといけない”という状況と思い込みです。そして、時がたつ
につれて、本当にできなくなってしまうことがなんて多いんだろうと思うのです。
ノンジョック自然農園にいた研修中に、タイホフというNGOの代表にお話を聞きに行ったとき
に、この話をしてくださったことを思い出しました。ティアンナー造りを手伝って、これもその一つ だと実感しました。
例えば、咳が出たとか、熱がでたとか、何でも医者に頼るようになると、その原因を自分で考
えなくなるし、その対処法も考えなくなって、医者がいないと自分の体のこともわからない、生き ていけないようになってしまいます。水だって、水道の蛇口から出てくるのが当たり前の世の中 にいると排水が海まで流れていき、蒸発して、それが雨となって地上に戻って来て飲み水にな るのだから、洗濯排水をはじめ、私たちが捨てる水は即ち飲む水だということを忘れてしまい ます。道路が全てアスファルトである環境にいると、土の地面が気温を保つために何をしてくれ ているか、気付くことさえありません。こうして、土や水、食べ物、住居、そして自分の体からも 疎外されていき、そのプロフェッショナルにそれら全てのことを頼って生きなければならなくなっ てきています。プロフェッショナルは、世の中の5%にも満たないものです。これが不自由で不 安定なことに思えて仕方がないのです。
NewsLetterE 2004年5月20日発行
《中間報告・・・タイの農村で半年過ごして感じたこと、考えたこと》
私は大学でマイクロファイナンス(マイクロクレジットや小口金融ともいいます)について学び、
その時資料や本から知り、感じた、農村のこと、農民の立場、開発と称して外から入ってくるも のや人の行為への疑問や怒りを、数ヶ月タイ農村で過ごしてきた今、自分自身の問題、自分 の気持ちとして感じるようになりました。外部からのものに対する不信感や理解しがたいこと、 思慮不足の言葉や行動などがあることを感じました。それと同時に、その反面、外部からの力 が、なぜそういう行動になったのか、そういう援助をしたのか、したかったのか、そういう理解と もなりました。
例えば、「水がない」ことの現実を知りました。井戸を作るという援助は、“水さえあれば・・・”
という切なる願いに応えるべくの行為だったんだとわかりました。
農業をして生活することは、それが直に生命と結びついています。その食物が育たなけれ
ば、食物は得られないのです。種を蒔く準備の段階から、本気で自分の全ての思いをかけて 作業するのは、すごく当然のことなのです。仕事をすることと、生きることが直結している。だか ら、その日ごとに起こる変化に感動し、喜び、悲しみ、怒る。目が出たり、丈が伸びたり、実が できたり、収穫したり。そして、自分が食べること、売りにいって野菜を褒められたり、買っても らえたりすること。牛や鶏に食べられたり、干上がって枯れてしまったり、雨で土が流れ、倒れ てしまったこともありました。
三月の初めにスタディーツアーがあり、畑の世話ができない日が数日続きました。牛や豚の
世話は母が代わってすることができますが、母は朝から昼までの自分の仕事が終わってから の農作業となるので、全てに手は回りません。そのために元気がなくなったり、収穫時期を逃 して売れなくなってしまった野菜もたくさんありました。久しぶりの畑に父の姿が見られたその 日、地元のNGOスタッフの方が畑に訪ねてきて言ったことは、「明日、消費者会員に野菜をプ レゼントに行くから、朝野菜を収穫して持って来て」そして更に「水やりはいいから、早く会議に 行くよ」でした。勿論、レインボープランという活動をしている上で、これはとても大切なことだと わかっています。でも、水やりができないことが野菜がどうなることに結びつくのか、数日間主 のいない畑がどういう状態なのか、どうしてわかってくれないんだろうと悲しくなり、腹が立ちま した。
その日その日にできた野菜、売れた金額、それがその日のご飯代になるという農民もいま
す。朝早く、まだ暗いうちから、ご飯代にするために売れるものを探しに森へ出掛けていく人も います。毎日、「その日を生きる」のです。
私はここへ来て、毎日その日を生きることの怖さと楽しさ、それができることの幸せを教わり
ました。一生命体として、今日一日生命を育むこと、育めたこと、それが幸せだなぁと思いま す。今までの人生の中で、私はたった一日でも、「今日一日生きる」ということを真剣に考えて 生きた日があったでしょうか。このまま暮らしていいんだろうか、この先やっていけるんだろう か、そんなことばかり考えてすごしていたように思います。この心配は、過去の自分の生活を 基準に考えを巡らせているだけのことで、未来のことでも、ましてや今日の暮らしのことでもな かったと気付きました。
NewsLetterF 2004年6月10日発行
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