まどかの入院記録


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(1) まどか誕生〜心臓外科手術〜退院までの記録 1998年3月4日〜9月12日

(2)心臓根治手術(退院)後 1998年 9月 〜 1999年 1月

(3) 肺炎で入院 1回目の入院 1999年1月30日〜3月13日

(4)退院後 1999年 3月 〜 7月

(5) 肺炎で入院 2回目の入院 1999年7月22日〜8月2日

(6)退院後 1999年 8月 〜 11月

(7) 肺炎で入院 3回目の入院 1999年12月15日〜12月20日 + 12月22日〜12月30日

(8)退院後 2000年 1月 〜 2月

    「もう入院はないと信じたかったが...」

(9) 肺炎で入院 4回目の入院 2000年2月29日〜3月16日

(10)退院後 2000年 3月 〜 8月

(11) 肺炎で入院 5回目の入院 2004年10月28日〜11月7日

(12) 肺炎で入院 6回の入院 2005年3月5日〜2005年3月14日

(13) 肺炎で入院 7回の入院 2005年7月5日〜2005年7月13日

(14) アデノイドで入院 8回目の入院 2006年2月7日〜2006年2月15日




(1)まどか誕生〜心臓外科手術〜退院まで 1998年3月4日〜9月12日

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記録日 月齢 できごと
1998/03/04 誕生! 午後3時15分誕生。体重2900g。
1998/03/07 3日目 余りにもミルクの飲みが悪すぎることから、救急車で日本医科大学付属多摩永山病院に転院。
1998/03/11 7日目 黄疸が出たため、2日間光線治療を受ける。
1998/03/09 5日目 ママが面会時に担当医師から「検査の結果、心室中隔欠損症が見られ、手術の必要がある。現代医学での心臓手術成功率は90%。」と告げられる。
1998/03/10 6日目 パパは、担当医師から「検査の結果、動脈管開存症でもある」「顔つきや心臓の件から見て、ダウン症の疑いが大きい。染色体の検査をしたい。」と告げられる。
1998/03/25 21日目 文京区にある日本医科大学付属病院へ救急車で転院。
1998/03/30 26日目 “第一回心臓カテーテル検査”(右そけい部から心臓まで管を通して心臓の様子を調べる検査)。同時に、担当医師から「染色体検査の結果間違いなくダウン症です。」と告げられる。
1999/04/04 1ヶ月 手術の説明を受ける。「手術は、2回に分けて行い1回目の手術は4月13日。2回目の手術は体重が7〜10キロになってからと考えている。」と言われる。
1998/04/10   医師から「昨日から2回嘔吐している。手術前に肺炎にならないためにも、チューブからミルクを30cc飲ませる事にした。血液中の酸素の値が低い、永山にいた頃からそうではなかったか。」と告げられる。麻酔科の医師から説明を受ける。
1998/04/13   “第一回目手術”午前10時から手術が行われた。手術後なかなか麻酔から覚めず、非常に心配になった。風がとても強く、木の葉が一杯舞い落ちるいやな天気だった。体重3300グラム。
1998/04/14   呼吸器が外される。
1998/04/15   また呼吸器がついていた。14日の夕方から呼吸が苦しそうになったとの理由。
1998/04/16   再度呼吸器が外される。
1998/04/18   ICUからコット室に戻る。顔の周りに酸素が一杯あるようにするために、首から上は酸素ボックスの中に入る。まどかの場合酸素飽和度が93%あるといいらしい。チューブから3時間おきに母乳25cc飲む
1998/04/26   担当医師から「術後の快復が遅い。体の変化に対応できないみたいだ。暫く酸素ボックスに入れて様子を見る。」と説明される。
1998/05/15   哺乳瓶から3ー5cc飲む練習をするが、自分から吸おうとせず口の中にはいってくる分を飲み込んだだけのようだ。吸おうとすると息苦しくなるようだ。
1998/05/23   担当医師から「右肺に少し水が溜まっている。量は少なく、健康を損なうものではない。ミルクが自己摂取でき酸素がとれるまで様子を見よう」と言われた。
1998/06/04 3ヶ月 担当医師より肺血流シンチの検査結果から今後の治療方針についての話を聴く。肺動脈のバンディング部に左右不均衡があり、右へいく肺血流が少ない。そこで対応として、6月22日に心臓カテーテル検査をしたうえで、実際左右の肺動脈にどれくらいの差があるのかを調べ、また肺血圧を調べてから根治手術の時期を考えてみたい。できれば根治手術までに少しでも体重増加を期待したい。朝と夜1回ずつ嘔吐。鼻詰まりもひどい。
1998/06/12   夜4ー5回嘔吐、ミルク中止、点滴(水分、抗生剤)をする。
1998/06/18   発熱、嘔吐3回。
1998/06/25   “第2回目心臓カテーテル検査”
1998/06/29   午後3時からIVHを右上腕から入れる。
1998/06/30   “第二回目手術(根治手術)”午前8時手術開始。午後2時手術終了。ICUに移る。 嵐のような風雨の日だった。 当初予定よりずっと早い根治手術。待っている間、そわそわ、いらいら。こんなに落着かない日は今までなかった!
1998/07/02   呼吸器がはずれる。 まるでマラソンをした後のような荒い呼吸。
1998/07/06   ICUからコット室に戻る。
1998/07/13   担当医師から「敗血症になっている。CRPが17もある。<今日の血液検査の結果によってMRSAの特効薬バイコマイシンを使うが、副作用として、“聴力障害・肝臓機能障害”がでることもある。」と説明される。
1998/07/14   担当医師から「CRPが6に下がった。今使っている薬が効いているので、もう少しこれを使う。但し、敗血症の症状は落ち着いてきたと思ったら急に悪化するのという波があるという特徴がある。」と説明される。  
1998/07/22   担当医師から「横隔膜が上に上がっているために、肺の動きが悪い。しかし、成長していく上では問題はない。退院時までに50cc自力摂取できるようになっているといい。退院前にもう一度心臓カテーテルの検査をしたい。」と説明がある。
1998/08/4 5ヶ月 胸についていたモニターがとれる。
1998/08/09   医師から許可がでたので、面会室で瑞穂とまどか半年ぶりの対面。瑞穂、まどかに優しく頭をなでたりキスしたりする。
1998/08/14   チューブがとれて、全量哺乳瓶から飲む。
1998/08/15   担当医師から「ミルクは1回80ccまで、1日トータルで500ccから640ccまでにする事。心臓への負担を少なくするため」と説明を受ける。
1998/08/17   担当医師から一時外泊の許可がでる。
1998/08/21   2泊3日の一時外泊 看護婦さんから「咳をしていても余分な水分をあげないでください」と説明される。初めての帰宅。一時外泊中、別に変った様子なし。特別ぐずることもなく過ごす。まどかばかりにみんな(パパ、ママ、おばあちゃん)が注目するため、兄瑞穂がすねていた。
1998/08/24   朝から酸素飽和度79%ー84%であるため、酸素を使う。本人は至って元気。レントゲン検査の結果「左肺の横隔膜が前より上がっている。」と担当医師に言われる。
1998/08/25   血液検査をする。担当医師から「まどかは、見た目だけでは症状が悪くなっているかどうかわからない。」と言われる。そんなに健常児とちがうのだろうか?
1998/08/27   血液検査の結果 CRP=2.8
1998/08/31   眼科受診 左目涙腺に水が溜まっている為、目やにが一杯でるようだ。
1998/09/08   眼科受診、左目涙腺に溜まった水を出した。
1998/09/10   心臓カテーテル検査と気管支鏡検査をする。途中麻酔が何度か切れたそうで、何度か麻酔を追加したため夜9時半まで眠る。
1998/09/12 生後148日 退院。

日医大(千駄木)の 主治医F先生や無事施術戴いたY先生、
そして入院中いちばん身近でまどかを見守って戴いた
Tさんをはじめとする看護婦さんには心から感謝しています。


(2)心臓根治手術(退院)後 1998年 9月 〜 1999年 1月

記録日 月齢 できごと 成長記録
1998/09/17 約6ヶ月   よく動き、よく声をだす。手に届くところにある物をなめている。
1998/09/22   保健婦さんの訪問を受ける。 うつ伏せにすると顔を持ち上げる。
1998/10/02   日本医科大学付属多摩永山病院にて心臓定期検診。毎月1回  
1998/10/03   6ヶ月健診。  
1998/10/09 約7ヶ月 「いなぎ七つの子」に初参加  
1998/10/18   目がうるうるし・咳・鼻水がひどくなる。--- こんな調子が1999年4月頃まで続く。 首がすわる
1998/11/03     離乳食を始める。
1998/11/10 約8ヶ月 発熱38.6度 寝返りができるようになる。
1998/12/04 9ヶ月 おばあちゃんに抱っこされて大泣き。 人見知りをする。体重5830g。 身長64cm。
1998/12/08   多摩市の島田療育センターを見学  
1998/12/20     ブロックなどのおもちゃをしっかり握るようになる。離乳食2回食になる。
1998/12/28   入浴時、ママの手から落ちた石鹸が頭に当り、大泣き。こぶはできなかった。  
1999/01/10 約10ヶ月   よだれがよくでるようになる。
1998/01/22   三種混合の予防接種を受ける。  
1999/01/27   午前中、小児科受診。夕方からゼコゼコが始まった。  
1999/01/29   発熱 38.5度。嘔吐。機嫌が悪い。

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(3)肺炎で入院 1回目の入院 1999年1月30日〜3月13日

記録日 月齢 できごと
1999/01/30 約11ヶ月 嘔吐、非常に機嫌がわるい。かかりつけの小児科医から「日本医科大学付属多摩永山病院へ行った方がいい。」と言われる。早めの<入院>。血液検査の結果CRP9.2(健常な成人が肺炎になっても2.0くらいらしい。)
1999/02/01   発熱 39.5度 お腹がパンパンに張って、呼吸が苦しそう。酸素飽和度85% の為、酸素を使う。気管支を広げるために、ステロイドを投与される。
1999/02/02   面会に行くと、まどかは保育器の中に入っていた。手で酸素を払いのける為、手を抑制。マスクを固定されていた。血液検査の結果CRPが10を越えたガンマグロブリンを投与。担当医師から「レントゲンの結果、喘息がみられる。」と説明をうける。はっきりとした理由はないが、なんとなく嫌な予感。心配になり、病院からパパに電話する。
1999/02/03   朝パパが面会に行く(ママにうるさく言われて)。予感的中!担当医師から「明け方、大変危険な状態になった。胸がペッコンとヘっこむくらいの呼吸だった。肺に痰が一杯詰まっていた。そうかんして、心臓の負担を減らすために強心剤を使う。痰の吸引は看護婦が何度も行っている。」と説明を受ける。
1999/02/06   呼吸器がはずされる。
1999/02/07   血液検査の結果、CRP が0になる。
1999/02/13   保育器からベッドへ移る。
1999/02/27   離乳食3回食始まる。ミルクは欲しがったに。
1999/03/02   発熱。血液検査の結果が良くなかったので、また点滴と抗生剤を投与。
1999/03/04 1歳 <病院で1歳の誕生日>前日、看護婦さんに祝って戴いた。
1999/03/08   担当医師から「同室のお子さんが麻疹になったので、ガンマグロブリンを投与した」と報告を受ける。
1999/03/13   <退院>担当医師から「喉のゼコゼコは、あと1年くらいはこんな調子だろう」と言われる。


(4)退院後 1999年 3月 〜 7月

記録日 月齢 できごと 成長記録
1999/03/23   日本医科大学付属多摩永山病院にて心臓の定期検診。担当医師から「心臓が少し大きいが、数ヶ月で正常な大きさになるだろう」説明があった。  
1999/04/04 1歳1ヶ月   物につかまる力がすごいから、腕の力はかなりあると思う。同じ年くらいのお友達に興味を示す。
1999/04/19     ずり這いができるようになる。移動する様はまるで水泳のクロールのよう。
1999/05/11 約1歳2ヶ月 島田療育センターにてグループ(0-3歳)言語療法にこの日から参加。第2・4火曜日  
1999/05/21   この頃から、手をたたきながらお話しする。随分長く声をだしている。こちらの話している事は大体理解しているみたい。四つんばいになりかけている。  
1999/05/26   ママの外出中おばあちゃんと過ごすが、大泣きしておしっこもしない、御飯も水分のとらないで、おばあちゃんを困らせた。  
1999/06/12   約1年ぶりに日本医科大学付属病院小児科コット室に遊びに行く。お世話になった看護婦さんに抱っこして頂くが、大泣き。  
1999/06/29   小児科受診、「のどが真っ赤、熱がでたら抗生剤を使うように」と説明を受ける。 お座りができるようになる。自分でタオルを顔に当てて“いないいないバー”をする。食事の時、自分の食べたくないものを口に運ばれそうになると、手で払い除けたり声を出して拒否する。色々なおもちゃで壁やテーブルなどを叩いて遊ぶ。後追いが始まる。
1999/07/16   保育園見学 クラスのお友達と一緒に水遊びをする。  
1999/07/17   朝39.3度、座薬を使う。小児科受診。  
1999/07/18   発熱37.5度 乾いた咳がでる。  
1999/07/20   痰の混じった咳がでる。発熱37.8度。  
1999/07/21   夜、よくうなる。  

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(5)肺炎で入院 2回目の入院 1999年7月22日〜8月2日

記録日 月齢 できごと
1999/07/22 1歳4ヶ月 発熱38.1度 夕方日本医科大学付属多摩永山病院受診。<肺炎のため入院>
1999/07/23   血液検査の結果CRP3.0
1999/07/25   点滴が外れてしまい、右手が足みたいに腫れ上がる。
1999/07/26   血液検査の結果CRPが7.0になる。嘔吐有り
1999/07/27   担当医師から「血液検査の結果CRPが3.0まで下がったから、このまま点滴と薬で様子を見る。」と説明を受ける。
1999/08/02   <退院>担当医師から「喉のゼコゼコは、あと1年くらいはこんな調子だろう」と言われる。?前にも聞いたような・・・


(6)退院後 1999年 8月 〜 11月

記録日 月齢 できごと 成長記録
1999/08/09 約1歳5ヶ月 麻疹の予防接種を受ける。 病院で同室のお母さんから「赤ちゃんせんべいを手渡したら、ひとりでゆっくり食べていたよ」と聞いていたので試してみるが、一向に食べさせてのポーズ。しかし、ひとりで食べている現場をママに見られてから、観念したのか1人で食べるようになった。
1999/08/17   保育園の体験保育(2時間くらい母親付き添いで)に参加する。  
1999/08/19   発熱39度 夕方日本医科大学付属多摩永山病院受診。「薬で様子をみよう」とのこと。  
1999/08/23   保育園の体験保育(2時間くらい母親付き添いで)に参加する。  
1999/08/27   多摩児童相談所で療育手帳の申請をする。ニコニコしながら、おもちゃで遊ぶ。  
1999/08/30   保育園の体験保育(2時間くらい母親付き添いで)に参加する。  
1999/09/04 約1歳6ヶ月 お兄ちゃんの保育園で秋まつりに参加する。花火を喜んで見ていた。  
1999/09/06   慣らし保育が始まる。大泣き。--- 10月4日までお昼を食べてから帰る。  
1999/09/09   家で葡萄をのどに詰まらせ、ママが慌てて背中を叩いて吐出させる。  
1999/09/13   発熱38度。 --- この頃、家族が入替り風邪をひく。  
1999/09/17   保育園で月1回のおべんとうの日、クラスのみんなで中庭で食べる。  
1999/09/18   いなぎ七つの子リトミックに参加する。夕方発熱39.0度  
1999/09/19   夜中呼吸が早くなってきたので、日本医科大学多摩永山病院に受診する。「投薬で様子を見ることに。  
1999/09/20   熱は下がってきたが、用心のため一週間保育園をお休み。  
1999/09/24   日本医科大学付属多摩永山病院で心臓の定期検診。三種混合の予防接種も一緒に受ける。  
1999/09/25   青空トトロに参加。段ボールで坂を滑って遊ぶが、大泣き。  
1999/09/26   久しぶりの保育園。やはり大泣き。  
1999/09/30     手掴みで御飯をたべるようになる。
1999/10/05 約1歳7ヶ月 保育園で3時まで過ごすようになる。 きちんとドアが閉まっていないと、上手にドアを開けて浴室やトイレに勝手に入っていく。
1999/10/09   小児科受診「のどが真っ赤」と言われる。午後からクラスの親睦会に出席する。  
1999/10/11   公園の芝生の上で座っていた時に“草”を食べていた。牛になりたかった?  
1999/10/13   夜中、3時間近く泣いた。熱はないが念のため保育園をお休みする。  
1999/10/14   久しぶりの保育園。迎えに行くと、それまでかなり我慢していたせいか大泣きする。  
1999/10/15   島田療育センターにて個別の作業療法を受ける。つかまり立ちをしている時の支えかたを教えて戴く。 自分で脱いだ靴下を足に当てて履こうとしている。
1999/10/16 痰の混じった咳と鼻水が一杯でる。小児科受診。食事中ウインナーを飲み込み、喉に詰まる。 四つんばができるようになる。
1999/10/17   保育園のプレーデー(親子で一緒に遊ぶ日)で親子体操をして楽しむ。  
1999/10/18     保育園でたくさんおしゃべり?をしていたらしい。
1999/10/19   咳がひどくなったので、保育園をお休み。  
1999/10/20   小児科受診。  
1999/10/21   風邪薬を誤って(利尿剤と間違えて)2袋飲ませてしまった!が、いつもと変わりはなかった。保育園をお休みする。  
1999/10/22   日本医科大学付属多摩永山病院で心臓の定期検診。三種混合の予防接種も一緒に受ける。  
1999/10/26   島田療育センターにてグループ(0-3歳)言語療法を受ける。帰りに耳鼻科で耳の掃除をして頂く。  
1999/10/28   保育園で引出しに指を挟み、右中指に血豆ができる。全く泣かなかったらしいが、痛そう!  
1999/11/08   この日から保育園4時まで預かって頂く。夕食時、お兄ちゃんの里芋2つを飲み込み、喉につまる。  
1999/11/09   島田療育センターにてグループ(0-3歳)言語療法を受ける。帰りに耳鼻科で耳の掃除をして頂く。  
1999/11/10   かなり痰が絡んできたので、小児科で受診。  
1999/11/30 耳鼻科にて“聞こえの検査(ABR)”を受ける。鼻水が一杯でていた状態で検査を受けたので難聴という結果を聞かされてショックだったが、検査の結果に疑問を感じた。


(7)肺炎で入院 3回目の入院 1999年12月15日〜12月20日 + 12月22日〜30日

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記録日 月齢 できごと 成長記録
1999/12/15 1歳9ヶ月 日本医科大学付属多摩永山病院受診。 <肺炎のため入院> 血液検査の結果 CRP6.0
1999/12/16 耳鼻科に受診すると、 両方の耳が中耳炎になっていると言われる。入院中は毎日耳鼻科で治療を受ける。
1999/12/18 音楽に合わせて踊り出す。又歌番組を見ている時、歌が終わると拍手し、歌が始まると音楽にのって踊っていた。
1999/12/20   <退院>
1999/12/22   20日に退院したがまだゼコゼコ音がある。念のため、日本医科大学付属多摩永山病院受診。結局、入院させて完全に不安を取り除いておいた方が良いという医師の判断で再入院。薬の量が少し増える。<肺炎のため入院>血液検査の結果CRP5.0
1999/12/25 自分で何でもやろうとして、ママやパパが手伝うと怒って手を払いのける。又かなり言葉らしい声が一杯でる。しかし、理解できない。
1999/12/30   <退院>


(8)退院後 2000年 1月 〜 2月

記録日 成長記録
2000/1/25 ピアノ弾いて楽しむ。ママが横から弾くと、怒って手を払い除ける。
2000/2/5 高這いでバックして壁におしりをつけて立つ。
2000/2/20 色々な物を押して遊ぶ。一人で立ち上がろうとするがすぐに倒れる。

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(9)肺炎で入院 4回目の入院 2000年2月29日〜3月16日

記録日 月齢 できごと
2000/2/29 1歳11ヶ月  日本医科大学付属多摩永山病院受診。<肺炎のため入院>血液検査の結果CRP7
2000/3/6   発熱 CRP9 酸素を少し使う。熱は3日続く。
2000/3/15 2歳  肺のCTを撮る。
2000/3/16   <退院>


(10)退院後 2000年 3月 〜 8月

記録日 成長記録
2000/3/25 BCGを市保健センターで受ける。
2000/4月 一人で歩けるようになる。
2000/5月 テーブル拭きをすすんで手伝うようになる
2000/6/26 7/1まで風邪で保育園をお休みする。CRP6.2
2000/7月 ゆ〜るい坂なら下りも一人で歩けるようになる。
2000/7/13 16日まで発熱・夏風邪のようだ。
2000/7/24 なんとなく元気がないみたい。受診する。
2000/7月 大人の話している事は大体理解できるようになる。
2000/8/11 かなり痛そうな腹痛あり。浣腸をして宿便?を出す。
2000/8月 自分より弱い子をいじめる。
2000/8/27 かなりの腹痛。頻繁に泣いているので、受診する。


(11)肺炎で入院 5回目の入院 2004年10月28日〜11月7日

記録日 月齢 できごと
2004/10/28 6歳7ヶ月  <肺炎のため入院>単なる風邪だと思っていたが、呼吸が速くなんかいやな予感が。早速日本医科大学付属多摩永山病院へ。血液検査の結果肺炎と診断される。レントゲンの写真では肺が真っ白。だいぶ悪化していたらしい。
2004/10/29   なぜか本人はすっかり元気に見える。だがまだ治療は必要とのこと。
2000/11/7   ようやく退院を許可される。但し、通学は一週間ほど控えるようにとの指導。



(12)またしても肺炎で入院 6回目の入院 2005年3月5日〜3月14日

記録日 月齢 できごと
2005/3/5 7歳  <肺炎のため入院>今回も単なる風邪だと思っていた。呼吸も昨年の入院時のようなことはなかった。かかりつけの医者に連れて行ったが3時間待ちの混雑。ママの「大学病院のほうがいいんじゃないの?」という一言に従い日本医科大学付属多摩永山病院へ連れて行った。レントゲンでは部分的にうっすらともやがかかったような感じだったが、CRP9.7。即入院させた。
2005/3/7   本人はだいぶ元気でTV見放題の日々だが、現在引き続き入院治療中。
2005/3/10   退屈そうなまどか。点滴もはずされ、とても元気に見えるが、退院できるほどまでにはCRPが下がっていない。近々退院できそう。
2005/3/14   <退院>ようやく退院できた!担当医からは、今回はすぐに通学を始めても大丈夫といわれたが、念のため数日は自宅療養させるつもり。我が家にまた賑やかさが帰ってきた。


(13)炎症反応が高く入院(肺炎ぎりぎり) 7回目の入院 2005年7月5日〜7月15日

記録日 月齢 できごと
2005/7/5 7歳4ヶ月  <肺炎のため入院>なんか元気がない。またまた、嫌な予感が・・・予感は見事的中。肺のレントゲン結果はそんなに悪くなかったが、CRPが高く入院することに。
2005/7/9   本人は元気に見える(これもいつものことだが)。再びTV見放題の日々・・・看護士さんには適宜スイッチ切ってくださいね。とお願いしてあるものの、まどかのためだけの看護士さんじゃないしね。観始めると長いらしい。TVカードが何枚あっても足りない。
2005/7/15   <退院>退院。思ったより長かったが、なんとか退院許可をもらった。これから暑い日が続くかと思うと不安がよぎるが、とりあえずは一安心しておこう。


(14)アデノイドで入院 8回目の入院 2006年2月7日〜2月15日

記録日 月齢 できごと
2006/2/7 7歳11ヶ月  <アデノイドのため入院>今回の入院は、気管関係という点ではこれまでの入院と関係が無いわ訳ではないが、入院の必然性という点では、今しなくては命にかかわるとかいう入院ではない。しかし、今の状態を変えることで今後のリスクを減らせるかもしれないという点では、これまでにない予防的前向きな意義がある入院かもしれない。今回の入院に当たっては、本人は元気そのもの。本人はなぜ病院に入れられるのは分からないまま入院手続き。ちょっとちょっとかわいそうだったが、これもまどかのため。今日は手術の最終検査
2006/2/8   朝9:00から手術(なんで手術は朝が多いのだろう?午後からのほうが執刀医の頭もさえているような気がするのだが・・・)。いつもながら、待っているしかできないことにちょっといらだつ。でも、今回は過去の手術に比べたらリスクはあってないようなもの。大きな不安が無いだけ気は楽だった。11時過ぎ、まどかが手術室から出てきた。顔色も悪くない。ホッと一安心。やがて目覚めたが声が出せない様子(のどを切ったのだから当然と言えば当然だが)。梓の迎えもあり、あとはママに任せて病院を後にした。
2006/2/10   <パパ見舞いに行く>会社帰りに見舞いに行った。ところが、本人はぐっすり眠っていた。暫くベッドの横にいて、帰宅。
2006/2/11   <パパ見舞いに行く>会社帰りに見舞いに行った。また今日も眠っていた・・・またしてもまどかの笑顔が見られず、残念だった・・・
2006/2/15   <退院>元気そのもの!いつものまどかの笑顔。ただひとつ、声が1オクターブ高くなってる!事前に声が変わるなんてことを聞いていなかったゆえ、一瞬「・・・」。まあ元気でいてくれればいいものの、ちょっとショック。医師にそういう説明をする義務は無いのかな?という疑問を残しつつもめでたく退院。2〜3日の通学・食事制限はあるが、それが終わればいつもの生活にもどっていいとか。これで99%安心!



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