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長女が年長組になった4月、幼稚園で委員決めの懇談会があった。入園した時から、「委員決めの時は、必ず下を向いて、指名されないように気をつけなきゃだめだよ」と言われていた問題の懇談会である。下を向くほどではなかったにせよ、2歳の妹もいることだし、絶対に指名されるはずがないと思って、のん気に構えていた。 |
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昨年度の学級委員のお仕事が、とても充実していて楽しかったので、二女が入園した年少組のお友達から「一緒に学級委員をやらない?」と誘われた時、すぐにOKしてしまった。だから、委員決めの懇談会では二人で立候補し、担任の先生から感激されてしまった。 |
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かなり早い時期から「ぜひ来年度の実行委員に・・・」というお話をいただき、あまり深く考えないままお引き受けしてしまい、とうとう実行委員になってしまった。2年任期の1年目なので、とにかく仕事を覚え、流れを把握するのに一生懸命だった。9時半から保育時間が終わるまで、幼稚園で仕事をする毎日。お弁当持参で、作れなかった日は近くのローソンまで買出しに行く。プリントの印刷や配付などの雑用には、すっかり慣れてしまった。 |
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実行委員も2年目となり、学級委員長を務めることになった。学級委員を経験していたこともあって、実は、学級委員会を自分で取り仕切る学級委員長が、最も経験してみたい仕事だった。学級委員会に使うレジメ作りから、自分の進行マニュアル作りまで、とても力を入れてがんばった。そして、実行委員会での男性実行委員のやり方を学ぶことによって、議事進行についても、学び直すことができた。それを学級委員会の議事進行に応用することによって、かなりスムーズな議事進行ができるようになった。 |
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始業式の日、ポンちゃんから電話があった。「同じクラスになれたね。おまけにN先生だよ。一緒に学級委員に立候補しよう!」早速、懇談会の日に2人で立候補したのだが、4年生は狙い目ということもあり、壮絶な争奪戦となった。最後はジャンケンで決めることになり、代表でポンちゃんがジャンケンをし、見事勝ってくれて、無事学級委員になることができたのだった。 |
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家庭教育学級とは、家庭教育に関心のある小学校区の成人を対象に、市教育委員会が小学校の施設(PTA室や集会室)を借りて開設する。参加するのは、ほとんど小学校の保護者であり、運営は、学級生のなかから選ばれた運営委員に任されている。 |
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指名委員会の指名を受け、ついにPTA副会長になってしまった。「おっとりとした会長さん(男性)」と「責任感が強く頼りがいのある、もう1人の副会長さん」「パソコンでの書類作りを張り切ってくれる書記さん」「プロ級の腕前の絵を書いてくれる書記さん」「お金のことは完璧に管理してくれる会計さん」の5人と共に、最高のチームワークで楽しく仕事することができた。(私はと言えば、のほほんと明るいだけで頼りないのであるが・・・) |
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1999年9月26日(日)に行われた小学校の運動会の本部席に於いて・・・。 |
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またまた指名委員会より指名を受け、副会長を続投することになった。会長さんも続投することになり、PTA30年の歴史の中で、会長と副会長が揃って続投するのは初めて、という快挙となった。小学校創立30周年の年に当たり、11月には「30周年記念行事」も行われ、卒業生の私としては、そういう記念すべき年にまた役員をすることが出来て、とても光栄だった。 |
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創立50周年を迎える幼稚園が記念事業を行うため、旧みそら会(PTA)会長を中心に「創立50周年記念事業実行委員会」が組織され、光栄なことに私もその一員に選ばれ、幼稚園の記念すべき節目に関わらせていただくことになった。実は私は、1年前に行われた実行委員会の組織編成のための会議から参加させていただいていたのだった。幼稚園から5年間も離れていたとはいえ、私にとってPTA活動の基盤となる経験をさせていただいた幼稚園だったので、ご恩返しの気持ちもありとても張り切っていた。けれども実行委員会のメンバーは男性12名・女性6名という大人数で、男性メンバーが中心になって動いてくださったので、「事業部会」に所属していた私ではあったけれど、ほとんど忙しい思いをすることもなく、申し訳ないくらいだった。それだけに、旧みそら会実行委員という立場として、記念誌への原稿の依頼をいただき記念誌に掲載していただいたことは、少なくともそれだけはお役に立てたような気がしてうれしかった。 |
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全く予想もしていなかったのに、中学校の指名委員会から「会計監査」のお話をいただいてしまった。PTA役員ではあるけれど年に数回の監査だけのお仕事だということだったし、そろそろ学級委員をさせていただかなければいけない時期ではないかと思っていたところだったので、即答でお引き受けしてしまった。承認をいただいたPTA決算総会の翌日に、まさかアキレス腱を断裂することになろうとは、夢にも思っていなかったのだが・・・。 |
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昨年に引き続きまた中学校の指名委員会から、今度は「副会長」という大役のお話をいただいてしまった。中学校となるとPTAの規模は大きくなるし、その分責任も大きくなってしまう気がして、かなり迷ってしまった私だった。けれどもお話をもってこられた指名副委員長さんが、小学校で一緒に副会長をさせていただいたNさんだったこともあり、お断りすることが出来ずお引き受けしてしまった私だった。 |
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昨年に引き続きまた中学校の指名委員会から、「副会長」のお話をいただいてしまった。会長さんと二人での続投ということだったので、自分としてもPTA活動の総仕上げという気持ちで、前向きにお引き受けすることができた。 |
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我が母校へ次女が入学した数日後、担任の先生から委員依頼のお電話をいただき、学年委員として母校での念願の(?)PTAデビューを果たすことになった。そしてついつい勢いに乗り、委員総会では1年学年委員長という大役までお引き受けしてしまった。お友達のFさんが副委員長を引き受けてくださったことは、本当にうれしかった。副委員長として私の足りない部分をいろいろと助けていただけるし、一緒に実行委員会へ出席してもらえるし、すごくすごく心強い。 |
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昨年度ひ引き続き、担任の先生からの委員依頼の学年委員をお引き受けし、役員の皆さんからもぜひにとのお言葉をいただいたので、またもや学年委員長をお引き受けしてしまった。Fさんも副委員長を引き受けてくださったので、昨年度同様に一緒に実行委員になれたのでうれしかった。昨年度はとにかく高校のPTAでの役割をこなすことに一生懸命だったが、今回は2年目の学年委員長ということもあり、少し周りを見渡しながらお仕事することができたような気がする。そして、学年委員会のメンバーが仲間意識を持てるように、少しではあるけれど雰囲気作りをがんばれたように思う。その成果と言えるのかどうかわからないけれど、今回は学年委員会がチームとして活動することができたように思う。また今年度の2年学年委員会は前向きで個性的で明るいメンバーが多く、お仕事や親睦会への参加も積極的でとてもありがたかった。最後の打ち上げ親睦会は笑いあり涙ありでとても盛り上がった。また「来年もまた学年委員になりたい!」「来年もまたこのメンバーで学年委員会をやりたい!」という声がたくさん上がり、委員の皆さんに充実感と達成感を感じていただけたようで、委員長として涙が出る程うれしかった。また担任団の先生方とも充実した暖かい関係を作ることができ、PとTのつながりの大切さを初めて実感することができた。 |
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to be continued・・・