不気味な紅い月のよう・・・本当にここが、ちゃんとした現世なのだろうか?
魔界というか、地獄にでも迷い込んだ気分・・・実際、そんな境目のような川があった。
一歩一歩確認し、今まで来た道を思い出して地続きである事を確認する。
もう8時間以上はこうして歩いている・・・俺はこんな辺境・魔境へ来た経緯を思い出す。
その連中が人間族の住む土地との間に広く広くあった、竜人族の国と戦争をはじめた。
それまでの平和だった頃は人間族と竜人族は互いに不可侵を貫き合い、太古の時代は別にして、
仲良くなる事も、またいがみ合う事もなかった。そもそも接点を持たなければ戦争は起きないだろう、という判断だ。
だから竜人族の住む土地のさらに遥か向こうに、魔族というものがいて過去に何度も竜人族へちょっかいをかけていた事実など、知る由も無かった。
「今にして思えば、魔族の対応で、人間族に構っていられなかったのかもな、戦争にでもなったら挟み撃ちだし」
だが徐々にその事情が変わっていった、魔族が一部の竜人族を仲間に取り込み、
本格的に侵略しはじめたのだ、今まで五分五分に近い戦力で均衡していたものが崩れ、
徐々に竜人族の土地を占領していった、そしてここから竜人族にとって予想だにしない展開へと移っていった、
占領地を竜人族の首都ジュバラク、でいいんだっけ?そこへ向かうのではなく、わざわざ遠回りして、突き抜けたのだ。
「急に鳥人族への観光が禁止になったのは、これが原因だったんだよな」
そうそう、竜人族と人間族の間にも、防波堤のように鳥人族の国というのがあった、
ここにはさらにいろんな種族がいて、人間嫌いのカラス族もいれば、人間好きの白鷺族もいた。
その白鷺族の都市だけは人間でもお金を出せば入れ、また人間の国でも鳥人族はまれに見る事ができた。
今にして思えばあの国の存在自体が、竜人の国に人間を入れないための城壁代わりだったのだろう。
だが、事もあろうに魔族は遠回りしてまで、その鳥人族を征服しはじめた・・・そして竜人族の国を包囲し、さらに・・・
「人間族まで虐殺しはじめた・・・ここで初めてその存在がみんなに知られたんだ」
人間・竜人・鳥人連合と魔族との大戦が始まった・・・元々同盟だった竜人族と鳥人族はまだしも、
それに人間族が加わって戦争するなんて、とても信じられなかった、でも実際組んでみると、互いの力が抜群に補助し合った。
「もちろん、調整役だった鳥人族の力も忘れていないぞ、機動力では一番だったし」
何とか種族を超えた大連合軍が魔族を撃退どころか制圧までしてしまった、
勝った我々は魔族を1人残さず滅ぼした・・・訳ではない、さすがにそこまでは、しない。
「皆殺しにしてれば俺がこんな所まで来る必要は無かったんだよな・・・まったく」
制圧した以上、その国を立て直さなくてはいけない、これは戦勝国の義務だ。
倒したのはあくまで『悪い魔族の首脳陣』であって、魔族といいながらも穏健派だってそれなりにいたようだ。
そこで人間側の代表・マークス王と竜人側代表・バトームン王を中心に、
今後のことについて話し合った・・・元の相互不可侵に戻るのも別にいいが、
馴れ合う必要は無くとも互いに力になれる事はしようではないか、という事になった。
竜人族は人間に助けてもらった恩があるし、人間ももちろん助けてもらった恩がある。
「意識してなくても事実上、ずっと魔族から竜人族が盾になって守ってくれてた訳だしな」
竜人族は人間族に自分達では満足にできない回復魔法での治癒をしてもらい、
さらに鳥人族の復興も一緒にする事になった、話はこれで終われば良かったのだが・・・
「魔族の復興も必要とか言い出すんだよな、しかも人間族でなければできない国もあるって」
結果、魔族の国で一番の都市、つまりラスボスのいたグルール国や、
その周辺のさまざまな魔族の国にそれぞれ戦った仲間や各国代表の司令官が国王的地位に就いて復興をする。
人間にとってわけのわからない国ばかりだから、ほとんどの国には竜人族の強い人や偉い人、さらにその兵士たちが配備されるんだけど・・・
「まさかたった1人で、魔族の一番奥にある国で復興してこいだなんて・・・」
・・・見渡す限りの深い霧、これが永遠に続くような気さえしてきた。
俺はここへ来るまでの長い道のりを順に思い出す、まずは竜人族の長が住むジュバラク城で、
バトームン王と交わした会話を思い出す・・・竜の姿と人の姿を使い分けるんだよな、人の姿で真面目に言われたっけ。
「では、そなたには魔族の中でも特にやっかいな、サキュバスの国を治めてもらおう」
「サキュバス・・・あの、鳥人族と空中で戦っていた、青白い肌の、女の魔物ですか!?」
「そうだ、奴らは魔族の中でも特に高い魔力を持っている、それは住んでいる国にも言えるのだ」
「ここが奴らの魔族の聖地・グルール城、この先の先、ずーーーーっと先にだな・・・」
「ああそうだ、なぜならこのあたりは大地がありとあらゆる生命エネルギーを吸収するため、よほど魔力のある者でないと干からびて、死ぬ」
「魔族さえもだ、よってここに住めるのは魔力が格段に高く強いサキュバス族のみ・・・魔物では、な」
地図の一番端っこ、奥の奥だ、ここから先は魔族でもわからないって事か!?
まあサキュバスの村だか町だか城だかへ行けば更なる地図があるかもだけど・・・
「心配はいらぬ、すでに中途半端なサキュバスより魔力が高いのは知っておる」
「マークスから聞いておる、伝説の『聖なる大賢者』と幻の『闇の巫女』から生まれた奇跡の魔道士であるとな」
「俺は平気でも、俺を守ってくれたり、国民つまりサキュバスの連中を言う事きかせたりする衛兵とかは・・・」
「それは、その国にいるサキュバスの仕事だ、すでに話はつけてある」
「ええっ!?じゃあ、ひょっとして、まさか・・・行くのは、俺1人って事!?」
「大戦で見せてもらったぞ、たった1人で五千もの魔物の大群を、たった一度の魔法で跡形も無く吹き飛ばしたのを」
「あれはかなり奥の手で、全ての魔力を使ってしまうもので・・・現に俺、あの後、気絶して・・・」
「少なくとも人間では最も魔力があろう、しかも白と黒、両方の血筋を持ちさらに最高レベルの魔法を使えるとなると、それは魔物以上だ」
「嫌ならやめても良い、その時はサキュバスは全て滅びるだけだ」
「そうだ、とはいえ奴らも鳥人族のいくつかの種族を絶滅させたり残り数名にさせたりしておるからな」
「自業自得って訳ですね、滅びても・・・そう思うと少しは気が楽になりました」
「まあ見るだけ見に行って決めるが良い、少しでも気に入らなければ投げ出すのも自由だ、その非はサキュバスの奴らにある」
地面に魔力を吸われているのがわかる、でも体内から湧きあがる魔力がそれより多いため、
すぐに回復する・・・初めのうちは1歩進むと風邪をひいたように体がだるくなり、
もう1歩進むと風邪が治り、さらにもう一歩でひいて、もう一歩で治って、の繰り返しだった。
しばらくして体が慣れたようで、足取りが重いのは単なる長距離移動による疲労かもしれない。
「紫の霧が出てからだよな・・・それまでは楽しいとまでは行かなくても、全てが物珍しかったな」
特に魔城グルールパレス、内部が複雑な迷路になってて戦闘のときは必死だったが、
何もなくなってしまえば遊園地のようだった、そうそう、ここへ出発する前、
魔界の復興を任された、数少ない一緒に来た仲間と色々話したなあ、特にナデンと・・・
「聞いてくれよナデン、ペンペン草ひとつ生えないような場所へ行かされるんだぜ俺」
「それならまだマシだよ、僕なんてスライム族を任されちゃって、もうどうしていいか」
「スライムならプルプルしてて、ぬめぬめ動いてるだけだろ?何が困るんんだよ」
「どうやら会ったら相手の頭をなでる風習があるらしいけど、間違えてお腹をなでると怒られるらしいんだ」
「頭って上になってる部分が頭じゃ・・・あ、あいつらいつもプニプニと転がってるな」
「意思疎通が大変そうだな、ちょっと同情するよ、ナデンごめんな」
「僕より君のが羨ましいよ、意思疎通もできるだろうし、あんなエロい人型だし」
「エロいっていっても魔物だぞ?モンスターだぜ?肌が紫に近い青白だぜ?」
「・・・お互い、早く帰れるといいね、2〜3年はいて欲しいって話たけど」
「ああ・・・実際、いつ逃げ出してもいいらしいから、気を楽にして行こうぜ」
こうして、そこそこの食料を手にサキュバスの国へと向かっている。
このあたりは危険すぎて送ってはもらえない、道案内や来るとか言ってた迎えのサキュバスさえいない。
サキュバス自体が大戦でかなり減ってたり、復興作業で忙しいらしいから、それ所じゃないのかもしれないが、
それにしてもだ、霧があるとはいえ空に物陰ひとつ無く、風の音すら聞こえてこないのは不気味すぎる。
「担がれたんじゃないよな?何も無い所へ、ただいたずらに行かされたとか・・・」
あと、帰り分の食料も計算しておかなくっちゃ・・・こんな所で餓死なんてのも嫌すぎる。
でもそれは人間の寸尺・・・相手は魔物、特に空を飛ぶサキュバスならなおさら・・・
まさか空中に茶店とか、国への入口とかあったりするのか!?ここが異空間や死後の世界なら、ありえそうだが。