医者が主役の映画ベストテン〜邦画編・洋画編〜 小千谷総合病院院長 横森忠紘 著 2000.4.13 |
藤沢薬品の『いずみ』より おもしろい記事なので転載しました。 かつて映画は最高の娯楽であり、あえて言えば人生そのものであった。昭和20〜30年代には、私が育った人口20万人足らずの地方の小都市にも20余軒の映画館があった。子供の頃から映画が好きだった私は、大きくなったら毎日映画を見ながら暮らしたいと念じていた。 しかし長ずるにつれて、医者になったせいもあり、映画館に足を向ける機会も少なくなった。そして、いつの間にか映画産業も斜陽となり、テレビに取って換わられる時代になった。昨今はビデオやLDが普及して、いつでも気軽に古い名作も見られるが、たまに劇場でスクリーンに向かい合うと昔の興奮が蘇ってくる。 今回、思いついて医者の眼から今まで見た映画をふりかえってみた。 病気や病人、医療や介護とその周辺をテーマにした映画を仮にメディカルシネマとジャンル付けすると、実に多くの秀作や名作がうかんでくる。邦画と洋画を比較すると、邦画は医師が主人公の場合が多く、洋画では患者や家族が主役の作品が多いのに気付く。映画評論家の新藤純子さんは、日本人は医師という職業に人間の理想を求めているのに対し、欧米では患者や障害者に個人としての尊厳を見ようとする傾向があると述べている。思いつくままに、心に残るメディカルシネマを挙げてみる。 三重苦の少女を描いた奇跡の人、アルコール中毒の失われた週末、麻薬中毒の黄金の腕、心やさしき奇形者工レフアントマン、戦争による身障者を描いたジョニーは戦場へ行った、主人公が自閉症のレインマン、放射線事故をテーマにしたシルクウッド、聾唖者の愛を扱った愛は静けさの中に、老人と家族がテーマの黄昏と晩秋、多重人格の恐怖サイコ、精神病院を舞台にしたカツコーの巣の上で、エイズ患者を正面にすえたフィラデルフィア‥・…など、いずれも医者が主役ではないが後世に残る名作ぞろいである。しかし、今回はあえて医者が主役として活躍した作品に拘って選択して、邦画と洋画で別々にベストテンを組んでみた。 採り上げた映画は、医者が主役であることを条件として、ジャンルに拘らず映画作品としての面白さを優先した。従ってメディカルシネマの域を超えて広い分野の作品を選ぶ結果となった。恋愛映画、ミステリー、サスペンス、アクション映画、歴史ドラマ、コメディなど、映画の世界では医者はあらゆる分野で縦横無尽の活躍をしているのです。 尚、対象とした作品は私がリアルタイムで見た戦後の映画に限定した。作品の選択とベストテンの順位については独断と偏見を御容赦下さい。 邦画編 1.赤ひげ(1965,黒澤明) 山本周五郎の名作を骨太に描いた黒澤ヒューマニズムの集大成。三船赤ひげの嘆息「すべての病の原因は、無知と貧困だ」。 2.海と毒薬(1986,熊井啓) 戦時下の九大米軍捕虜生体解剖事件を題材に、人間の原罪に迫る力作。リアルな画面に瞳目。 3.本日休診(1952,渋谷実) 休診日に老町医者が巻きこまれる小さな事件の連続。混乱した戦後の社会風俗を辛口の笑いで活写。 4.カンゾウ先生(1998,今村昌平) 戦時下の小さな漁師町を舞台に、風変わりな町医者が走りまくる。原作者坂口安吾からのメッセージ「医者はすべからくドン・キホーテであれ」。 5.ヒポクラテスたち(1980,大森一樹) 京都府立医科大学出身の大森一樹が描くユーモアとリアリティーにあふれた医学生達の青春グラフイティー。愛しき日々はほろ苦く。 6.華岡青洲の妻(1967,増村保造) 世界最初の全身麻酔法を開発した青洲(市川雷蔵)をめぐる母と妻の確執。和製ジェンナー物語。 7.病院で死ぬということ(1993,市川準) 現役医師山崎章郎のベストセラーをドキュメンタリークツチで映画化した病院ものの白眉。死を見つめることによって知る生の輝き。 8.白い巨塔(1966,山本薙夫) 象牙の塔を告発した山崎豊子の問題作を映画化。演技陣は豪華だが登場人物が類型的で通俗性を免れず。 9.ふんどし医者(1960,稲垣浩) 名利を捨てて貧者に尽くす奇人名医(森繁久弥)を支える美人妻(原節子)は大の博打狂。珍品。 10.酔いどれ博士(1966,三隅研次) 勝新のキャラクターを生かした八方破れの外科医。新藤兼人の脚本が冴え好評で続編も登場。 次点 遠き落日(1992,神山征二郎) 渡辺淳一原作の実録野口英世一代記。クライマックスはやはり極めつけ母もの偉人伝。 洋画編 1.逢びき(1946,デヴィット・リーン) 恋愛映画の一つのパターンを作った古典的名作。主人公の医者が駅で人妻の眼に入ったゴミを取ったのが出会いのきっかけである。 2.レナードの朝(1990,ペニー・マーシャル) 熱血型医師の新薬投与により、30年間半昏睡状態であったレナードは“目覚め”を迎えた。実話を基に人間の尊厳をユーモアとペーソスを交えて描く。 3.ドクトル・ジパゴ(1965,デヴィット・リーン) 詩人で医者の主人公がロシア革命の奔流の中で苦悩する。“ラーラのテーマ’’がやるせなく胸を打つ。 4.知りすぎていた男(1955,A・ヒッチコック) 旅行先で要人暗殺計画を知った医師が、息子を誘拐され妻と共に犯人を追う。妻役のドリス・デイが歌う主題歌“ケ・セラ・セラ”はあまりにも有名。 5.追想(1975,ロベール・アンリコ) 疎開先の村でナチスに妻子を惨殺された平凡な中年医師が復讐の鬼と化す。アクションと回想の見事な交錯。 6.羊たちの沈黙(1991,ジョナサン・デミ) 大ヒットしたサスペンスホラー。天才精神科医にして“食人鬼”レタター博士は探偵としては前代未聞のキャラクター。 7.去年の夏 突然に(1959,J・L・マンキウイツツ) 異常な体験に傷つき心を閉ざす美女(エリザベス・ティラー)の謎を彼女に若かれた青年脳外科医(モンゴメリー・クリフト)が解明する。リズ・ティラーの息をのむ美しさ。 8.白い恐怖(1945,A・ヒッチコック) 幼い頃の異常体験がもとで健忘症となった男(グレゴリー・ペック)の謎を彼を愛する美しき精神分析医(イングリットリトーグマン)が解明 する。知性美バーグマン、適役を得て大車輪の活躍。 9.狂熱の孤独(1954,イヴ・アレグレ) 人生に絶望し酒びたりとなった辺境の医師(ジエラール・フイリップ)と孤独な人妻(ミシェル・モルガン)の出会いと愛の行方。 サルトル原作の異色作にして、伝説的美男スター“ファンファン”唯一の汚れ役。 10. ドクター(1991,ランダ・ヘインズ) 幸福と名声の頂点にあった心臓外科医が喉頭癌になって初めて患者の痛みや家族への愛を知る。 次点 逃亡者(1993,アンドリユー・デイビス) 「リチヤード・キンプル、職業医師、その妻を殺害したとして死刑宣告を受ける…」。 戦後のテレビ界を席巻した連続ドラマ(4年間続いた)の映画化。 |