<夕張炭礦>

夕張炭礦と一言で言っても、夕張市内には多くの炭礦がありました。 今回、私が訪問したのは、北炭(北海道炭礦汽船)夕張炭礦の跡地に ある「石炭の歴史村」です。この建物は「石炭の歴史館」です。 なお、立坑みたいですが、操業当時のものではありません。



「石炭の歴史館」にある北炭夕張礦で採取した日本一の石炭塊です。 残念ながら釧路の太平洋炭礦のものより小さいです。
三菱大夕張礦の出炭1000万t記念(S55年7月11日)の石炭です。
夕張の各炭礦のプレート類です。
各炭礦の旗です。
鉱山には事故が一番恐ろしいが、ここ夕張炭礦は特に、 ガスの噴出による事故が多かった。このため、救護体制も 整っていました。北炭夕張炭礦もガス爆発による事故で、 最後は注水により閉山となりました。
以上、展示のほんの一部です。その他、いろんな展示が ありますが、訪れて見てください。 立坑のエレベータを乗り地下に降りると「炭礦風俗館」 に入ります。
手掘り時代の作業風景です。
明治時代には、トロッコの運搬に馬を使っていました。
風俗館を抜けると、近代炭礦の施設があります。 こちらは炭礦の切羽風景です。ボタンを押すと、 ドラムカッター(オレンジ色の奴)が回ります。
以上を見学すると、「炭礦坑内学習終了証明書」(有料)を 手にすることが出来ます。
その先は、「史跡・夕張礦」です。 もともと鉱員研修用の模擬坑道だったそうです。
こちらが「史跡・夕張礦」の入り口ですが、 これより先は、安全のため火気及び写真撮影は 禁止となっています。
こちらが出口です。
「史跡・夕張礦」の出口付近に、採炭救国工夫の像が 立っています。昭和19年に北炭夕張鉱業所前庭に立てられたものです。 (夕張市指定文化財)
「史跡・夕張礦」の出口横の天竜坑です。 明治33年に掘られた第三斜坑を大正7年に 今の名前に命名されました。
石炭の大露頭です。北海道指定の天然記念物になっています。
石炭の歴史村の遊園地横の駐車場付近にある 坑口です。
石炭の歴史村の裏山にある斜坑です。 操業当時は策道が走っていたそうです。
こちらは先ほどの駐車場近くにある「志縄坑」の坑口です。 このように、付近には沢山の坑口があります。
遊園地のコースター付近にも坑口があります。 おそらく、数ある全国の遊園地の中でここだけでしょうか。
石炭の歴史村の裏山付近には、炭住がありました。 私が訪れた時は、まだありましたが解体作業が 始まっていました。その奥の木のない山は、 石炭のズリです。


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