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(以下の記事は以前「ロプノールのメダカ」に掲載されたものに、加筆、修正を加えたものです)
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■シナリオ情報
ソ連軍戦力はT34/85が4輌。
ドイツ軍戦力は3号突撃砲G型2輌。ヘッツァーが2輌の計4輌。
ソ連軍はマップの一端に2輌以上の戦車を突破させれば勝ち。
ドイツ軍はソ連戦車3輌を破壊すれば勝ち。
ドイツ軍は現在、森の影に潜み、待ち伏せをしている。
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T34/85(ソ連)
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3号突撃砲G型(ドイツ)
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ヘッツァー(ドイツ)
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「ドイツの3号突撃砲が、森の縁ギリギリの所にいる・・・」
≫≫≫参考画像(別窓で開きます)
※マップ外(左下)には2輌のヘッツァーがいたが、T34/85を射界に捕らえているものは無かった。
ソ連側を担当する僕は、心の中でほくそ笑んだ。それは明らかに、敵の初期配置ミスだ。
スピードの早いT34/85ならば、一気に3突の正面をすり抜けて側面に回り込むことができる。回転砲塔を持たない3突は射界が正面方向に限られているため、この動きに対応できないはずだ。
1輌で敵戦線を混乱させることができるだろう。
「よし、次のターンに勝負かけるぞ!」
しかし、直後のドイツ軍プレイヤーターン。敵は僕をおちょくるように3突を後退させた。
「き、気づかれたのか!?」
≫≫≫参考画像2(別窓で開きます)
※後退により、1回の移動では敵の射界を越えられなくなっている。
ならば仕方がない。作戦変更だ。そう、戦争で重要なのは、頭の切り替えなのだから・・・
K人民戦車小隊は敵の射線が通らないギリギリのポイントまで進み、分散(万が一の間接砲撃や爆撃に備えるためだが、その分後続車が遅れるため、正しい選択かどうかは分からない)。移動系のカードを集めて一気の突破をはかる。当初から考えていた作戦だ。
幸運にも「連携移動」(一度に2輌の戦車を移動できる)と「戦術的優位」(続けて自分のターンを行える)のカードをドロウ。機は熟した。
「よし、次のターンに勝負かけるぞ!」
しかし驚いたことに、直後のドイツ軍プレイヤーターン。敵の3突が単身、森の影から姿を現した。
≫≫≫参考画像3(別窓で開きます)
「ま、待ち伏せのシナリオで待ち伏せしないなんて・・・」
予想外だった。
僕は敵に同情さえした。が――
「射撃のカードが・・・・ない!」
そう。僕は突破を重視するあまり、射撃のカードを全て場に捨てていた。敵の移動に対して即座に対応できる「臨機射撃」のカードさえ・・・(バカである)
戦場の様を想像するなら、突然の事態に兵士たちがパニクったのだろうか?ともかく、目の前のたった1輌の敵戦車を前にして、4輌のT34/85は何もできなかった。何も・・・
このいきなりの奇襲で、先頭のT34/85があえなく撃破。これで全てのリズムが狂った。
ドイツ軍の勇気ある無謀な作戦。
あえて名付けるなら――
「待ち伏せにガマンできずに飛び出しちゃった〜♪作戦」
僕はこれに対応することができず、至近距離での射撃戦に巻き込まれた。
恐らくはそこそこの射撃カードを貯め込んでいたであろうドイツ軍に対し、ドロウしながら射撃カードが出れば使う。出なければ「煙幕」や「緊急停止」カード(敵の命中率を悪くするカード。突破の際に使えるだろうと集めていた)でお茶を濁す僕。
しかも、サイコロ運にも恵まれないソ連軍に対し、攻勢に出てからのドイツ軍は恐ろしいほどにしたたかだった。戦車内に装備された無線を最大限に利用し、数輌での共同攻撃をしかけてくる。それでもなお、敵側面に回りながら突破を図るソ連軍ではあったが、既に数的不利は如何ともしがたく――
こうして、K人民戦車小隊は戦線突破どころか、1輌の敵車破壊すらなく、壊滅した。
プレイ後「何も考えてなかったよ〜」のキムラの言葉が、僕には痛かった・・・
■特別コラム ――カードは心を映す鏡だ――
5枚まで持てる手札。これはもちろん、指揮下の戦車隊を自在に動かすには不満な数だ。とすれば、その5枚の中にどんな方向性のカードを詰め込むのかは、そのまま指揮官たるプレイヤーの心をそのまま映すことになる。
今回のシナリオでソ連軍が求められたのは迅速なる突破だった。それ故、Kの手札は極端な移動偏重型のバランスを取ってしまい、予想外の事態が起こった時に対応ができなくなってしまった。
何かを重視するがあまり、万が一の保険を怠ったり、下手をすれば必要不可欠なものまで排除してしまう――これはどこか、実戦での指揮官の過ちに通ずる部分があるのではないか?
また、場合によっては、この思いきりが勝利を呼び込んだ可能性もあったとするならば、それもまた、実戦と通ずるものがないだろうか?
確かにこのゲーム。決して戦車戦の細かな様子を再現してはいないし、シミュレーションとして見れば、足りない部分もいっぱいあるだろう。
しかし、戦車の部分ごとの装甲厚や傾斜角といった細かなことだけが、戦車戦の再現に重要なのではないという、昔から個人的に抱いていた思いは、このゲームをプレイして一層強まることとなる。
例え鋼鉄のぶつかり合いであっても、結局それを操るのは人間であり、戦場を支配するのは人の心だと思えるのだ。
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