2005あつぎマラソン                      T.K

現状 −走りこみの10月−
2005年10月30日(日)、あつぎマラソンハーフの部に出場した。北海道マラソンを気分良く走ったあとはただひたすら距離を踏むことに専念し、9月は6時間走を含めて363km。10月はこの日までに439kmの距離を踏んできた。特に10月はオクトーバーランの効果もあり、地道に距離を稼いできたがその為に左足股関節外側に違和感を発症したり、足底に痛みを感じたりと、かなりギリギリの危険な線まで来ていた。そんな状況下でのハーフマラソンだったので多くは望まず、少しでもレースペースに近い走りができれば・・・ そんな程度の意気込みだった。 (テンション低っ!)

                  

目標 −フルマラソンサブ3のペースを体験−
そんなテンションの低さだったので、記録を求めてはいなかった。そもそもこのコースは山坂が多く、記録を狙うにはちょっと・・・という情報を聞いていたので、記録は鼻から狙ってはいなかった。とは言えダラダラと20kmちょっとの距離を走ってたんでは、レースに出場する意味がないので、フルマラソンサブ3に近いペースで走り、サブ3ペースを体感できれば最高!というテーマを設けてみた。ということで目標タイムは1時間30分って事になった(4:15〜4:16/kmペース) がっ何しろ北海道マラソン以降の走りこみは、キロ5分の30km走が中心だったので、はっきりいって自信はなかった・・・ (弱気っ!)

スタート −じわじわの筈が・・・−
レースのスタートは10時00分。天候は薄曇。暑くも無く、寒くも無く。スタート前の気候としてはベストとも言えるような気象条件だった。スタート位置は前過ぎず、後ろ過ぎずの良い位置をキープ。間違っても周りのペースに巻き込まれてガッーっと行っちゃう事がないよう充分に気をつけ、やや控えめな位置をキープした。そーしてスタート。予想通り、そんなにガツガツいく人もいない絶好の位置取りだったが自分の体が行きたがっていた。『抑えて、抑えて』と呼びかけているのだが、足は前へ前へ行こうとする。競技場を出て一般道に出るとその特徴は顕著に現れ、コースの端を一気に上り始めた。『イカン、イカン』と思っているのだが、足が勝手に動いてしまう。上り坂が終わり下り坂が始まると、暴走はさらに加速。出遅れたランナーが急いでいるかの如くごぼう抜き状態に陥ってしまう。この下り坂で勢いついてしまった足は、控えめなリズムを忘れてしまったようで、平坦なコースに出ても前へ前へ行ってしまう。
5km通過は20分10秒。(4:02/kmペース) 明らかなオーバーペースだった。

                    
どこにいるか分かる?

レース中盤 −ようやく落ち着く?−
このままでは、後半地獄が・・・ と思い、必死に抑えに掛かった。勢いづいた足を抑えるには、前のランナーの後ろにつけ、追い越さないようにするのが一番(菊花賞のディープインパクトと一緒か?)。ということでできるだけフォームの綺麗なランナーを探し、壁にさせて貰った。最初のうちは踵を踏んでしまうのではと思う程接近してしまう事もあったが、徐々に慣れてきた。こうなると呼吸は楽になるし、走りのリズムも取り戻せてくる。5km−10kmは21分10秒ってことでほぼ目標ペースに落ち着いた。(距離表示が正しければの話だが・・・) 前半のハイペースで苦しくなりかけていた体が落ち着きを取り戻してきて走りを楽しめるようになってきた。『シメシメ、この調子なら最後まで気持ちよく走れるぞ!』そんな気分になりはじめていた。がっこの厚木マラソンはそんなに甘くはなかった。10km手前付近から上り坂が続く。そんなに急勾配ではないものの、続く、続く、続く・・・ ペースが落ち着いたとはいえ、上り坂続きでは気分良く走れるはずもなく、次第に肩に力が入り、足に力が入り、リズムを失う。で、この状態で下りに入ると今度は暴走特急の如く、下る、下る、下る。勢いづいた足(ブレーキを掛け忘れた足)は少々急な坂でも一気に下っていく。。。 『もうこうなったら仕方がない。上品な走りを心がけてもコースが許してくんないんだから・・・』と諦めて行けるだけ行っちゃおうと心を切り替えた。

レース終盤 −あとは野となれ山となれ?−
15kmの距離表示があったのかどうかは分からない。その為、10km−15kmのラップは不明。でも残り5kmの表示を見たとき、1時間6分XX秒くらいだったような??? (上がり5kmを4:00/km程度のペースで行けば、ベスト記録(1:27:12)相当になるなぁと思った記憶がある) 最後に上りがあるからちょっとキツイかな? でも頑張れば行けるかな? 行こうかな? どうしようかな? と迷っているあたりで、HANZAさんに声を掛けて貰った。予想外の場所での声援に元気づき、こうなっちゃったら行ってみるか!って事でムチを奮ってみた。すると意外とイケた。ホノルルへ向けたステップレースという事を考えるとここは自重したほうが・・・という気もしたが、レース前の構想はもはや崩れてしまったんで、あとは野となれの精神で自己記録狙いに切り替えて走った。残り3km付近に差し掛かると急勾配の坂がはじまった。でもこの坂を上りきればあとは下り、そして競技場の外周道路を走って終わりだ。頑張って上っちゃおう!という意気込みでアクセル全開で坂を駆け上がった。上りきった時には息も絶え絶えだったが、あとは下り。惰性で下る・・・ これは身体に良くないなぁと思いながらも下った。下りきって競技場の横をすり抜け、公園内の周回コースをぐるっと1周。競技場(ゴール)がすぐそこに見えるのに遠回りするのは精神的に辛かった。残り1kmで1時間23分10秒。4:00/kmをきるペースで行ければ文句なしのベスト更新!と思ったら俄然やる気が湧いてきて、前を行くランナーを”そこのけそこのけ状態”で抜き去った。競技場へ入りゴール脇を通り過ぎ、残り400m。競技場へ入ったらもう終わりだと思っていたので、残りのトラック1周も辛かった。もう時計を見る余裕も無く走った。最後の直線を向いてゴール横の時計に目を向けると、”1:26:40” 行けるか? と思ったが、無情にもゴール手前数十メートルのところで”1:27:00”を超えてしまった。(残念) 結局ゴールタイムは1:27:06。この時点では自己新かどうか判断がつかなかったが帰宅して調べてみると、2002年の丹沢ハーフで出した自己記録が1:27:12だった事が判明した。ということで6秒の自己記録更新!! (うーん微妙)

                 
 あと1周が辛かった

振り返ると・・・
レース全般を振り返ってみれば、想定していた内容とは程遠く、非常にリスキーなレースをしてしまい深く反省しているが、5:00/km程度のロング走(30km以上)を積み重ねていた中で、このペースでこのコースを曲がりなりにも走れたというのは悪くはないような気もする。問題はこのあとのダメージ・・・ レースから2日たった今日、左股関節外側に痛みが現れた。まだそれほど深刻な状況ではないと思うので、1週間はリカバリーウィークに充て、距離、速度とも抑えて、疲労回復に専念しようと思う。次のステップレースは3週間後の多摩川ハーフ。ここでは、自己記録をもっと楽な形で出せればと思うのだが・・・ 果たして?


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