2001年12月9日、ついにやってきた。ホノルルマラソンのスタートライン。

非常によい状態でスタートラインに辿りつけた。これは今の自分にとってものすごく
価値のあることだと思う。ここ数ヶ月は、とにかく体調に気遣い、風邪をひかないよう
に、体重が増えないように、アクシデントによる怪我などしないように、また練習で
故障しないように、それでいて出きる限り多くの距離を走れるように、と数多くの事
に注意を払って生活してきた。そこには、常に程よい緊張感があった。

車を運転していても、歩道の上を歩いていても、食事をしている時でも、心のどこか
には、いつも緊張感があった。それは全てこの瞬間を無事迎える為に他ならない。
それを今、果たす事ができたのだから、これは本当に価値のある事だと思う。
1日1日を無事積み重ねてきた結果、ようやく今日という日を迎えられた。
今年の谷川真理ハーフや荒川では、その緊張感を持てずにいた為、痛い目にあっている。
そう言う意味では、これらのレースの教訓が生きていたのかもしれない。
もうあとは思いきって走るだけ。少々ケガをしたって構わない。痛みを堪えて走り、
その為にしばらく走れなくなったっていい。今日の為に頑張ってきたのだから…

ホノルルに到着してからは、
あまり動き回らないように、かと言って体が鈍らないように心掛けてきた。
到着した日は、カピオラニ公園を軽く散歩して、あとはショッピング。
夕食は、ひろみさんを除く(ひろみさんは1日遅れでホノルル入りの為)サムズ・アップ
のメンバーと合流して結団式? 翌日は、早朝ダイヤモンドヘッドへ向かってジョギング
し、日の出を眺めた。(曇りだったが...)その後スワップミートとノースショアを観光し
た。夕食はひろみさんと合流して、早めに済ませ、9時には就寝。2時に起床。珍しくぐっ
すりと眠れた。朝食は準備を整えながら2時30分に終了。
チタンテープは前夜貼り終え、ゼッケンも取りつけ済み。3時30分にホテル出発なので
準備時間は1時間30分あったため、わりと余裕があった。スタートラインに着く直前、
チタンローションを塗り、これで全て準備完了。ゴール地点への荷物預けでちょっとした
手違いがありバタバタしたが、一応解決!? スタート30分前に突然雨が降りだし、
鳥肌が立つほど寒かったが、長くは続かなかったのでとりあえず、ホッとした。

そしてスタート数分前、アメリカ国歌が斉唱された。日本を出発する前に暗記してきたの
で、小さな声で口ずさんでみた。その後、他のメンバーたちと合流した。あちこちで、
奇声があがり、いよいよスタートという雰囲気が盛りあがってくる。この緊張感は他の
大会では感じる事が出来ない独特のものだと思う。全身にゾクゾクっとするような何と
も言えない感じに覆われる。興奮のあまり、目には涙が浮かび、身体中に力が湧いてくる。

作戦は、第一に焦って力まない事。第二に焦って力まない事。第三に焦って力まない事。
とにかく焦らない事が最優先。これまでのレースで失敗してきたのは、いつもスタート
直後のスローペースに焦ってしまって、無理な追い越しを掛けようと力んだために、
後半失速するというパターン。うまくいったレースというのは、比較的人数の少ない
レースで、スムーズにスタートできている場合が多い。ホノルルマラソンのように大きな
大会では、序盤のタイムロスは仕方ないとあきらめて、後半に賭けようと思う。
序盤は流れに乗ってエネルギーロスをしないよう心掛け、折り合いをつけて走る。中間
地点までは、周りの人に連れて行ってもらうくらいの気持ちで行こうと思っている。
後半戦に余力が残っている事を信じて、前半は力を貯める。自分の場合、エネルギーが
切れ出すと突然足が止まる。徐々にではなく突然。だから前半勝負は出来ない。
前半に貯金するのはタイムではなく、体力だ。とはいえ、4時間は切らなければならない。
周りのペースが遅くとも5分30秒/kmペースで走れるくらいの位置にいなければなら
ない。ということでスタートは3時間前後のところに位置取りした。

ホノルルマラソンの場合、4時間あたりに位置したのでは、6分ペースがやっとだからだ。
(昨年、経験済み)腕には、3時間59分59秒でゴールする為のペース表を巻いた。これ
は、前々日にランニングルームというショップを訪れたときにサービスで貰ったものだ。
5マイル毎、5キロ毎をどれくらいのタイムで通過すれば良いかというもので、良く出来て
いる。これを目安に3時間59分59秒でゴールする為の目安、1マイル9分6秒を最低
ペースと考えていこうと思う。

そして待ちに待った、2001年ホノルルマラソンのスタートが切られた。
花火の音が轟き、歓声があがる。しばらくの間は、行列がまったく動かない。
1分後、ゆっくりと列が動き出し、スタートラインに辿りついたのは、約3分後だった。
3時間の位置からスタートしたものの、それよりも前からスタートしておきながら、最初
から歩き出すランナー(ウォーカー)が多数おり、思う様には前へ進めない。出きるだけ
ロスをしないように、ウォーカーを避けて走る。焦るな!焦るな!と自分に言い聞かせ、
ランニングフォームを崩さないよう心掛けて、慎重に走り出す。

最初の1マイル通過は、9分24秒。約18秒の借金を作ってしまったが、まずまずの
滑りだし。次の1マイルを8分50秒にあげる事ができたのでとりあえず一安心。この流れ
にのっていけば、借金を返すのは時間の問題。あとはラクに走る事を心掛ける。
2〜4 mileは、16分30秒(8分15秒/1mileペース)で走った。1キロ5分9秒ペース。
周りの流れにのって走っていたが、思っていたよりも速いペースであることにちょっと
驚いた。自分では非常にラクな感じで進んでいたので、もっとゆっくりだと思っていたか
らだ。それでもこのくらいのペースなら、30キロ走で一度経験しているので、まだ大丈夫。
ペースを落としてリズムを崩すくらいなら、このままの流れに乗って行ってしまった方が
得策だと考えた。コースはダウンタウンのカメハメハ大王やイオラニ宮殿、サンタクロー
スなどのクリスマスイルミネーションがとても綺麗な場所で気分的にもノっていた。

4mile〜5mileは、カラカウア通りに差しかかる部分で、応援が一番賑やかなところだ。
ここでは、応援に乗せられてついついペースアップしてしまいがちな場所だが、ここで
頑張ってしまうと、後半にそのツケが廻ってくる。ということで気持ちペースを抑える。
それでも8分19秒/1mile(5分11秒/km)。ちょっと速めだが、良い感じ。気分も良い
し、ペースも良い。ちょっとづつ貯金もできてきた。これから先の展開がワクワクする
ような、そんな楽しい感じで走っていた。そう言えば、ここ半年のレースはいつもホノル
ルマラソンを意識してのレースだったので、常に何か課題を探し、状況をホノルルに置き
換えて走っていたので、こんな気分は久しぶり!! 楽しくて仕方ない。

この浮かれ気分が影響したのか、続く5mile 〜6mileでは、結果的に最速ラップとなる
7分56秒/mile(4分57秒/km)を出してしまう。8分1ケタ秒までは、許容範囲と
考えていたが、8分を切ったら黄色信号。これ以上は今の自分にはオーバーペースだ。
場所としては、カラカウア通りの後半から、カピオラニ公園に入ろうかと言う所。
景色も良いし、引続き応援も賑やかなところで、コース幅も広く非常に走りやすい。
周りのランナーも自然にペースが上がっていたのかもしれない。もう少し抑えて行こう
と思い、前傾姿勢を少し緩める。それにしても楽しい。応援も嬉しいが、何よりも半年間、
目指してきた夢の舞台に、良い状態で挑めているということがとにかく嬉しい。
もうしばらくは楽しませて貰おうと思い、ピッチを落した。

6mile〜7mileは、カピオラニ公園の周回道路。応援が少なくなり、景色も公園内の木々に
覆われ見とおしが悪くなる。路面の凹凸に細心の注意を払って走った。ペースは8分12秒/
mile(5分7秒/km)。いいペースだ。そして10kmの通過が52分51秒と言う事で
最初の10kmは平均5分17秒/kmペースで走れた。5分20秒〜30秒を理想と考えて
いたので、ほぼ目標通り。恐いくらい順調だ! そう言えば他のメンバーはいずこに...
ひろみさんはきっと前だろうな? みーたんはどうかな? Q太郎さんは? なんてこと
を考えていたら、ひろみさんに声を掛けられた。そしてスーっと前へ...相変わらず速い。
この時、既にひろみさんの初フルでの好記録達成は疑う余地が無かった。
そしてコースは最初の難関、ダイヤモンドヘッドの上り坂へ...

7mile〜8mileの区間は、1mileで30メートル以上の上り区間となる。またコース幅が
狭くなる為、追いぬきも難しい。我慢の区間だ。ペースは9分7秒/mile(5分41秒/km)
に落ちた。でもこれは最初から計算していた通り。6分/kmまでのペースダウンも仕方
無しと考えていたので、上出来だ。去年はこのあたりでうっすらと明るくなってきたが
今年はまだ暗い。去年と今年の通過時間の違いを実感した。そう言えばハワイに到着した
時から感じていたのだが、非常に風が強い。その為か天気も目まぐるしく変わる。晴れて
いるのに雨が降って来たり、また雨が止み暑くなって来たり...
この日もダイヤモンドヘッドに来た所であらためて風の強さを感じた。方行的には、前半
が向かい風となる。風の影響はでるのかな? そんな事を感じ始めていた。

8mile〜9mileはやや下り気味で住宅街を走る。上りの区間でペースが落ちたせいか、
ペースも少し停滞気味で、8分35秒/mile(5分21秒/km)。それでも最初のペース
設定からすれば、合格点。むしろこれまでが速すぎたくらい。そしてこの区間で意外な
出会いが...
私の横にス―っ近づいてきたランナーがいた。赤いランニングシャツが横目に見えた。
そしてそのランナーが私の肩を叩き、やや覗きこむようにして声をかけてきたので、
そちらに目を向けると、それは一人の女性ランナーだった。まだ暗くて顔がよく分からな
かったが、赤いシャツだったのでみータン?と思ったが様子がちと違う。よーく見たら
それは、トミさんだった。『えー!トミさん!来てたの?』と声を掛けると、『ハーイ』と
いう返事が...聞いてみると、いわい将門マラソンの招待で参加したという。それにして
もビックリ。ハワイに来て、偶然会うなんて...心拍数がちょっと上がったような気がし
た。暫らくは話しをしながら走っていたが、やがてゆっくりとトミさんは前へ...
後ろ姿を眺めていたが、相変わらず綺麗なフォームだった。とてもスムーズに滑るように
前へと進む。

9mile〜10mileは急な下り坂を含む要注意区間。日が昇っていれば、前方に物凄い人の波を
見渡せる場所だが、今年は通過タイムが早いため、まだ暗がりで遠くまでは見渡せない。
ところで何故、この下りが要注意かというと、私は下りを非常に苦手としている。苦手と
いうより、下り坂に対して恐怖感を持っているのかもしれない。美瑛で痛めたヒザがトラ
ウマになっているのかも…? ということで慎重に下る。しかしこれがまた良くなかった
ようだ。右足カカトのあたりにピリッと痛みが走った。これは河口湖の時にも下り坂で
起きた症状だが、スピードを抑え様とするあまり、後傾姿勢になり、足の着地がカカトに
なってしまうのだ。ウサギさんの指導を受けて以来、常に足裏全体での着地を心がけてき
たが、下り坂ではそれが恐くてできていなかったようだ。右足カカトの痛みは平坦な
場所になり、フォームが元通りになると消えて行ったが、ちょっとブルーになった区間
だった。ペースは、8分23秒/mile(5分14秒/km)。まずまず...

10mile〜11mileは、右にカハラモールを見ながら走る区間で、車幅が広めで並木道に
なっている場所だ。緩やかな下りだが、それほど気にはならない。右足カカトの痛みも
おさまってきた。応援もそこそこ多い場所で、このあと迎える長い長―いハイウェイの
前に一息と言った感じ。初ホノルルの時は、この付近で股ズレが発生した。今年は大丈夫。
沿道でワセリンを配っていたが、話しによるとこれを間違って食べてしまう人もいると
か? ペースは8分34秒/mile(5分21秒/km)。給水所で、pitゼリーを食べた事も
あってちょっとペースダウンしているが、言い調子、楽しぃー!! このままどこまでで
も走ってしまえそうな、そんな錯覚?を起していた。そして、このあたりでうっすらと
明るくなり始めた。

11mileちょっと手前から、いよいよホノルルマラソンのメインステージ?であるハイウェ
イに上る。ガードをくぐって、坂を登りハイウェイに上がると、風の強さに驚かされた。
まともな向かい風が、往路を行くランナーの前に立ちふさがる。これは駄目だ!
風除けを探さなければ...しかしながら、列がバラけていて兆度良い風除けが見つからな
い。風にあおられているのが体感できるので、つい足に、上体に力が入ってしまう。
『ここで無駄な力を使ったら、後半失速してしまう』そう自分に言い聞かせ、リラックス
を心掛けるが、なかなか良いリズムを取り戻せない。早いとこ風除けを見つけなければ…
11mile〜13mileのペースは8分27秒/mile(5分16秒/km)向かい風の割には、良い
ペースだが、その分体力を消耗してしまったかな? そういえばちょっと寒い。
お腹が冷えなければ良いが...色々な不安が頭をよぎる。

13mile〜15mileでは、最高の風除け集団を見つけた。国際エイズ基金の黄色いTシャツを
きた5〜6人の集団だ。ハイウェイに乗った時から見えてはいたが、2mile以上かかって
やっと追いついた。これだけかかって追いつくということは、ペースも合っている証拠。
しばらくはこの集団の後ろについて楽をさせてもらおうと思った。しかし1mileくらいは
ついていったが、突然、先頭を走っていたランナーが、『Walking!!』と号令をかけると、
集団全員が歩き始めてしまった。一緒に歩くわけにもいかず、早くも風除けを失ってしま
う。男子のトップ選手(黒人)、川嶋選手を見たのは、この辺かな? もっと前かな? 
あまり目標がないので、良く覚えていない。ペースは同じく8分27秒/mile(5分16秒
/km)。風除けを利用した分、少し楽だった気がする。この区間内にハーフ地点があった。
通過タイムは、1時間51分55秒。10km〜ハーフまでの間は、平均5分19秒/kmペー
スで走ったことになる。堂々の合格点だ。

15mileを過ぎるとコースはハワイカイへと入る。ハイウェイから一度離れてハワイカイを
一周り。向かい風とはここでお別れ。この付近は住宅が立ち並んでいるので風の影響は、
殆ど無し。非常に快適だ。同じような強度で走ったつもりだが、ペースは8分4秒/mile
(5分2秒/km)に上がっていた。体調の方は、信じられないくらい快調。足の方は、
痛み、疲れなど全く無し。チタン効果か走りこみの成果か、軽量化作戦が効いたのか分か
らないが何しろ楽だ。本当にこのままゴールを駈けぬけてしまうのか? そんな感じさえ
していた。そんな時だ、凄い光景を目にしたのは...
前を走っているランナーの姿に目を疑った。上半身裸。これはよくある光景。問題は下半
身。ランパンを履いているなら普通だが、ブリーフを履いていたからビックリ。しかも、
かなり履きつくされたようなブリーフで地肌が透けて見える。お尻の割れ目もくっきりと。
しかもお尻が汚い。人のこと言えた義理ではないが、吹き出物ありの毛深いお尻を見て
しまった。さらにこ前はどうなっているんだろう?という興味半分。見ては行けない
という恐怖半分。絶対に見ないぞ!と誓いながら横に並んだものの、恐いものみたさで
チラッと横目でみてしまった。ここから先は、言葉では言い表せません。とにかくジャン
グルの中に、はっきりと見えてました、巨大な...が。
沿道で応援している人は、大爆笑。男性も女性も目を覆う振りをしながらも大爆笑。
『Yeah!!』と声をあげる人や、『Oh my god』と目をそらす人。いずれにしても、応援隊
の視線は彼に釘づけでした。コースには警官も多数いたのに、つかまらないんのか?

16mile〜17mileは引き続きハワイカイ。ハワイ在住の日本人がバナナ、オレンジなどを
配っていた。ちょっとお腹が空いてきていたのでバナナを半分頂いた。
タイミング的にも兆度良かった。今回はウエストポーチをつけていなかったので、pitゼリ
―1個とアミノプロ1袋しか持っておらず、ゼリーは早々と食べてしまっていたので、ちょ
っと心細い気がしていたからだ。これでお腹も満足? まだまだ走れそうだ。
ペースは、8分12秒/mile(5分7秒/km)。依然として好調のようだ。

17mileを過ぎてしばらくすると、再びハイウェイに戻る。これまで来た道を折り返して
行くわけだが、前半向かい風だったものが今度は追い風になる。またメンバーの何名か
とすれ違う事も出きる筈。というわけでハイウェイに戻るのが凄く楽しみだった。
しかし、その前に小休止。右前方に仮設トイレが見えてきた。ちょっと前からトイレに
行きたいなと思っていたので兆度良かった。ここですっきりして後半戦に備えることにし
た。行列ができているようだとかなりタイムロスしてしまうが、誰も列に並んでいない。
やはり今年は参加者が少ないのかな? それとも走っている位置がこれまでより前の方
だからか? いずれにしてもラッキーだった。トイレに要した時間は約1分。きっちり
ラップタイムを取っておいた。17〜18mileは、9分11秒。トイレの時間を差し引けば、
8分11秒/mile(5分6秒/km)ということで依然順調。

既に復路のハイウェイに戻っていた18mile地点だが、このあたりで暑さを感じ始めた。
時刻にして7時30分過ぎ。陽射しが特に強いわけではないが、これまで向かい風を
受けて走っていたのが、今度は追い風になった為、走っていると全く風を感じないよう
な状態になっていた。喉の渇きが早くなる。これまでは、一口の給水で済んでいたのが
二口、三口と口をつけないと物足りなくなってくる。その為に給水所でのタイムロスが
自然と大きくなる。また暑さを感じ始めていたので、スポンジで顔を拭ったり、足に
水をかけたりと、やるべき事が増えてきた。18mile〜19mileは、8分50秒/mile
(5分30秒/km)にペースダウン。30km地点の通過は、2時間38分56秒。ハーフから
30kmまでの区間は、平均5分17秒/kmペースで走ったことになる。何度も言うようだ
が、ここまでは本当に順調。しかし、マラソンはここから先が勝負だ!! 
そう言えばこのあたりで、足の裏にちょっとした疲労が芽生えつつあった。

そしてそんな疲労を感じ始めていたので、アミノプロの補給を行った。19mile過ぎの給水
所でアミノウォーターと一緒にアミノプロを補給した。また足に疲労が芽生えていたので、
ピッチをやや抑え目にした。感覚的にはほんの少しピッチを落しただけのつもりだったの
に9分4秒/mile(5分40秒/km)にまでペースが落ちてしまった。たしかK枝とすれ
違ったのはこのあたりだったかな? ハイタッチをしようと思ったが、でかい外人に邪魔
され出来なかった。今回のレースですれ違いを確認できたのは、この時のK枝のみだった。
そして、楽しい楽しいマラソンが終わりを告げ、本当のマラソンの厳しさが始まろうと
していた。この区間は楽しさが不安へ変わって行くターニングポイントだったのかも
しれない。

20mile〜21mile、そんな不安が膨らみ始めていたのだが、給水所で足全体に水をかけた
りしていたら、疲労がスーっと消え、復活し始めた。アミノプロも効いてきたのかな?
水をかけたことによるアイシング効果か? 良くは分からないが、とにかく、前半の軽快
な足運び(自分でそう思っているだけ?)が戻ってきた。また追い風を僅かではあるが
感じられるようになってきた。ペースも再び上昇しはじめた。8分30秒/mile(5分18秒/km)。
前半ほど楽ではないが、それほどムチをいれたつもりも無い。まだ粘れそうだ。
この状態を維持して、ダイヤモンドヘッドを迎えられれば、下りで一気のラストスパート
も現実味を帯びてくる。このまま!、このまま!自分に言い聞かせた。

21mile〜22mile、ハイウェイ後半の緩やかな上り坂を含むこの区間もそれほどペースを
落さずに乗り越えられた。8分40秒/mile(5分25秒/km)。貯金はだいぶ貯まって
きた。とにかく9分6秒/mile以内で走っていれば、貯金はできる。ここまででこの
ペースをクリヤできなかったのは、スタート直後とダイヤモンドヘッドの上り坂。それに
トイレ区間の3箇所のみ。いずれも理由がはっきりしており、疲労が原因ではない。
このままのペースを維持して行けば、3時間40分台は確実。最後にスパートを賭けられれ
ば40分台前半の可能性もある。手首に巻いたペース表をみて、ゴールタイムを予測し
始めていた。モチベーションは高まる一方!! ここから先はプッシュ!プッシュ(押せ
押せ)だ!! それにしてもちょっと暑くなってきたな! 時間は8時を過ぎていた。

22mile付近でハイウェイからカハラの住宅街へとコースは移る。ハイウェイを降りたこの
場所は、ホノルルマラソンのコースの中で最も私が好きな場所だ。応援が賑やかなうえ、
下り坂を降りてきて勢いのついたところに、『さあーもう少しだ!行けー!!』みたいな
感じの声援が飛ぶからだ。ゾクッゾクッとするような武者震いにも似た感じがして、全身
に力が湧いてくる。残り4mile(6.4km)、サブフォー達成を確信した。カハラの住宅街に
入ってもペースはキープ。8分35秒/mile(5分21秒/km)。さすがに足には疲労が
出ていたが、それよりも走る意欲が勝っていた。自分の足を信じて走る。ペースダウンな
んて持ってのほか。この半年間で1000km以上の走行距離に耐えてきた自分の足を信じて
攻めて行く。もう押せ押せ!の行け行け! 身体の疲れを気持ちがふっとばす。そんな
状況だった。

23mile〜24mileの区間には、恒例となっている?ビールを振舞う不心得者?が出没する。
もう終わりだからと思い、ここでビールを飲むとエライ目にあう。これは間寛平リーダ
の教訓のひとつだった。この教えに従いビールには目もくれず、ダイヤモンドヘッド目指
してまっしぐら。気持ちに反してペースは上がらなくなっているが、それでも落ち込みは
抑えている。少しづつではあるが貯金も増やしている。8分42秒/mile(5分26秒/km)で
カバーした。残すは最後の難関ダイヤモンドヘッドの上り坂と下り坂、それにゴールへ
むかう花道だけだ。前方に強敵"ダイヤモンドヘッド"が見えてきた。いよいよ来たな!
さあ行くぞー! しかしこのあと思いもよらぬアクシデントが...
そして24mile地点でラップボタンを押したあと、次にストップウォッチを止めたのは
ゴールした瞬間だった。

24mile付近から始まる、ダイヤモンドヘッドの上り坂は、前半のそれとは違い、斜度が
かなり急だ。ここでの無理は禁物。ペースダウンも仕方ない。場合によっては歩く事も
やむなしといった感じの難所だ。ストライドを狭くして、回転数を上げ、一歩一歩坂を
駈け上っていく。視線を上げると、坂に負けてしまいそうになるので、視線を落し、
ただひたすら歩を進める。左側に見える真っ青な海に時々目を移し、じっと堪えて坂を
上る。歩いているランナーを何人抜いたろう? 坂の頂上が見えてきた。あともう少しだ。
息が上がりかけていたが、ここまでくれば大丈夫。さあ行くぞ!! ラストスパートだ!!
目指せ40分台前半!! そう思って足に力を入れた瞬間、激痛がはしった。
右足太股内側だ。最初のインパクトは、ヒザの少し上の筋肉だったが、次の瞬間には、
痛みが股関節にまで広がっていた。右足は、着地しようとしても力が抜けてしまう。
左足のみで前進しようとするが、それも痛みに耐えられずついに立ち止まってしまった。
皮肉にも前日の朝、日の出を眺めた駐車場付近だった。

立ち止まって揉み解せば、直ぐに治るだろう! 最初は楽観していたが、痛みはいっこう
に治まらない。立っているのも辛かった。夜寝ている時にたまに起きる、"こむら返り"の
ような痛みが太股にやって来た。じっとしていても痛い、動いても痛い。こむら返りなら
つま先を引っ張れば治るが、どういうふうに筋肉を伸ばせば直るのか検討がつかない。
痛みをこらえて歩き出そうとするが、数歩前へ進むともう限界。このまま時間が経過して
いったら、40分台はおろかサブフォーさえも消えてしまう。それどころかいつになったら
ゴールに辿りつけるんだ!そんな不安に苛まれた。

数歩、歩いて立ち止まる、を何度か繰り返していた。悔しくて悔しくて目には泪が浮かん
でいた。半年もかけて、取組んできたサブフォーの夢が、今、潰えようとしている。
自分の一瞬の判断ミスでこの半年間の努力が水の泡となり、消え去ろうとしていた。
『どうしよう?』『どうしたら、この痛みから開放されるんだろう?』色々考えた。
ストレッチもした。マッサージもした。あと自分にできることは何だろう?必至に考えた。
そしてあるアイデアが頭に浮かんだ。チタンテープだ。ヒザに貼っていたチタンテープを
剥がし、痛い箇所に貼ってみた。すると痛みがゆるやかに消えて行った。さらにもう1枚。
粘着力が弱まっている為、ピッタリとはつかないが、3枚目を貼ろうとした時には、痛みは
完全に消えた。突っ張っているような感じは残ったが、歩くことができた。
そしてゆっくりとなら走る事もできた。走った振動でチタンテープは剥がれ落ちてしまっ
たが、痛みは消えた。ストップウォッチに目を移すと、3時間35分となっていた。残り25
分ある。ゆっくりとでも前へ進めば、サブフォーは可能だ。それ以上の贅沢は言わない。
とにかく4時間だけは切りたい。そう思い、慎重に慎重に足を踏み出す。右足を庇いなが
ら、不恰好な走り方で坂を下り、ゴール地点のカピオラニ公園へと向かう。
思い描いていた、ラストスパート,花道を快走という光景には、程遠いが、これが自分の
2001年ホノルルマラソンのフィナーレだ。

公園の入り口に辿りついた。右足の太股内側には、再び痛みが再発しようと痙攣がはじま
っていた。右手で太股を叩き、刺激を与え、ごまかしながらゆっくり走る。JALのエイド
ステーションでは暖かい声援が飛び交う。顔を歪めて、足を引きづりながら走っている
自分に対して『もう少しだよ!』『頑張って!』と声援が飛ぶ。胸が締めつけられるような
熱い感動がこみ上げてきた。もう我慢する事ができず、大量の泪を流してしまった。
拭っても拭っても、泪は収まらない。残り800m。今回で3回目となるホノルルマラソン
で最も格好の悪い、花道だ。でもこれほど周りからの声援を暖かく、有り難く感じたのも
始めてだった。そんな感動に浸っている時、『サムズ・アップ〜!!』という大声の声援が
聞こえてきた。ふとそちらへ視線をむけると、四、五人の男性が、親指を立てて、
『指圧!指圧!』と笑って言った。すっかりツボにハマってしまい、吹き出してしまった。
そしたら、急に身体の力が抜けてきて、リラックスできた。そして大事な事を思い出した。

ゴール前で応援している母に預けていた、星条旗を受け取らなければいけない。
星条旗を背負ってゴールする。スタート前からきめていた事だ。コース右側の沿道を
必至に探し、ゴール手前200m付近で見つけた。星条旗を受け取り、背中に掛けて
走り出す。沿道のアメリカ人から奇声にも似た声援や指笛が飛ぶ。ゴール手前、この
声援にのせられて一度、手をあげてみた。これがいけなかった。今度は左わき腹を
攣ってしまったのだ。このあと訪れる写真撮影スポットを前に、肝心の左腕が上がらない。
でも、もういい。格好悪くたって何だって、4時間は切れるんだ。目標は達成だ。
サロマ湖への道が拓けてきた。さあ行くぞ!ウルトラマラソン!!
最後の力を振り絞って、両腕を突き上げ、胸を張って、ゴールゲートをくぐりぬけた。
(つもり...)

最後に...
結果は、ネットタイムで3時間51分31秒。グロスで3時間54分40秒。
24mile地点の通過タイムが、3時間25分37秒だったので、残りの2mileちょっと
(3.8km)に約26分掛かったことになる。これまでのレースの中で最も貴重な26分
をこの大会で経験した。それにしても、チタンパワー恐るべし...

番外編へと続く...


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