2003・ 河口湖日刊マラソン
                              曙  

  11月30日(日)私にとって2003年最後のレースである、2003河口湖日刊マラソンに参加した。
 秋レースは、いくつか参加したが、レポートを書く時間が取れなかったため、簡単にまとめてみた。

 1レース目・暑さと風邪に負けた ――タートルマラソン――
  9月14日(日)秋レースの開幕戦のタートルマラソン10キロに出場した。過去、2回、いずれもハーフ
 での出場だったが、結果が良くなかったため、10キロにしたものの、前日から、咳が出ていたため、休もうとしたが、
 10キロだからの理由で強行出場した。結果は、パッとせず、5キロから歩く始末。1時間以上も要した。
 2日後に、病院に行き、急性気管支炎と診断され、翌週の巨峰の丘マラソンは、休場に追い込まれたが、
 台風だったため、休場のショックは、なかった。

 2レース目(3レース目)・楽しく?いや、キツーイ42.195キロでした ――夢舞いマラソン――
  10月12日(日)東京夢舞いマラソン。東京都内を走るフルマラソンということで、「滅多に走れないし、千載一遇の
 チャンスだ!!」と思ったが、走る所は、歩道。しかも、交通ルールを守るということで、シンプルだったのは良かったし、
 東京の名所を自分の足でめぐる事が出来、よかったが、止まったり走ったりの連続でとてもしんどかった。
 次は、車道を使ってのレースを望みたいものだ。 

 3レース目(4レース目)・昨年のリベンジ? ――諏訪湖マラソン――
  10月26日(日)諏訪湖マラソン・ハーフ。思い出すのは、昨年。体調不良に泣き、辛うじて完走。次は、「雪辱だ」
 と意気込んだ。体調は、秋レースでは良かった方で、昨年の屈辱を晴らす事が出来た。

 4レース目(5レース目)・無念!!今年2度目の休場 ――渡良瀬遊水地マラソン――
  11月9日(日)渡良瀬遊水地マラソン。昨年は、初めてのフルマラソンで完走した思い出のレースだったが、
 4日前に風邪をこじらせたが、当日には治ったものの、医師から、「休場しろ」と言われ、前回の休場の比べて、
 ショックは大きかった。これで今年2度目となり、思うようなレースが出来ず、いらだってしまった。

  思うようなレースが出来ないまま、河口湖マラソンの日が迫ってきた。注目の週刊天気を見ると、当日は雨。
 「これじゃーまたダメかな」と感じた。でも、「最低でも会場には行く」と決めた。

  11月30日(日)今年のファイナルレース・河口湖マラソンの日がきた。昨年は、3連休の最終日がレースだったため、
 泊まりでの参加が出来たが、今年は、普通の土日であったし、前日が仕事があったため、東急観光の日帰りバスツアー
 での参加となった。

  当日は、4時に起床。普通に朝食をとり、5時に自宅を出発。新宿駅西口まで車で送ってもらった。6時に出発。
 天気は、大雨で、中央道も、八王子から西で時速50キロ規制であった。7時30分に河口湖に到着したが、雨脚は強いまま。
 道路は、冠水するほどだった。7時45分に例年のベースキャンプ地?・みはらし亭に入った。10分後、HANZAさんが
 到着。ギリギリまで待つことにした。
 その結果、雨脚が弱まり、参加することにした。私は、ウインドブレーカー上下を装着しての出走となった。
     
  午前8時30分、スタート。私は、河口湖一周・27キロでの参加だったため、後方からの参加となったが、ロスは、
 6分26秒だった。昨年は、11分30秒だったから、今年は、昨年より参加人数が少ないかなと感じた。来年参加する
 青梅マラソンのテストという意味でも最適といえよう。

  スタート10分後、雨が上がり、日が差した。2キロ過ぎにウインドブレーカーの上を腰に巻くことにした。5キロは、
 31分38秒。昨年より3分遅れ。80%の湿度のせいか、蒸し暑くなった。そうなると多くなるのが、ビニールのゴミ。
 かぶっている人が多かったが、雨が上がる次々と道端に投げ捨てる事になる。10キロは、1時間04分と昨年より8分遅れ、
 こうなったら、記録より、確実に完走することに変更した。10キロで、赤のTシャツの後ろのマークが「非常口」のマークの
 チームがいたが、なんとその文字は、「非常識」。例年参加しているらしい。よく、他のランナーから「非常口」
 と言われているとか・・・。
  それはどうとして、私は、ペースが上がらず、1キロ7分まで落ちた。13キロの給水所で、私は、悪夢な物を手に
 してしまった。それは、「魚肉」。今年の24時間リレーマラソンの打上げでみっともないことをしてしまい、珍プレー大賞?
 となってしまったものだった。しかも、今回は、走りながら食べなくてはならない。しかし、何とか完食。ホッとした。
  その後も、ペースが上がらないまま、20キロを2時間15分で通過。「おいおい、これじゃー青梅もピンチだぞ」と感じた。
 加えて、左足ふくらはぎの痙攣が始まり、歩いたり走ったりの連続になった。結局、グロス・3:20:47。ネット
 3:14:21でゴール。昨年より30分近く遅れてしまった。
  原因ははっきりしている。1つ目、練習不足と奢り。昨年良かったからとなめてしまったうえ、練習不足だった。
 2つ目が、集中力を切らしてしまった。雨だ=全然ダメという弱気が結果になってしまったといえる。 

 今年のレースを振り返って
  個人戦で完走したのは、10レースと昨年と同じだった。しかし、力尽きや怪我による途中棄権が2レース
 欠場が2レースと無様な結果が多く悔しかった。試練の年だったと思うが、この結果を受け止め、来年頑張りたいと思います。