シンガポール1
 シンガポール編1 









 半屋と八樹は大学一年生。せっかく暇な大学生活なので、ここは恋人と初海外!と喜びいさんでいた八樹でしたが、ハワイやプーケット、グアムやサイパンなど恋人らしい場所はすべて半屋に却下され、なぜだかシンガポールに行くことになったのでした。
 実はシンガポールには八樹の父の勤め先が経営するホテルがあり、そこに安く泊まれるのです。半屋はパック旅行をいやがり、八樹はバックパックでの旅行をいやがり、結局妥協案としてホテルに安く泊まれるし、なんとなく海外旅行っぽいシンガポールが選ばれたのでした。

 一日目。飛行機・空港・ホテル

 半屋が選んだ航空会社は一番安い、アメリカ系の航空会社でした。これがまぁ現地に夜中の一時過ぎにつくという、とんでもない便です。しかも機内のイスは狭く、食事はまずいというかなりきつい便です。
 「俺、海外初めてなんだよね。初めてで恋人と海外v こんなうれしいことはないよねー」
 八樹の恋人はとても無口で、あきれたように八樹をにらみつけるのみです。というか単にあきれています。とにかくこの飛行機は座席が狭く、隣と密着しているのです。たまたま自分たちの周りに日本人はいませんが、日本経由の便なのです。日本語をわかる人がいないとは限りません。それなのによくもぬけぬけとそんなことをいえるもんです。しかし、怒鳴りつけて事を大きくするのも逆効果でしょう。半屋は八樹の暴言を足を蹴飛ばしながらもじっと耐えました。
「しかしすごい狭いよね」
 八樹は身長がかなりあるので、この狭いシートではかなり窮屈そうです。
「でも、6時間も堂々と半屋君と密着できると思えば気にならないかな」
 半屋は八樹の足をもう一度蹴り直しました。 

 チャンギ空港

「ねぇ、半屋君、空港の中が花だらけだ」
 空港に着いた瞬間から、八樹の饒舌は止まることがありませんでした。もう海外なんだねーとか半屋君と一緒に外国にいるなんて夢みたいだとか、ぺらぺらと話し続けています。もう一時です。日本時間では二時過ぎです。でも、なぜかいつも八樹の饒舌は気にならないので、八樹が発見する様々なものにごく軽く目を向けながら、そのまましゃべらせておきました。

 空港からホテルへ

 タクシーを拾って、ホテルに向かうことにしました。いきなり海外で真夜中にタクシーです。八樹は緊張しましたが、清潔なタクシー乗り場で、とてもまともなタクシーで、しかも、「英語を使わなくちゃ!」と内心緊張していた八樹をよそに半屋が一言「リージェントホテル」と言っただけですべてが終わってしまい、八樹はかなり拍子抜けしてしまいました。

 「ほら、変な形の木がある」
 窓から見える風景は、真夜中とはいえやはり海外です。手を広げた形の椰子の木や、必ず花がからみつけられている歩道橋、タクシーの屋根にのっかっている広告などいろいろ小さな発見があります。半屋は頷くことさえしませんが、ちゃんと聞いてくれているのはわかっています。だからうれしくて、様々な発見を伝えました。
 しかし長旅の上に真夜中です。さすがの八樹もつかれていたのか、一瞬ぼーっとしてしまいました。はっと気がついて横を見ると、半屋はすっかり寝てしまっています。
(…半屋君が寝ちゃうとつまんないなぁ)
 せっかくの初外国の感動も半屋が寝てしまっただけで色あせてしまいます。タクシーから見える風景も外国というより、単なる東名高速のように見えてきます。とゆーか本当に似てます。窓を流れゆく景色を眺めながら、あまりにも精神的に半屋によりかかっている自分の病の深さに、八樹は軽くため息をつきました。

 まだ微妙に寝ぼけている半屋を引っ張ってホテルにチェックインをしました。ここは外国です。英語で交渉しなくてはいけません―――のはずでしたが、「マイネームイズヤツキ」などという小学生レベルの英語を話しただけで、いつの間にかすべてが終わっていました。
 笑顔で差し出された鍵を受け取り、いざ一週間だけのマイホーム(?)に向かいます。このホテルは床がすべて石造りであるだけでなく、所々に東洋趣味をとりいれたくつろぎ空間がある上に、最上階までの吹き抜けの構造になっています。しかも室内なのに、すべての階からきれいに植物が垂れています。
「すごいよ半屋君、ほら、床が全部石でできてる」
「地震がねーんだな」
「そっか。日本だったら地震でひびが入っちゃうかもしれないもんね」
 小さな事にも外国気分を味わいながら、八樹たちは部屋に向かいました。

 ホテルの部屋。

ロビーの絢爛豪華さに比べ、部屋はとてもシンプルで機能的で居心地のよい空間でした。…と思ったのもつかの間、浴室は唖然とするばかりのまばゆさでした。
(…いったい…)
 とにかく日本とは感性が違うんだな、と思うしかありません。やはりここは外国なのです。
「これなんだろ?」
 クローゼットの下にビーチチェアの変形したようなものが畳んで入ってます。南国だからなのだろうか、と八樹は思いました。
「スーツケース置き」
 なんでもそのビーチチェア状のものを広げて、その上にスーツケースをおくのだそうです。そうすると荷物の出し入れがスーツケースから直接できるので便利だ、ということでした。
「俺、なんでみんな海外にスーツケース持ってくんだろうって思ってたんだけど、やっぱ便利なんだね」
「どうだかな」
 そういえば八樹がスーツケースを買おうとしたとき、止めたのは半屋でした。結局、八樹はいつも合宿に使っているスポーツバッグできたのでした。でもスポーツバッグではいまいち海外♪の気がしません。 
 実は半屋は幼少時を海外で過ごしていて、そこを拠点にかなり様々な場所に連れ回されていたのですが、あのスーツケースというものがどうも好きになれませんでした。とても便利なものです。しかしそれは他人の手助けがある場合に限ります。
 運転手がトランクにスーツケースを積んでくれ、ホテルのドアマンがそれを取り出してくれ、ポーターが部屋まで運んでスーツケース置きに置いてくれる。そういう用途に適したケースなのですが、それは半屋の趣味には合いませんでした。別に半屋はいちいちそのことを八樹に伝える気はありません。ただ、きっと八樹も同じ事を感じるはずだと、なんとなく思ったのでした。

 「明日何時だ?」
 半屋はガイドブックを読んだりするのはとてもめんどくさかったので、この旅行のプランニングは八樹に任せていました。人からちょっと買い物を頼まれた以外に行きたいところもありません。
「8時に出る予定だけど…」
「…今、何時だと思ってんだ?」
「…二時半、だね」
 その無謀な時間設定に一瞬キレかけた半屋でしたが、一応申し訳なさそうにしている八樹の態度を見てどうにか自分を押さえました。別に八樹に悪意があるわけではないのでしょうから。
 半屋はとりあえず無言で浴室に向かいました。あとで使う八樹の方が睡眠時間が短くなりますが、それぐらいはいいでしょう。
 しかし浴室に入る寸前にあわててやってきた八樹に手首を捕まれました。 「半屋君」
 妙にきっぱりとした口調だったくせにそのあとの言葉がなかなか出てきません。こういうときは注意が必要だ、と半屋は経験から知っていました。
「今日、同じベッドで寝よう?」
「アァ?」
「別になにもしないから。ね?」
 半屋は疲れ切っています。そして明日は早いのです。せめて広々としたベッドで寝たいです。
 半屋は八樹の戯言をとりあわず、浴室に入ろうとしました。
「だって初めての二人の旅行だし、初めての海外なんだよ! …ホントになにもしないから」
 八樹の瞳は少し不安定に揺れていて、まるですがりつくようです。本人に教えるつもりも気づかせるつもりもありませんが、半屋は八樹のこういう表情に弱いのです。
 八樹をじろりと睨みあげてから、さっさと浴室に消えます。八樹がしゅんとしているのはわかりましたが、無視しました。微妙に後味の悪い思いを味わいながら、シャワーを浴び、寝間着に着替えて、八樹が熱心にガイドブックを読んでいる横に潜り込みました。
「半屋君…!」
 満面の笑みを浮かべ、ぎゅぎゅうと抱きしめてくる八樹を邪険にあしらいながら、いつしか半屋は眠りに落ちていきました。




 父親が住んでいたので、シンガポールには全部で8回行っていると思います。治安はいいし、食べ物は美味しいし、全般的にサービスがいいしで、とても楽に旅行が出来る国です。
 実はかなりへんてこな国で、世界へんてこな国ランキングがあったら上位にはいるのでは、と密かに思っているぐらいへんてこな国なのですが、一見そうは見えないあたりがかなりのくせ者な感じです(笑)




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