いいコトあるよ
 〜コーギョーカの変-4-〜
 

 

 

    

 『宇宙最強の男・メーリョー帝梧桐勢十郎伝説』

 その”ラブレター”はそんなタイトルのものだった。
 燃えさかる炎をバックに、派手な効果音をつけて、一文字づつ浮かび上がるタイトルに制作者のこだわりを感じる。

『メーリョー帝、それは伝説の勇者。
 メーリョー帝、それは宇宙最強の証。
 限りなき闘いの中で…』

 クリフのものとおぼしきナレーションの声が聞こえ、顔を半分覆う仮面をつけた男が現れた。
 三本にまとめられた角のような髪、大仰な深紅のマント、舞踏会に出るような仮面、その醸し出す雰囲気といい婚姻申し込みディスクの男と同一人物であることは疑いようもない。
 しばらくメーリョー帝を讃える導入部が続いたかと思うと、場面が転換した。
『マケマケ星人が現れた! どうする我らがメーリョー帝!』
 画面の中では全身黒タイツのクリフ(にしか見えない男)が奇声を発しながら、梧桐に襲いかかっている。

 梧桐がマントを脱ぎ捨てた。 

 マケマケ星人(クリフにしか見えない)がヘロヘロしたパンチを繰り出すと、金モールで縁取られた派手な指揮官用軍服に身を包んだ梧桐が、大げさな動きでそれをよける。
 しばらくそんなことを繰り返していたが、飽きたらしい梧桐がマケマケ星人(仮)の顔を殴りつけ、マケマケ星人(仮)が吹っ飛び、その闘い(?)は終わった。
『今日もメーリョー帝の活躍によって、メーリョーは救われた。ありがとうメーリョー帝、強いぞ僕らのメーリョー帝!』
 再び画面が切り替わり、今度は大量の着ぐるみ集団が現れた。
『休む間もなく新しい敵が現れた! どうするピンチだメーリョー帝!!』
 しかしよく見ると着ぐるみには大小二種類しかない。
 しかも、奥の方の鹿やウサギは首のところから、人間の顔―――クリフとアオキに見える―――が何個も見えていた。
 どうやら、クリフとアオキに何種類もの着ぐるみを着せて、いちいち合成した映像らしかった。
 その合成着ぐるみ集団は、謎のかけ声とともに集団で梧桐に襲いかかった。
 梧桐は丁寧にクリフだけを何匹もぶっ飛ばし(アオキはへなへなと自ら演技でぶっ飛んでいた)、その戦闘も終わった。

『メーリョー帝の最強伝説にまた新たな一ページが刻まれた。
 宇宙最強の男、それはメーリョー帝。
 史上最強の男、それはメーリョー帝。
 今日も宇宙を守り続ける。ありがとうメーリョー帝。がんばれ僕らのメーリョー帝梧桐勢十郎!』
 画面は腕組みをして高笑いする梧桐のアップに変わり、それにかぶるようにエンドマークが浮かび上がる。
 
 プツンと音を立てて映像が消えると、一瞬部屋が静まり返った。その雰囲気を打ち消そうとするように、あわててアオキが話し出した。
「これ、この前の………」
「あのときは大変だったよね〜。ボクなんて何回殴られたかわかんないよ。でもおかしいよねぇ。このディスク、カスミちゃんにラブレターだからって渡されたのにさぁ」
 八樹も半屋もまったく話には乗ってこない。
 映像が流れている間中、半屋は青筋を立て、八樹はなぜか食い入るように画面を見つめていた。

 

※   ※   ※

 


「出かけてくる」
 急に半屋が立ち上がり、そのままさっさと出ていってしまった。
「俺も出かけてきます」
 八樹も立ち上がった。
「八樹くん行っちゃうの? ちょっとだけ後にしてくれない? あ、もしかして女の子とかの用事?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…… 」
「よかった。八樹くんって半屋くんマニアだから、こーゆー時にいてくれるとすごく助かるんだよね」
 八樹は苦笑して「じゃあ付き合いますよ」と言った。

 

 

※   ※   ※

 

  八樹たち三人は、そろそろ夕方になろうかという街を歩いていた。
 すでに半屋の姿は見えなかったが、八樹が場所を知ってそうに歩きだしたので、クリフとアオキはそれに従った。
「でも半屋くんどうしたんだろうね。さっきの感じだと今日は何も用事ないみたいだったのに」
「道場に行ったんだと思いますよ」
「へぇ。半屋くん武道やってるんだ」
「あまり熱心じゃないですけどね。ただ、すごく強いですよ」
「あ〜、わかる、わかる。なんか怖いもんね、半屋くん」
 クリフはとても焦っているとは思えないようなのどかさで、だらだらとしゃべり続ける。
 しばらく黙ってクリフと八樹の会話を聞いていたアオキが、逡巡した後、口を開いた。
「八樹さん、どうして半屋さんの行く場所がわかったんですか?」
「マニアだからじゃないの?」
 すかさずクリフがまぜっかえす。
「いえ、半屋さんの家に住ませてもらって一ヶ月以上になるんですけど、僕の知っている範囲では、半屋さんが道場に行っているのを見たことがないんです」
 八樹は軽くほほえんだ。
「俺も行こうと思ったから、かな」
「どういうこと?」
 クリフが聞き返した。
「行きたくなったんですよ。
 あの人、ふざけてましたけど、相当強いでしょう?」
「ああ、セージ? 強いっていったらとんでもなく強いけど、別にいつもあんなんだし、強いっていうか、単なる暴れん坊っていうか…」
「でも強いでしょう?
 ―――あ、半屋君の道場ここですよ」

 

※   ※   ※

 

 その道場は個人宅を改造して作られていた。
 今は稽古の時間ではないらしく、稽古場には半屋しかいない。
 半屋は空手着に着替え、一人で稽古をしていた。
 
 ストレッチをした半屋は、道場の真ん中に立って、軽く礼をし、演技を始めた。
 蹴りや突き、全ての動作が流麗に流れてゆく。
「あれは個人練習かなんかなの? なんか違うみたいだけど」
 クリフは声を潜めて、隣の八樹に聞いた。カメラを回しているが、集中している半屋は何も気づいていないようだった。
「あれは形ですよ。空手特有の決められた動作ですね。元々空手は秘技だったので、一人で鍛錬するための形が発展したんです。
 半屋君の形はすごく綺麗ですからね。今でも試合に出れば、かなりとところに行くと思うんですけどね…」
 クリフはビデオを回し続けた。
「あれってダンスに使えないかなぁ」
「ダンス……?」
「確かにすごいキレイな動きだよね。あれをスロー処理して、よさそうなとこだけ編集したら、古典舞踊みたいに見えない?」
「……どうでしょうね。半屋君は嫌がりそうですけど」
「でも時間がないんだよ〜。ホントは半屋くんがドレスでも着てダンスしてくれれば一番いいんだけどさー」
 半屋は長い時間ずっと形をさらっていた。クリフは熱心にそれを撮影し続けた。

 そしてクリフはその後、半屋ににらまれながらも、食事シーンや、寝ころんで雑誌を読んでいるシーンまで撮影して、あわただしく帰っていった。

 

 

※   ※   ※

 

 数日後、半屋の家のリビングで、八樹とアオキがお茶を飲んでいた。
「そういえばあの投票の結果っていつ出るの?」
「確か今日のはずなんですけど…もしかしたら次にクリフさんが来るまでわからないかもしれません」
「そう聞くと本当に遠いんだね」
「そうですね」
 そのとき、ベランダからカツカツという音が聞こえた。見ると鳩がさかんにガラスをつついている。
「なんだろう」
「あの、開けてもいいですか?」
「いいよ」
 アオキがガラスをあけると、鳩が勢いよく飛び込んできた。
「半屋くん、圧倒的な支持でプリンセスに選ばれたんだけどさー、セージったらひどいんだよ、せっかくボクが…」
 鳩は甲高い声でそれだけ言うと、いきなりそのへんにいる普通の鳩に戻った。
「どうしたの、これ?」
「クリフさんからのメッセージです。この方法だとほんの少ししかメッセージが送れないんですけど…」
 クリフはそれを忘れて、しゃべり続けていたのだろう。
「なんにせよおめでたいね。赤飯でも炊こうか」
 八樹は立ち上がった。
「あの……。八樹さんはそれでいいんですか?」
 アオキは思わず八樹の背中に声を掛けた。
「俺は半屋君が認められたことは嬉しいよ。それに、向こうが勝手に何やろうと結局はどうでもいいことだからね」
 そして八樹は何事もなかったように台所に向かった。


 
 半屋が帰ってくる頃には八樹渾身の赤飯が炊きあがっていた。
 しかも鯛の尾頭付き(さすがに手作りではなく、デパートで買ったもの)まで用意する念の入れようだ。
「半屋君、プリンセス当選おめでとう」
 八樹は実家から持ってきたシャンパンを抜いた。
 アオキはクラッカーを持たされてしまったので、仕方なくそれを鳴らした。
「てめぇら……」
「ネットで調べて、お赤飯炊いたんだ。味見してくれる?」
 半屋は顔をひきつらせていたが、結局は丸め込まれ、八樹は終始嬉しそうにしていた。
 この人たちってよくわからないな、とアオキは思った。

 

 

※   ※   ※

 

 しばらくして、特製ビデオを手にクリフがやってきた。
「見てよ、ボクの力作! これで当選間違いなし!って思ったのにさ、セージがさぁ…」
 始まったビデオは当初クリフが言っていた通りの、ロマンティックな仕上がりだった。
 いったいどういう技術なのか、顔かたちはそのままの半屋なのだが、本人だったら何をどうやったってしそうにない、天使のように清らかな笑顔を浮かべているし、しかも富良野のラベンダー畑の中を歩いている。
 空手の形はスローで再生され、バックに薪能の舞台が合成されていた。
「これは……半屋君には見せない方がいいかもしれませんね」
「えぇーっ。メーリョー中の名のある映画関係者をあつめて、何日も徹夜して作ったのに。でもセージが…」
「梧桐さんがどうかしたんですか?」
「せっかく作ったこのビデオを没にしたんだよ! しかも代わりに使えって出してきたのがとんでもないビデオでさぁ」
 クリフはばんばんとテーブルをたたいた。
「それありますか?」
「一応もってきたけど、ボクの知り合いたちに見せたら大不評で、もう他に換えられなかったし、プリンセスの投票、どうなるかすっごく心配だったんだよ」
 クリフはぶつぶつ文句をいいながらそのビデオを取り出した。

 

 ビデオはタバコをくわえて歩く半屋から始まった。
 表情はいじられていない。風景もそのままだった。
 ただ、色調だけは少しノスタルジックに整えられていた。
 パチスロをしている半屋も写されていたが、クリフ版ではあった余分な解説はなく、タバコを吸いながらボタンを押す様子だけが流れた。
 寝ながらだるそうに雑誌をめくったり、八樹の言葉に顔をしかめたり、そんな半屋の日常が切り取られていた。
 最後は空手のシーンだった。
 クリフの使った角度とは違い(あのカメラは対象物を三次元に把握することができるらしい)、こちらのビデオでは半屋を正面から写していた。
 正面からのロングや正面下方のアップ、どのカットを見ても、半屋の形がただ流麗なだけでなく、はっきりと敵を想定しての動きだと見て取れる。迫力のある、ダイナミックな演技だった。

 そしてビデオが終わった。
「ほらね。すっごい不良って感じでしょ。特に最後の空手なんて怖くてさー。ボクの知り合いたちなんて引きまくってたもん」
「でも当選したんですよね」
「たまたまだよ。まぁ、コーギョーカは不良の星だからね。なんか『これぞ俺たちのプリンセス!』ってなっちゃったみたいでさ。結果的には良かったんだけど」
「だからなんじゃないですか?」
「それはないよ。だって、たまたま、昔ヒットしたスーパー戦隊ものがコーギョーカで初めて放送されることになってさ、そのCMでこれが流れたんだって。それがたまたまぴったりくる内容だったとかでさー、相乗効果って感じだったらしいんだけど、ホント全部たまたまなんだから」
「でも、半屋さんがプリンセスに選ばれてよかったです」
「だよねー。まぁ、半屋くんはこれから大変だろうけどね」

 異星人二人が和んでいる間、八樹はその機械を操作し、決定版ビデオを見直していた。
「もしかしてこの梧桐とかいう人、半屋君と会ったことありますか?」
「それはムリだよ〜。セージが小さい頃どこにいたのかっていうのはよくわからないけど、地球とメーリョーってものすごーく離れてるんだよ。たぶん、辺境の惑星シリーズで地球がとりあげられたときにでも一目惚れしたんじゃないかなぁ」
 クリフはそのあと「セージが一目惚れ」と一人で笑い転げていた。
「一目惚れ、ですか」
「うん。いきなり『地球で白ザルを捕獲してこい!』とか言いだしてさぁ、こっちは全然わかんないから、白い猿を探して持っていったら、殴るんだよ!
 この前も言ったけど、セージには美醜の感覚なんてないからさ、一目惚れって言っても、半屋くんの妙にからかい易いとことかが気に入ったんじゃないかと思うけど」
「確かにそこを気に入っているらしい気配はしますね。あまり変なことに半屋君を巻き込まないでほしいですけど、別に関係ないですしね。
 それと、このビデオもらっていいですか?」
「いいよ、半屋くんにも見せといてね」
「いえ、そっちはいらないです」

 こうして『たくみさまプリンセス選挙騒動』は幕を閉じた。
 後日、クリフが無理矢理置いていったビデオを半屋が見て、怒り狂ったことはいうまでもない。
 
 

 


 半屋は絶対「形」がすごくうまいと思うんですよね〜。 半屋が伝統空手か極真か、というのは難しい問題ですが、私個人の希望としては伝統空手がいいです。一人でも形を使って極めれるのが半屋っぽくていい感じです。
 伝統の基礎はみっちりやっているけど………、というのもロマンです。
 伝統空手といったら寸止めですが、実際に当てなくて勝敗が決まる(つまり「闘気」が強い方が勝つ)というのもロマンです。
 伝統空手の方が姉に引きずられてやり始めたっぽくてロマンです。
 ワイヤーフレームは半屋伝統空手説を応援しています(←おい)