バースディランド

 

お誕生日おめでとうございま〜す!」


 ここに来ている人間は全員楽しんでいるに違いないと確信しきった顔で、従業員達は声をそろえた。
 誕生日?
 どこかに誕生日の子供でもいるのだろう。親がそれを従業員に伝えて、従業員達が祝っているというわけだ。なんだか疲れる話だ。
「何をぼやっとしておるのだ! 行くぞ!」
 オレはまたずるずると梧桐にひっぱられ、わけのわからないメルヘンチックな乗り物に乗せられた。

 そもそもオレかこんな妙なカッコをするハメになったのは、というより、こんなばかげた場所に来るハメになったのは、梧桐のヤローがどうしようもないバカだからだ。それ以外にはない。
 ネズミの耳型のカチューシャにネズミ型のピアスに謎のシール。今、オレがそんな格好をしているなんて考えたくもない。

 とにかく、昨日、青木がオレのところにやってきたのがすべての始まりだった。
『あの、半屋さん、これ………』
 青木が差し出した紙に書かれていたのはいつもの通り決闘状の文字。
 見たら終わりだ。見たら腹が立って呼び出されて、またわけのわからないことに巻き込まれるだけだ。
 見たら終わりだ。そう思いながら、オレはその決闘状を広げてしまっていた。


 明日午前9時に舞浜駅改札で待つ。必ず制服を着用の事
 
 いつものように毛筆で黒々と書かれていた。毎度毎度ヒマなことだ。
 明日は平日だというのに、指定された場所は校内ではなかった。梧桐が授業をさぼるのか―――?
 面白ぇ。本気だって言うなら、つきあってやろうじゃねぇか。
 
 そして今日、気がついたらオレは舞浜という駅にいた。どっかで聞いた事がある駅だとは思っていたが、どこで聞いたのかは降りてみてすぐにわかった。その駅のポスターはネズミだらけだったし、駅からはすでに巨大テーマパークの一部が見えていた。
 小学生の頃、一度だけ来た事のあるネズミのテーマパークがある駅だ。まさか梧桐が学校さぼって遊園地で遊ぶという訳でもないだろうし、回り中浮かれた客だらけだろうと、オレには関係のない話だ。
 ところが―――
『遅い! 何をぐずぐずしているのだ。走れ!』
 現れた梧桐は、『明稜高校ご一行様』と書かれた三角旗を手に持ち、頭にはネズミの耳型のカチューシャを付けていた。気合いの入った客の多い中でも一際気合いが入っている。なんだこれは?
 そしてオレは開園直前の人混みに巻き込まれ、チケットを手渡されていつの間にか入園していた。
『てめぇ、一体何のつもりだ!』
『遠足だ』
『ハァ?』
『今日は遠足の日だろう』
 ウチの学校の遠足は、何カ所もある候補地の中から自分で行く場所を決めるという仕組みになっている。オレは一度も行った事がないし、これからも行くつもりはないが、まあまあマシな場所を選んでるという噂だった。
『他の奴は…』
 見る限り梧桐以外誰もいない。
『おらん』
 どうやら『明稜帝と行く! 東京湾岸鴨退治ツアー』という募集内容だったらしい。んなもん行くヤツがいるか。
『帰る』
 こんなバカバカしいことに付き合っている暇はない。オレは出口に向かおうとした。
『ほほう。逃げるのか』
『んだと?』
『鴨を捕まえる自信がないと言うのだな。そうだろう、そうだろう』
 鴨? そう言えばこのバカさっきも鴨退治とか言ってなかったか?
『30分後、鴨を多く捕まえた方が勝ちだ』
 そして梧桐はどこかに行ってしまった。
 回りを見渡せば、確かに鴨が何羽か歩いている。だからって捕るか? それに、ここまで来てわざわざ鴨捕るか?普通。
 朝早くから少しでもアトラクションを回ろうと血走っている客の中で、鴨を捕っている梧桐を考えると、どうしようもなく頭が痛くなってきた。
 頭は痛いし、朝早く起きすぎて眠いし、気がつくとオレは花壇に寄りかかって眠っていた。


『なんだ 一羽も捕っておらんではないか!』
 目を覚ますと、鴨を抱えた梧桐が体を反らせて威張っていた。
『失せろバカ』
『オレの勝ちだな』
『アァ? オレは鴨捕るなんて一言も言ってねぇぞ』
『ほほう。貴様はオレと勝負をするためにここに来たのではなかったのか?』
 コイツ………
 オレが梧桐を睨みつけていると、梧桐は一枚の写真を出してきた。
『………!!』
 それはオレが梧桐からの決闘状を読んでいる写真だった。
 写真の角度のせいだろう、オレが熱心にそれを見ているように写っている。どうしても見ていたくなくて、オレはそれを破り捨てた。
『てめぇ汚ねぇぞ』
『負けを認めるのだな』
『誰が』
『なら鴨を捕るのか? とってもいいぞ』
 梧桐は捕まえていた鴨を放した。鴨は何事もなかったように、どこかに向かって歩き出す。
『貴様の負けだな。ではこれをつけろ』
 そしてオレは、なんだかわからないうちに梧桐のかぶっていたネズミの耳型のカチューシャ(最悪だ)をかぶらされ、三つの丸で作られたピアス(早い話がネズミの形をシンプルにした形のヤツだ)をつけさせられ、さらに訳の分からないシール(何のシールかは見てないし、見たくもない)を張られて梧桐に引っ張り回されているわけだ。


「お誕生日おめでとうございま〜す」
 まただ。
 さっきから歩くたびに、従業員が誕生日誕生日言っている。
 考えてみれば今日が誕生日の人間なんて300人に一人ぐらいはいるわけだし、もしかするとあのネズミ人間の誕生日なのかもしれない。


 余りにも誕生日誕生日言われるので思い出したのだが、多分、今日はオレの誕生日だったような気がする。昨日かもしれないし、明日かもしれないし、そもそも今日が何日なのかも正確にはわからないのだが、多分今日だったような気がする。
 誕生日なんかどうでもいいが、もしあのネズミ人間と同じだとしたら、それはそれでイヤなもんだ。
「半屋、次行くぞ次」
 梧桐は動物的なカンなのか、単に適当に回っているだけなのか、混みそうな場所でもウソのように空いている瞬間を見つけだすので、随分とアトラクションを回ることが出来る。
 とりあえずオレの好みとはまったく合わないものばかりなので、ただ疲れるばかりなのだが、梧桐は妙に楽しそうにしていた。
「気に入ったか」
 オレは梧桐が何を言ったかわからなかった。
「熱心に見ていたではないか」
 誰が、何をだ。
 今行ったアトラクションは、各国の民族衣装を着た人形が『小さな世界』を歌いまくるというメルヘン全開なものだった。以前来たときはまるでわからなかったのだが、多分その国の人間が見たら怒るのではないだろうかというような結構とんでもない人形が多い。だからつい見てしまっただけだ。
「こういうのが好きなのか」
「好きじゃねぇ」
 もちろん梧桐が人の話など聞くはずもなく、その後しばらく人形がカタカタ動いているメルヘンなアトラクションばかり連れ回されて、オレはぐったりとしてしまった。


「あー、ハラ減ったな〜。ハラ減ったな〜」
「勝手に減ってろ」
「お、うまそうな店があるな〜」
 そう言いながら、梧桐は梧桐が入りそうにないクラシカルな喫茶店に入っていった。
 メシがないわけではなさそうだが、イギリス風のカフェだとでも言いたいのだろう、サンドウィッチや紅茶がメインの店で、とても梧桐のあの食欲を満足させるとは思えない。
 しかし梧桐はずんずんとその店に入ってゆき、店の真ん中の席に座った。


 
 梧桐がやってきたウェイトレスに何か言うと、ウェイトレスは怪訝そうに何回か聞き直したあと、メニューもおかずにそそくさと去っていった。
 なんだ?
 少しして、さっきのウェイトレスと他のウェイトレスやウェイターがオレの回りを取り囲んだ。
 目の前にぽんと丸いショートケーキが置かれる。
 そして………
「ハッピーバースディトゥユー〜 ハッピーバースディトゥユー〜」
 ウェイトレス達は相変わらずの満面の笑みを浮かべて、歌い出した。
 あまりのことに呆然としていると、
「ハッピーバースディ ディア さ〜る〜」
 サル? 
 ウェイトレス達は、確かに(微妙に恥ずかしそうに)サルと言った。
「おい、てめぇ」
 その時、ウェイトレス達の歌が終わり、奴らはみんなで拍手をしてきた。
 つられて店にいる客も拍手をしていたりする。
 梧桐はまるで自分が誕生日であるかのように客に向かって手を振り回して、客はよけい盛り上がっている。
「おい」
 何をどう言っていいのかわからない。
 オレはまだ変な耳をつけたままだし、梧桐ははしゃいでるし、この年でしかも制服でバースディソングを歌われた上にサルだ。
「死ね」
 とりあえずオレは、まだはしゃいでいる梧桐を殴りつけた。
 そういえばそもそも、なんでコイツはオレの誕生日なんてもんを知ってるんだ?
「誕生日と言えば、誕生会でサルの着ぐるみを着て暴れたマヌケがどこかにいたな〜」
「アレはてめぇが………!!」
 そういう事か。
 小学校の頃、梧桐とは一度だけ同じクラスになった事がある。そのクラスでは二ヶ月に一度、誕生会なるものがあって、全員の前で誕生日を言われる上に出し物までやらされた。当然、オレはそんなもんに参加するつもりはなかったのだが………。これ以上は思い出したくない。
「なんだ、食わんのか」
 梧桐は期待のこもった目でオレの前にあるケーキを見ている。
 オレはそのケーキを梧桐に押しやった。
 梧桐はバースディプレートとイチゴをいくつかオレの皿によこして、がつがつとケーキを食い始めた。

 梧桐はその店で一番腹にたまりそうなものを注文し、オレはサンドウィッチと紅茶を頼んだ。
 店を出ると、梧桐はアトラクションやらパレードやらと動き回った。
 宇宙の中を走り回るという設定のジェットコースターに5回か6回か連続で乗せられた頃、日が暮れ始めた。

「もうこんな時間か。帰るぞ」
 まだ閉園時間まではずいぶんある。梧桐のはしゃぎっぷりから、多分閉園時間まで連れ回されるのだろうと思っていたオレはその言葉を少し意外に感じた。

 まだ変な耳をつけたままだし、方々で「おめでとうございま〜す」と言われるし(どうしてかはわからない。多分、梧桐が何かやっているのだろう)、梧桐といるのはイヤだし、早く帰りたいとは思うが、少し意外な気はした。
「なんだまだ居たいのか。仕方があるまい。今日は遠足だからな。もう帰宅時間だ」
 相変わらず変なトコがマジメだ。
 家族連れや修学旅行生がぱらぱらと向かっているだけの出口に向かう。ほとんどの客はまだ遊んでいる最中で、出口の向こうには6時から安く入場出来る券を買って待っているらしき客もいる。
「また来たいか?」
「来たかねぇよ」
「休日は混むらしいからな。開校記念日にでも来るか」
 聞いちゃねぇ。
 出口をくぐると、園内と同じように人工的ではあるが、少しだけ殺風景に感じる景色が広がっていた。
 似ているのに決定的に違うその景色は、もうオレがネズミの国に居ないことを強く印象づける。
「もういいぞ」
 梧桐がネズミの耳を外すように言ってきた。そう言えばこんなもんをつけていた。すっかり忘れていたが、かなりとんでもない。
「シールもだ」
 耳以上にすっかり忘れ果てていたシールには「ハッピーバースディ」の文字があった。どうやらこれをつけている人間は今日が誕生日だと示すシールだったらしい。コイツいつの間にこんなもん取ってきてたんだ?
 そう言えばもう一つつけさせられていた。ようやくそれを思い出したオレは、まぁ一見普通のピアスにも見えない事はないネズミ型のピアスを外そうとした。
「それは貴様のだ。外す必要はない」
「アァ?」
「恋人の誕生日にはプレゼントを渡すものだろう?」
 梧桐は、さもいいことをしたかのようにふんぞり返っている。
 オレはしばらく呆然と梧桐を見てしまい、その後気がついて、殴りつけてやろうかと思ったが、とりあえず我慢した。
「帰るぞ」
 梧桐はさっさと歩き出す。
「別に今でもいい」
「何だ?」
「さっき、いつまた来るかって言っただろう。一回外に出たらもう遠足じゃねぇんだから、今行ってもいい」
 何言ってんだ、オレ。 
 オレは梧桐に顔を見せたくなくて、下を向いた。
 ちょうど6時を回り、安いチケットが売り出される時間になっている。これならまた入るのもそれほど負担にならない―――って、何くだらねぇこと計算してるんだ、オレは。 
「忘れろ」
 本当にくだらねぇ。ちょっと前に戻って今の話をすっぱりと切り取りたい。
「本来は遠足の後の寄り道は禁止なのだが―――誕生日のデートならば仕方があるまい」
 まだ乗っていないアトラクションもあるし、花火だって夜のパレードだって見ていない。
 ここまで来て花火も見ずに帰るのはバカだ。ただそれだけだ。
「デートじゃねぇよ」
「そうか」
 梧桐は振り返り、チケットの販売口へ歩いていった。オレも財布を確認しながら販売口へ向かった。



 ふぅ。恐ろしいほどラブラブですね(笑)
 もしかしたら梧半で本気のラブラブは初めてかもしれなくて、ちょっと恥ずかしかったです(笑) 
 ええと、ディズニーランドではバースディケーキは事前の予約制なので、梧桐さんはかなり張り切っていたのでしょう。シールは入り口付近でもらえるらしいっす。シールをつけた人にキャストやキャラクターがお祝いしてくれるらしいですよ。一度誕生日に行ってみたいもんですね。


明稜話をしながらのディズニーランドはとても楽しかったですv また行きましょう〜



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