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では、解決編(というほどのものでもありませんが)をどうぞ。
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どうやら後藤亮司と早乙女アイカはつきあっていないらしい。そうなってくると問題は、腑に落ちない後藤の言葉だ。
「昨日、たまたまデート中の早乙女に会って。そうしたら、例の彼氏に気に入られて。早乙女たちがハイパードラゴンだけ乗ってないって言うから、まぁ丁度俺もそれに乗りたい気分だったから、早乙女と一緒に乗った、っていうだけなんだよ」 早乙女アイカはこれをおかしいとは言わなかった。しかし、だからといって違和感がなくなるわけではない。やはり『幻のボーイフレンド』は後藤で、口裏を合わせている、と考える方が自然だ。
放課後の部室で靖子は後藤を待った。後藤は来るだろう。そういう気がした。 案の定、十分ほど待つと、後藤が部室に現れた。 「よっ」 と言って後藤は片手をあげた。なかなか親父くさい。でも靖子はそういう後藤も嫌いじゃない。 いつもの席に座ると後藤はトマトプリッツを一袋、靖子に投げてよこした。そして自分もトマトプリッツを食べ出す。 部室の中にカリッカリッっと小気味の良い音が響く。靖子も軽く礼を言ってから後藤からもらったそれを食べ始めた。お互いに一言もなく、トマトプリッツの音だけが響く。
間が持たないせいか一気に一袋食べきってしまい、鞄の中のハンカチを探すと、さっき早乙女アイカから預かった写真が見えた。 「これ、早乙女さんから後藤くんにって」 手を拭いてから写真を出した。 その微妙にぶれている写真には、さっきと同じようにアイカと後藤が楽しそうに写っていたが、手ぶれの原因というのが早乙女アイカの言うとおりだったら、いまのところこの写真がアイカの彼氏の存在を感じ取ることができる唯一の証拠品だ。 「早乙女に会ったんだ」 「うん。何がなんだかわかんなかったから」 靖子は素直に言った。 今日一日、感情に振り回されて、なんだかもう、細かいことにまで意地を張るほどの気力が残っていない。 どうせ私は後藤くんのことが好きなんだから、なにがあってももういいや、というような気持ちになっていた。 「何がわかんなかったって?」 「さっきの後藤くんの話。考えれば考えるほど妙だから、早乙女さんに聞きに行った」 「どこが?」 後藤はテンポよく聞き返してくる。どうにも楽しそうなのがしゃくに障るが、そういうところが後藤なのだから仕方がない、と靖子は思う。
「まずさ、後藤くん昨日何してたの?」 それが一番の疑問だった。 一人で遊園地にいた、と考えるのも妙だし、遊園地以外にいた、と考えた場合、遊園地の入場料金は一体どうしたのか、という疑問がわく。後×園の入園料金は夕方六時(ルナ×ーク)になると値下げされるぐらいで、決して安いものではない。少なくとも高校生が、自分でお金を払った上にカップルの邪魔をしてまで、一つのアトラクションに乗るためだけに入園料を払いたくなるような値段ではない。 「入園料ねぇ、さすが目の付け所がいいな」 後藤は楽しそうに答えた。後藤と話していると自分の脳が活発になったかのような気になる。それは後藤の話し方のせいだ、と靖子は思っている。そういうところも含めて靖子は後藤と話すのが好きだった。 「まぁ、入園料の話は後回しにしておくとして、昨日俺が何してたかっていうのは、よく考えればわかるはずなんだけど」 少し考えてみたが、靖子には全くわからなかった。 「まずさ、その『デート用の格好』っていうのが間違ってるんだよ。それはあくまで見た人間の主観だろ?」 そう言われればそうかもしれない、と靖子は思った。でも早乙女アイカがワンピースを着て後藤がスーツを着ているのは、この写真にも写っている事実である。 「早乙女はデート中なんだから当然だろ。俺のスーツは別の理由」 わざわざスーツを着て一人で歩いている理由? 靖子にはよくわからなかった。 「ついでに言うと、並んでいるの見られたのが5時だろ? ということは俺が言った『たまたま会って気に入られた』っていうのから考えると、俺が早乙女たちに会った時間っていうのは4時ぐらいから5時までってことになるよな?」 普通はそんなに何時間もカップルの邪魔をしないだろう。 その上、早乙女アイカたちはアトラクションのほとんどを制覇していた、というのだから、後藤と何時間もすごすと考えるのは難しい。そう考えると、確かに後藤とアイカが会ったのは4時から5時あたり、と考えるのが自然だ。 「時間が関係あるの?」 「少しは、な。ま、ヒント程度」 そう言われても、わからないものはわからないのだ。 「だめ。まったくわかんない」 「高校生が、日曜日、スーツでっていうより、大人っぽい格好で、四時から五時の間にふらふらしていて、目の前にあった絶叫系マシンに乗りたくなるっていう理由。ついでに言うと、昨日は六月の第一日曜日だ」 「全部関係あるの?」 「ある。まぁ別に六月の第一日曜じゃなくてもいいんだけど。一番わかりやすいことは事実だな」 「わかんないよ」 靖子は両手を上に向けてアピールした。 「それだけ壬生が健全な高校生だってことだ。 東×ドーム地区には東京最大の場外馬券売場があるな?」 ようやくわかった。しかし、なんとも情けない理由だ。 「ハイパードラゴンに乗りたくなるような結果だったんだ?」 「一位と二位をあてても、馬券が必ず当たっているとは限らないんだってさ。昨日初めて知った。一位と二位は当てたんだけどな。一週間の分析が水の泡だ」 つまり、後藤は学生に見えないようにするために(学生・20歳以下は馬券を購入してはいけない。場外馬券売場でも学生は警備員につまみ出される)スーツを着て、髪型も変えていた、ということだったわけだ。それなら、一人でスーツを着て東×ドーム地区をふらふらしていたのも当然だ。 「六月とか4時とかって何?」 「壬生にはわからないかもな。六月の第一日曜日といったらダービーだ。ついでに四時から五時っていうのは、レースが終わって帰る時間。だから、まぁ、ヒント程度だな」 「でも、後藤くんって競馬やらないよね? いつもやってればさすがに見当つくよ?」 後藤は「まあそうなんだけど」と言って顔を逸らした。 「悪いけど、その話は後回しでいいか?」 まだなんかあるんだろうか? どうも後回しが多い気がする。 「じゃあさ、」 靖子は質問を変えた。 「なんで早乙女さんの彼氏に気に入られたわけ? 彼氏も競馬やってたの?」 だいたいデート中の彼氏が、彼女の知人の男を気に入るというのがおかしいのだ。まぁ、競馬ファン同士ならそういうこともあるのかもしれない、と靖子は思った。 「そうじゃなくて、俺がすぐに『幻の彼氏』だって気がついたからだろう」 どういうことだ? 「早乙女から許可が出たみたいだから、話すんだけど。 俺は前から早乙女の彼氏っていうのの見当がついてたんだ」 「許可?」 「うん。早乙女がもう一度俺に聞き直せ、っていったんだろ?」 後藤は机の上に出しっぱなしだった例の写真の端を軽くたたいた。 あれは許可だったのか。しかし、何の? 「早乙女の彼氏は『幻のボーイフレンド』とかいうんだったよな? それが本当なら、幻になる原因っていうのは四つだ。 まず、女。ま、女を彼氏と呼びたがるというのも珍しいだろうけどな。ないわけじゃない。 次に、早乙女とあまりにもそっくりで明らかに血縁とわかる人間。これは難しい。どんなにそっくりでも遠目には『彼氏』に見えるときがあるだろうからな。 次に老人。これは可能性がある。 最後に子供、だ。頻繁に外でデートをしているのに『幻』になるのは、相手にそのボーイフレンドが見えてないからだろう? 現に、俺だとかいう勘違いがあったときは二組にも見られてるらしいしな」 東京は意外に狭い。特に普通の高校生が昼間デートをしよう、なんていうときには、その場所は限られてくる。 「まぁ、俺はその4つのうちどれか、っていうのは実際会うまでわからなかったんだけど、壬生には手がかりが出てるから、わかるよな?」 手がかりねぇ。少し考えてもわからなかった。靖子は、直感で早乙女アイカに似合いそうなタイプ、というのの見当はついたが、どうも後藤は直感では許してくれそうにない。 「昨日の話、っていうので他に何かおかしいところがあったんじゃないか?」 あと残っているのは、なんだったっけ? 靖子は必死で思いだした。 「ハイパードラゴンだけ乗らなかったこと? ああ、ってことはお年寄り?」 お年寄りだったらハイパードラゴンは乗れないだろう。 「そうくるとは思わなかったな。 だいたい、お年寄りだったら、他の絶叫系アトラクションも全部引っかかるぞ。年齢制限っていうのは『心臓に負担がかかるからやめましょう』ってことなんだから一律だろう。 まあそれは置いといて、ハイパードラゴンっていうのはどういうマシンだった?」 後藤は軽く靖子を指さした。 「宙づりの、リニアコースター」 「そう。急角度で急上昇する、っていうのも早乙女から聞いてるな? 腰回りが緩い、っていうのも知ってるよな? それはつまり、他の絶叫系マシンよりも肩でしっかり固定しなくちゃならない、ってことだ」 靖子は頷いた。 「だから、身長制限が他のマシンよりきつい、っていうことになる。腰回りが緩い急上昇マシンの上に、宙づりなんだから」 「子供かぁ」 確かにあの4つの中では、一番早乙女アイカに似合うのは子供だな、という気はしたのだが。 日曜日、遊園地でデートをして、他のアトラクションは全て乗れるのに、一番の目的だけ乗れなかった子供、っていうのは想像するだけでかわいい。 「遊園地の出口で早乙女の先輩にあったときも、早乙女の隣に彼氏はいたぞ」 そうだった、それがあった。確か早乙女アイカは『先輩もデートですか』と言った、という話だった。 「なるほどねぇ、で、その子供に気に入られたんだ」 なんだかおかしかった。 「早乙女は面食いだ」 「はぁ?」 「前から『男らしくてかっこいい』とか言ってたからな。確かにその通りだと思ったから、そう言ったら気に入られた。なかなか自意識過剰な彼氏だ」 そうではなくて、後藤が自然にその男の子を彼氏として認めてたからじゃないだろうか。 子供だ、と驚くどころか『やっぱり思ってたとおりだった』上に『早乙女は面食い』。きっとそういうふうに自然に認めてもらったのは初めてだったんだろうな、と思う。 しかし、かっこいいというのは本当らしいが、男らしい、とは? 子供なのに。 「入園料」 後藤が唐突に言った。 そういえばアイカは『昨日のデートは全部おごりだった』って言っていたような気がする。子供にしてはすごい。お年玉かなんかだったのだろうか。 「そうじゃない。早乙女の彼氏はこの三ヶ月間、自分の家とおばーちゃんの家の両方の新聞の代金を、自分で届けにいってたんだよ。それで、頭をさげて、もらえるだけの後×園ゆうえんちの『のりもの券2回付き』の入園券を手に入れてたんだな。昨日が早乙女の誕生日だったから」 入園券を破ってしまえば、『のりもの券2回付き』入園券は乗り物券として使えるのだ。その子供は早乙女アイカのためにがんばったのだろう。確かに男らしい。 「早乙女さん、喜んでたわけだわ」 実は、靖子はなんで早乙女アイカが、デートの費用を出してもらっただけで喜んでいたのか、というのがわからなかったのだ。 しかし、そういう事情なら、喜んで自慢したくなるのもわかる。 「で、その入園券が余ってたから、場外馬券場付近でショックを受けていた俺も、簡単に遊園地に入れた、ってわけだ」 今の説明で昨日の大体の事情はわかった。 「でもさー、なんで早乙女さんと一緒にハイパードラゴンに乗ってたわけ?」 今まですらすらと答えていた後藤が、初めて言いよどんだ。 「なんだ、いえない理由なんだ」 靖子はちょっとからかってみた。ずいぶん精神的に余裕があるな、と自分ながら思う。 「早乙女も乗りたかったみたいなんだが、一人で乗るわけにもいかないし、俺もそうだったしなぁ。それに彼氏もハイパードラゴンに早乙女を乗せてやりたかったみたいだし。でも、一番の理由は彼氏が安心してたからだろうな」 「安心?」 いったい何のことだろう。 「その前に一つ聞きたいんだけど」 後藤は今までとはうって変わって張りのない声で言った。 靖子は後藤が何を言い出すのか、後藤の目を見ながら待っていたが、後藤はなかなか言い出さない。それどころか、目をそらした。 「壬生はさっきから俺にいろいろ聞いてるけど、ただ単に俺の話の矛盾に興味があったからなわけ?」 後藤は目をそらしたまま、ぼそぼそと言った。 (そういえば、なんだか私って彼女気取りで追求してなかったか? 疲れていたとはいえ) 靖子は恥ずかしくなって、口の中で「ごめん」ともごもごつぶやいた。 「そうじゃなくて。………だから、なんで昨日わざわざ競馬に行ったのかとか、なんで俺はこんなに必死で釈明してるのかとか………、あぁぁ」 後藤は頭を抱えて机に突っ伏した。耳が赤い。 靖子もつられて顔が赤くなってきた。そういえば先週の金曜もこんな感じだった。場所も同じこの部室で。 後藤はしばらく机に突っ伏したままだったが、急に跳ね起きて鞄を探った。 「で、だから、そういうわけだから、MIU
MIUのバッグは無理だったんだけど。………腕時計、いるか?」 そう言って後藤は小さな四角い包みを差し出した。 「ちょっと早いけど、誕生日プレゼントなんだけど」 後藤は早口で言った。早口で自信なさそうにしゃべるときは、照れているときなんだと、この何日かでわかった。 「もらっていいんだよね」 靖子も少しろれつが回らなかった。 「だから、好きな女のために金稼ごうとして失敗した人間、なんて一番安全だから、早乙女の彼氏も安心したんで、一緒に乗れたんだよ」 話の脈絡はまったくとんでもなかったが、後藤の言いたいことはわかったから。 「うん。ありがとう。大切に使うね」 後藤が大きく息を吐く音が聞こえた。靖子も大きく息を吐いた。そうしないと、固くて苦しいものが胸をあがってきて、泣いてしまいそうだった。
次の日の昼休み。早乙女アイカが靖子の元にやってきた。一緒にお弁当を食べようと言うのだ。 アイカとは昨日初めて話したばかりだったが、靖子はその誘いを不自然に感じなかった。 「後藤くんに聞き直したらいいことある、って言ったでしょー」 校内一の美少女は、大きな口で唐揚げを食べながら言った。 靖子の腕には昨日後藤からもらった腕時計がはめられている。 「うん。ありがと」 こんなことがなかったら、照れ屋の後藤のことだ、金曜日になっても時計を渡してくれなかったかもしれない。 「後藤くんがさー、壬生ならハイパードラゴンのおもしろさだってきちんと分かってくれるはずだ、っていうから楽しみにしてたのにさー、全然聞いてくれないんだもん、昨日」 そういえばそうだった。昨日、写真を見せながら、アイカはそんな話をしていた。 「だからね、うちの彼氏の身長が140越えたら、ダブルデートしよう? 壬生さんも私の彼氏のこと聞いても全然変に思ってないみたいだし。さすが後藤くんが自慢してただけあるわー」 自慢、って一体後藤は何を言っていたんだろう。
後藤とアイカとその男らしい彼氏と行く遊園地は、きっとすごくおもしろいだろう。 「じゃ、今度は私が早乙女さんの彼氏と一緒に乗ろうかな、乗ってないもん同士」 「それはダメー。うちの彼氏かっこいいから」 靖子は笑った。この二日間で靖子には恋人と親友の両方ができたようだった。
(おわり)
佐倉からのフォロー 探偵役(?)の名前が「ごとう」なのはもちろん明稜好きのあらわれです。 実はこれは所属MLの宿題として提出したものなのですが、当時「サイト作るぞ!明稜、めいりょ〜!」の気分だった私は、せめて「ごとう」を出さなくては宿題なんてやってられんわ、という感じだったのです(笑) 性格、容姿などはまったく違いますが(笑)
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