ファーストレッスン

 

 

    

 頭の中を直接撫で回されるようなひどい精神的苦痛にどうにか耐えきって、半屋はぐったりと机に突っ伏した。
 他人と同じ場所にいるのは疲れる。それが自分に話しかけてきたり、何かを教えてきたりすればなおさらだ。
 追試は自分のせいだとはいえ、こんなんだったらまだ自分で勉強した方が絶対ましだった。

 

 

 半屋はすぐにこの部屋を出るつもりだった。ここは梧桐の場所だ。長居などしたくない。しかし入れ替わり立ち替わりやってくる『家庭教師』たちのせいで性も根も尽き果ててしまった。
 こんなところで寝るのはヤだし、かといって動く気力もない。
 半屋はただぐったりと生徒会室の広い机に突っ伏していた。

 

 


 しばらくして扉の開く音がした。
 誰が来たのかはわかっていたが、半屋は顔を上げなかった。
「相当弱ってるようだな。相変わらず軟弱なサルだ」
 現れたのはやはりこの部屋の主の梧桐勢十郎だった。
「疲れてんだよ。見りゃあわかんだろ」
 外人は文法が苦手で『分詞構文ってなんだっけー。半屋くん知ってる?』などと間抜けなことを言い出すし、八樹はわけのわからない薬品の構造式ばかり並べて悦に入ってるし、青木は一問教えるごとにビクつくし―――
「続きは6時からにしてやる。しばらく休んでろ」
「続きだぁ? 冗談じゃねぇ」
 半屋は思わず起きあがった。
「ほう、まだ元気があるようだな」
 梧桐はにやついた。
「てめぇふざけてんじゃねぇ。オレは帰んだよ」
「まだ科目が残っているだろう。つべこべ言わずにしばらく休んでろ」
 頭を押さえられて、机に押しつけられる。
 まだ身体の芯からだるい。反発するのも面倒になって半屋はしばらくそのままでいた。

 

 


「6時だ。起きろ」
 不覚にも少し寝てしまったらしい。ただ、疲れはずいぶんとれていた。
「とりあえず今日は大枠だけだ。細かいところは明日からにしといてやろう」
「まさかてめぇが教えるとか言うんじゃねーだろうな」
「当たり前だ。他に誰かいる」
 『家庭教師』たちや、やいやいそのまわりを取り囲んでいた人間たちは少し前にみんな帰ってしまった。ここにいるのはただ梧桐だけ。
「何をしてる。早くノートを開け」
「誰がてめぇなんかに…」
「早くしろ。それとも日本史は自分でやるつもりなのか?」
 くやしいことにそれは半屋のもっとも苦手とするものだった。まったく興味がもてないので、小学校の頃から一度もまともに授業を聞いたことがない。
 
 この部屋にはもう誰もいない。梧桐しかいない。
 半屋は無表情のままノートを開いた。

 

 

「源頼朝は知っているな。
 この頼朝は下僕を作るのが天才的にうまかったのだ。まぁオレほどではないが」
「あぁ? てめぇまじめにやる気があんのかよ」
「うるさい。まじめに聞いていろ。
 頼朝は平治の乱に破れ伊豆に流されていたのだが、そこで北条時政親子を下僕にした。挙兵後、石橋山でまた破れたのだが、そこでは敵方の梶原景時を下僕にして難を逃れた。
 その後、自分の弟である源義経を下僕にしたのだが、これが朝廷にもシッポをふったのだ。
 怒った頼朝は義経を討つことにし、ついでにそれを名目に全国に守護地頭をおき、自らの支配を固めていった」
「……まじめにやれ」
「ん? 安心しろ。オレは一度下僕としたものに対しての責任は最後まで持つ」
「てめぇ……」
 そのとき扉の向こうでがしゃがしゃという音と「せーちゃーん、ここにおいとくよー」という聞き覚えのないおばさんたちの声が聞こえた。
「飯が来たようだな。一時中断するか」

 


 
 扉の外に山積みにされていたご飯は全て学食の容器に盛りつけられていた。
 梧桐が手配したのだろう。手回しのいいことだ。
 
 十人前以上はありそうな定食を梧桐が次々と平らげてゆく。
 半屋は見ているだけで胸焼けをおこし、まったく食が進まなかった。

 

 

 食事が終わりまた講義の続きが始まった。
 今度は梧桐はそれなりにまじめに教えていたが、急に
「社会という科目には一つ大きな特徴がある。なんだかわかるか?」
 と言い出した。
「しらねーよ」
「言う必要はないかとも思ったが、一応話してやろう。
 つまり教わったものがそのまま常識になる、ということだ」
「はぁ?」
「貴様が何かを考えるとき、オレの教えたことが貴様の考えの基となるのだ。なかなか面白いだろう?」
 そう言って梧桐は笑った。
「他の科目は誰が教えても、歴史はオレが教えようと思った。
 黙っていようかとも思ったのだが、貴様がまじめに聞いているようなのでな。
 どうする半屋。続けるか?」
 まわりに誰もおらず梧桐と二人だけの時、梧桐はたまに半屋に話しかけてくる。
 こういうのは反則だと思う。
 反則だ―――自分は梧桐なんかと話したくないし、梧桐の考えなんか知りたくもない。
  ただ………
 半屋は一度手放したシャーペンを握りなおした。
「んなことはどーでもいいんだよ。中途半端で気持ち悪ぃだろうが。早く続けろ」
 半屋は歴史なんか大嫌いだし、テストのための勉強なんてすぐに忘れる。
 ここにいるのが梧桐というのはどうにかしてほしいものだが、その説明はわかりやすいと言えなくもない。
「続けろってんだろ」
 半屋は何かを隠すようにイライラと吐き捨てた。
 梧桐は何も言わず、続きを教えだした。

 

 


44444番ヒット、優希さんのリクエストで「梧半で妙に仲のいい二人」です。
 私としてはものすごく仲がいい二人なように思うんですが、そうは思わない人の方が多そうですね(笑)


 まぁとりあえず設定上はすでにある程度以上の関係はあるということで、ひとつ(笑)  

 

優希さん、こんなかんじでよろしいでしょうか? 

リクエスト、どうもありがとうございました♪ とても嬉しかったです。