浄火9  
  浄火9  




 梧半編です。前提となっているのは「お互いを必要としあっているのに、未だそれを口に出したことがない梧桐と半屋」。




 一人で戻った家は、予想していたとはいえ少し広く感じられた。
 テーブルの上に置きっぱなしにされたアルバム以外に、確かにここにいたはずの半屋の存在を感じさせるものは残っていない。もともと半屋には生活臭が少ないのだろう。
 今のオレにはこのアルバムの意味が分かる。オレのものを持つということがわかってから、オレは生まれて初めて人に物をねだった。ほとんど機能のない安いカメラだった。オレはオレのもの達をフィルムに保存しておきたくて仕方がなく、そう言うと母はとてもうれしそうに笑った。
 
 しばらくして、アルバムをめくっていた伊織が「この人は誰?」と尋ねてきた。
「オレのものだ」
「そう」
 伊織は何も言わなかったが、互いにそれが答えではないことはわかっていた。その中で複数枚あるのは半屋の写真だけだったからだ。
 オレは半屋を保存しておきたかった。オレとケンカをした後の顔。ただオレのことだけを見ている―――オレのものであるあの表情。
「たぶんオレは半屋のものなのだろう」
「そう」
 それだけを言うと伊織は静かにアルバムを始めからめくり直した。
 
 オレは悪意による暴力が人に蓄積することを知っていた。だからオレの暴力が半屋を歪ませると思っていた。あのオレと闘おうとする瞳でオレを見ることは二度とないと、そう思った。
 しかし半屋は変わらずにオレのもので、変わらない瞳でオレを見た。オレが与えた悪意の影響など半屋の透明な瞳のどこにも残っていなかった。
 それを見て、オレが父から受けた悪意が半屋の中で昇華されたのを感じた。そしてその瞬間に、オレは半屋のものになったのだ。


 まだ思い出していることは少ないが、オレは明日から登校することに決めた。これ以上オレのものを放っておくわけにはいかないだろう。たとえ思い出していることが少なかったとしても、もうオレは大丈夫なのだった。

 次の日、鋭い陽光の差し込む通学路をゆっくりと歩いていると、遠くから声をかけられた。
「梧桐君」
 この前会ったばかりの背の高い男が、綺麗な、しかし真意をくみ取ることのできない笑みを、整った顔に浮かべながら近づいてきた。
「八樹か」
「…なんだ。まともなんだね。つまんないな」
 八樹はそう言いながら、がっかりしたようなポーズを取ったが、どこかホッとした様子がうかがえた。
 そうだ。この男は『八樹』だ。中学の時に作ったオレのものだった。長い間オレを目標にしていた、オレが決して忘れてはいけない男だった。
「あ、半屋君だ。半屋君ー、おはよー」
 八樹が手を振った先に、まぶしい光に顔をしかめながら歩いてくる半屋が見えた。八樹の呼びかけに気づいた様子はなく、けだるげにタバコをふかしている。そういえば半屋は昨日までオレの前でタバコを吸ったことがなかった。
「こら!サル! タバコはやめろと何回言ったらわかるのだ!」
「誰がサルだと? くたばれクソ梧桐!」
 そう言うと同時に拳が飛んできた。
「やべぇ、会長と半屋だ。逃げろ」
 そう囁きあう生徒たちの声が聞こえる。
「ああー。また始まっちゃったよ。誰かきてくれないかなぁ」
 大げさにため息をつく八樹ののんきな声が聞こえる。
「てめぇ、よそ見してんじゃねーぞ」
 そしていつもと変わらぬ半屋の声が聞こえる。
「誰がよそ見をしただと? まぁサルの相手ぐらいよそ見をしててもできるがなぁー」
 半屋がいつでもオレと闘っていたいと思っているなら、闘っていてやる。半屋のこの真っ直ぐオレに向かってくる瞳を歪ませないように。

 半屋はオレがオレでない間は決して向けてこなかった本気の拳を向けてきている。オレがそれに気づいたとき、予鈴の音が高く響きわたった。

-了-



おつきあい、どうもありがとうございました!
このお話自体はここでおしまいですが、レベルの少し異なる続きが少しだけあります。ご希望の方は『浄火の続き希望』というタイトルのメールを佐倉くれあまでお送りください。折り返し送らせていただきます。
 一応六月二十五日発行予定の同人の方にはその続きも載せますが、HP掲載物との違いはそこだけですので、メールの方をおすすめします。
 では本当におつきあいありがとうございました!