明後日、同じ時間にこの場所で―――伊織はそう言った。
「半屋さん」
まるで他人事のように受け流している半屋に伊織がきつく詰め寄る。半屋が自分で認めなくては意味がないと、伊織は言外に半屋を責めていた。
オレがムリを言って半屋は悪態をつきながらそれを受け入れて―――今まではそれですんでいたのだろう。半屋はきっとそういう形でしか自分が他人に必要とされているという事実を認めることが出来ない。
「半屋さんがいなくては意味がないわ」
「ンなことはねーよ」
半屋はまるで痛みを感じているかのように苦しげに横を向いた。
半屋にとってオレが半屋を必要としているということは苦痛であるようだった。なぜなのか、オレにはよく理解できない。
「今だけは…お願いします。これが終わったら忘れてしまってかまわないから…」
半屋は返事をせずに伊織に視線を流し、立ち上がった。それで話は終わったらしかった。
帰り道、オレは何も話さなかった。すると半屋も何も話してこない。不思議な男だと思う。幼い頃からあんな表情でオレを見ていたのに、そしてきっとオレのものでもあるのに、オレが半屋を必要としていることを認めようとしない―――いや、理解できないのかもしれない。
多分―――今言われている関係のすべては伊織の思いこみで、実際とは異なるのだと思っているのだろう。
「半屋、貴様はオレのことをどう思っているのだ」
「前に言っただろ」
いつでも闘いたいと、確かそう言われた。
「それだけか」
「それだけだ」
あいかわらず半屋はどこか苦しそうで、オレは半屋から目をそらした。
もしオレがこんなことにならなければ、そのままの状態でいられたのだろう。たとえオレが半屋にどんな感情を抱いていたとしてもそれを半屋に伝えることはなく、たとえ半屋がオレにどんな感情を抱いていたとしてもそれをオレに伝えることはなく、そのままでいることができたのだろう。
半屋はオレが半屋をどう考えているかを決して理解できず、だから共にあるためには何も言わずなにも求めない、あやふやな関係のままでいるしかなかったのかもしれない。
早く思い出してしまいたかった。オレは―――今のままのオレは、そのままの関係で居続けることが出来るほど強くはない。
そしてその日になった。半屋は道場の一番隅にもたれかかり、道場の中央にいるオレと伊織を見ていたが、まるで存在しないかのように気配がなかった。
「セージ、これをつけて」
そう言いながら伊織が白い目隠しを差し出した。これから何が起こるのか、不安がないわけではなかったが、オレはその目隠しをつけ、きつく縛った。
その場をで正座をし、しばらく待つと誰か見知らぬ人間の気配が流れてきた。
瞬間。
すごい力で叩きのめされる。構えを取ろうとしたが、取りきることが出来ない。いや―――反応する気力まで全て奪われるほどの圧倒的な力だった。
続けざまに繰り出される何の意味もない―――ただ楽しむためだけの暴力。
倒れてはいけない。ただそれだけしか思えずにオレはその暴力を受け続けた。
倒れてはいけない。逆らってもいけない。圧倒的な質力をもつ力はオレにそう訴える。
(そうだオレは―――)
かつてこのような暴力を受けていたことがあった。
日々繰り返される暴力はどこにも出口はなく沈殿してゆき、オレをむしばんでいった。伊織は……そうだ伊織は……いつでもそんなオレのそばにいた。何を言うでもなく手当をしてくれ、そばにいた。
ぼやけた泡のように少しずつ自分の記憶が自分のものになっていく。その間も圧倒的な暴力は続いていた。オレは何も反抗することができない―――かつてのオレのように。
突然帰ってきた父親は…そうだ、父親だ…少しずつ浮かんでくる…病弱な母をも容赦なく殴り―――それを避けるためにはオレが殴られなくてはならなかった。
休みなく続く暴力の中、オレは自分の記憶が戻ってくるのを半ば他人事のように感じていた。
決して救われることのない暴力はオレの中に溜まっていき―――オレはそのはけ口を学校に求めた。弱い人間を力で支配し…それで精神の均衡を保っていた。伊織はそんなときも何も言わず―――ただ側に居続けた。
そう考えている間も続けざまに暴力が加えられた。その暴力はまるであのころのようにオレの中に溜まってゆく。
重く、逃れることのできない、全ての思考を奪いさるその力。
そのときなにか炎のようなものが記憶をかすめた。
炎のような…白い…あれは…。
(半屋―――?)
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