浄火5  
  浄火5  




 梧半編です。前提となっているのは「お互いを必要としあっているのに、未だそれを口に出したことがない梧桐と半屋」。




 夕食の後、オレと半屋は何を話すでもなく居間でくつろいでいた。
 半屋はまるでオレの存在など見えていないかのように気のなさそうな様子で雑誌をめくり続けていたが、空いた方の手でオレの前髪を梳いていた。意識しての動きなのかそうではないのか、何もわからないオレには判断が付かない。
 単調に繰り返される手の動きは繊細だった。今までの半屋の対応を見ているとそれは無意識の動きなのではないか、と思える。だからオレはされるままになっていた。
 半屋はかなり偏った男だ。自分の感情の動きに気づくことができないらしい。今も半屋の感情などその指からまっすぐに伝わってくるのに、きっと半屋はそのことにもその感情にも気づいていない。その感情を心地よく感じながら、オレは半屋のことを考えた。
 もしもオレだったら、この男をどうするだろう。幼い頃から『オレのもの』である男。言葉を信用することが出来ず、自分の感情に気づくことすら出来ない、ひどく偏った、それなのに真っ直ぐな気持ちを持ったこの男をどうするだろう。
 手段があるのなら、オレはきっとその手段を使ったはずだ。例え半屋が男だとしても。
  
 「半屋」
 オレがそう言うと、半屋は前髪を梳いていた手を自然に離し、いつも通りの険しい顔を向けてくる。まるで今のことはなかったかのように。
「もしオレが抱きたいと言ったら抱けるのか?」
 命令口調なのはわざとだ。普通の言葉は半屋の中を通り抜けて行ってしまう気がしたからだ。
 半屋は一瞬目をすがめた後、
「してェんならかまわねぇよ」
とぶっきらぼうにつぶやいた。
 ああ、こいつはわかっていないのだ。いや、わかろうとしないのか。
 そうやって、なんでもない事にしようとしているつもりなのだろうが、半屋の体がわずかに強ばったのにオレは気づいてしまった。
「オレはまだオレではないのだろう」
 多分それが半屋の体が強ばった理由だ。しかし半屋自身は気づいていないだろう。
「ア?」
「貴様が言ったのだろう? オレがオレでないから八樹とかいう人間に会わせられない、と」
 半屋は顔をしかめてオレをにらみつけ、そのまま黙り込んだ。そういう意味で言ったわけではない、と言おうか言うまいか迷った結果、言わないことを選んだようだ。
 半屋本人が自分の感情の動きに気づくことができないせいだろう、半屋の感情はひどく真っ直ぐでわかりやすい。
「だからその時までは待ってやる」
「何ふざけたこと言ってンだ? コラ」
 そうやって怒鳴る半屋の体から強ばりがなくなったのがわかったが、オレはそれに気がつかないフリをした。  

 




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