飯を食い、なんだかんだとしている間に夕方になる。半屋につれて行かれた中学でも、オレは何も思い出すことができなかった。半屋は相変わらず落胆を見せるわけでもなく、淡々としていた。
「明日は道場でも行くか」
オレは今の伊織の家で古武術の修行をしていたのだそうだ。半屋は伊織に連絡し、何事か打ち合わせをした。多分人払いの相談なのだろう。携帯を切ると、
「明日は朝から稽古だ。覚悟しとけよ」
と少し笑った。明日も平日で、半屋は学校をさぼるつもりらしい。しかしそれは考えないことにした。
何も収穫のなかった中学からの帰り道、しばらく歩いていると、半屋の体が急に緊張した。
「半屋君、……と梧桐君?」
遠くから声をかけてきたのは、姿形の整った姿勢の良い男で、半屋は何も言わずオレを背後に隠す。目の前に立ちふさがり、その男の視線からオレを隠そうとしている半屋から、ひどい緊張感が伝わってきた。
「消えろ」
半屋はその男に固い声を投げつけた。
「どうかしたの?」
その男は半屋の背後にいるオレを伺おうとしたが、半屋がそれを許さなかった。
「消えろ」
「…………わかったよ。じゃあまた会おう」
そう言うとその男は道を引き返した。半屋は別の道を取ったが、緊張はすぐに消えた。絶対にその男が振り返らないと確信しているその様子はオレには奇妙に映った。
「八樹だ」
「?」
「八樹宗長」
「今の男か」
「覚えとけよ」
半屋がそんなことを言うのは初めてだ。そして、さっきの態度も、オレを八樹から隠そうとしているのではなく、八樹にオレを見せないようにしていた。どちらも八樹のための動作で、オレは不愉快になった。
他の人間からオレを隠しているのはオレのためなのだろう、ということは分かっていた。でも今のは違う。自分がこんな狭量な男だとは思いたく無かったが、不快な感覚はなくならなかった。
「なぜだ」
「ンだよ」
「それならなぜ隠した」
「ンなことどーでもいいだろ」
半屋は会話が不得意だ。反発したり拒絶したりすることしかできない。それでも根気よく待てばどうにか会話が成立する。すぐ逃げだそうとするが。
「説明されないとわからん」
半屋は顔をゆがめて視線を外したが、それでもオレが見つめ続けると、ようやくぼそぼそと話しだした。
「―――……もし、てめェがまともだったら、今のてめェをあいつに会わせようとはしねェよ」
「どういうことだ」
「だから! あいつはてめェがてめェじゃねーとダメになんだよ」
言いたくないことを言わされたと思っているのだろう、半屋はぶつぶつと悪態をついた。
半屋の話は分かりにくいが、つまり『まともなオレ』なら八樹とかいう人間がダメになるようなことを絶対に望まないから隠した、ということらしい。それがオレには八樹のための行動に見えたのだ。
きっと以前のオレなら説明を求めずに分かっていたのだろう。
「半屋」
「るせーな」
半屋は不機嫌そうに顔をしかめたまま、オレをにらみつける。
こういう時、以前のオレはどうしていたのだろう。半屋が愛しくてたまらない時、以前のオレならどうしたのだろうか。
「……? てめェ何ボケてんだ? さっさと帰るぞ」
半屋はそんなオレの様子に気づきもせずに、ずんずんと歩き始めた。この男は確かにオレのものだ。
そうは思うのだが、オレにはまだ『オレが半屋のものである』実感が湧かなかった。半屋はオレのものだ。それはこの男が無意識のうちにそれを認めているので、オレにも分かってきた。
しかし、オレはまだ『オレが半屋のものである』ということ、多分伊織がそれだけを思い出せばよいと言ったことが、理解できずにいた。
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