退院とともにオレはオレの家だというところに帰った。やはりそこにはなじみがなく他人の家に入り込むような違和感を感じた。
しかし今日からここに住むという半屋もこの家の物の配置をほとんど知らなかったので、一緒にあちらこちら開けているうちに、その違和感は消えていった。
「ところで『大事な人』とはどういう意味だ。貴様はオレの恋人なのか?」
落ち着いてから、オレはずっと気にかかってたことを訊いてみた。
半屋は男だ。顔立ちは整っているが、どこからどう見ても男だった。そして、自分が男を好きになる嗜好の持ち主でないことは記憶があろうと無かろうとすぐわかることだ。が『大事な人』というのは普通恋人だ、という意味だろう。それが気にかかっていた。しかし、
「違う。そんなんじゃねェ」
きっぱりとした否定だった。だから違うということはわかったのだが、その事実にもっと安心できるかと思っていたのに、そういうことはなかった。
「では貴様はオレのなんなのだ。友人か?」
「違う」
「ではなんなのだ」
「わかんねェよ……
ただ……そうだな、オレは……」
半屋は目をそらして、何かを言いあぐねている様子だったが、急に「茶でもいれてくる」と立ち上がった。
「半屋」
オレは半屋の腕を掴んだ。
「ンだよ……
……ああ、わかった。言やぁいいんだろ。
……そうだな、オレは……
いつでもてめェと闘いてェ、とは思ってるよ」
そういうと半屋はキッチンに消えていった。
残されたオレは顔が赤らんでくるのがわかった。内容は普通だったのに、まるで告白でもされたかのように感じたのだ。
「ホラ、見ろよ」
半屋が茶とともに持ってきたのは、少し古くなったアルバムだった。
「オレのか」
「あたりめェだろ」
「思い出さなくてはいけないものなのか? 伊織はおまえのことだけ思い出せばいいと言った。なら別に見る必要もない」
正直、まだ自分が何も覚えていないことを見せつけられるのは怖かった。それに半屋のことだけ思い出せばいいと思っているのも本当だ。
「あの女が持ってきたんだよ」
半屋が食器を片づけようとするのを引き留めて、隣に座らせてから、アルバムをめくる。
「なんだ? こりゃ」
半屋が驚くのも無理はない。俺自身も驚いたからだ。
そのアルバムにはオレの姿は一枚も映っておらず、学校、道場、道路や公園、幼い伊織や見覚えのない子供達、そして半屋が映っていた。
半屋の姿はアルバムのあちらこちらに映っていた。怒っている顔、そしてケンカに負けたと思われる出血している顔。それらがほとんどだったが、中に一枚、ひどく寂しそうな顔でオレを―――これらの写真を撮ったのはオレなのだろう―――見ている写真があり、それを見たとたんオレの心臓がドクリと動いた。
「ンなもん見てんじゃねーよ」
この世の中にたった一人しかいない人間に見捨てられたような顔。この顔はあんな表情でオレのことを見ていたのだ。
「なにガン付けてんだよ、コラ」
半屋はこの写真の表情の意味を気づいていないようだった。でもかつての記憶のある頃のオレはそれに気づいて、その瞬間を保存しようと思ったのだろう。ただオレのことだけを見ている瞳。それは確かに今のオレも欲しいと感じるものだ。
その写真を見ながら、オレは記憶のある頃のオレというものが確かに存在するのだということを初めて感じた。
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