いさめ8
いさめにきみを8




 八半編です。前提となっているのは「『世界は二人のために』と言いたくなるようなラブラブ甘々八半」。




   次の日、八樹は生徒会室のドアをノックした。
「何か感じることはあったのか」
 そこには生徒会長の梧桐がいて、鋭い眼光で八樹を射抜いた。確かそれは彼と始めて会ったときに言われたことと同じだ。
「そうだね」
 今なら彼が言おうとしていたことの意味も分かる。やはり梧桐は『八樹宗長』を知っている人間だったのだ。八樹は何かを感じ取るまで自分にとっての彼らの意味がわからなかったのだから。そういえば、友人達の見舞いを止めたのも梧桐だったはずだ。
「そうか。―――青木。奴らを集めろ」
「は、はい」
 生徒会室の中で大量の書類に囲まれていた小柄な少年はあわただしく立ち上がった。
「全員、だ」
「え? ……でも……」
「さっさと行って来い」
 梧桐が怒鳴ると青木はあわてて出ていった。
 すべてをわかっているかのような梧桐の物言いとその支配的な態度に反発を覚えながらも、八樹はその感情を表に出さないようにつとめた。
「奴らって、四天王の人たちかい?」
「貴様の仲間だ」
「仲間? そんな人たちがいたんだ」
 だったらなんで早く会わせてくれなかったのだろうか。せめて仲間ぐらいは会わせてくれても良かったような気がする。
「何も感じなければ必要がなかろう」
 それはその通りかもしれないが、どうもその居丈高な態度のいちいちがカンに障る。
 そうしている間に、青木が四天王の二人と、なぜかスズキをつれて戻ってきた。仲間というのは彼らのことなのだろうか。
 スズキは八樹を見て一瞬ひどく幼い表情をしたと思うと、いつもの険しい表情に戻り、そのままきびすを返した。
「半屋。逃げることは許さんぞ」
「誰に向かって言ってンだ? コラ」
 『スズキ』はそう言うと振り返って梧桐に殴りかかったが、梧桐はそれを軽々とかわした。
「しっぽを巻いて逃げるつもりなのだろう? さすがサルだなぁ」
「誰がサルだと? 用がねーから帰るだけだ!」
 そういいながらまたぼかすかと殴り合う。
「セージも半屋くんも落ち着いてよー」
 クリフが情けない声を出して止めに入る。 
「半屋君?」
 聞いているとどうも皆スズキのことを半屋と呼んでいるような気がする。
「半屋君って、俺と仲が悪いとかいうあの半屋君?」
 八樹がそうつぶやくと、その場の空気が凍り付いた。
「そうだ」
 その空気を気にもせず、スズキ―――半屋は殴り合いをやめ、重い声で返事をした。
「だって君―――…」
「ンだよ? なんか文句でもあるのか?」
「文句があるわけじゃないけど……」
 でも彼に嘘をつかれていたのは事実だ。

 八樹はこれまでの経緯を思い出してみた。どうも半屋と仲が悪い、という噂は本当のような気がする。
(でも俺、もともとスズキ―――じゃない半屋君を助けたんじゃなかったっけ?)
 ならなんで自分と半屋はそのとき一緒にいたのだろう。
 半屋は敵対する人間に助けられた人間にしては態度がおかしかった。いや、確かに八樹の記憶がないとわかってからは、冷たい態度だったような気がするが、それまでは確か―――…。
(なんかひっかかるなぁ……) 
 目覚めたときの記憶はかなりあやふやだし、なんとなく思い出したくない。でも確か半屋は八樹のことをすごく心配していて、八樹はそれをひどく醒めた目で眺めていたような気がする。
(―――…なんかおかしい)
 しかしその八樹の思考は命令口調の梧桐の言葉で遮られた。なんでも校内に隠し撮り用のカメラが仕掛けられていて、その犯人をみつけろとかいう話だった。
 さっきから聞いていると、この梧桐というのは生徒会長だからなのだろうか、ひどく威圧的で命令的な話し方をする男だ。いくら彼が自分を知っているのだろうとはいえ、八樹は自分が見下されているような気になって、不愉快だった。人に見下されるのは好きじゃない。

 梧桐が用で部屋から消えたあと、一番話やすそうな嘉神に
「梧桐君っていつもあんな感じなの?」
と聞いてみた。
「どういうことだ?」
「なんか命令ばっかりしている気がするんだけど。たかが生徒会…っ!」
 しかし八樹は最後まで話すことができなかった。半屋が八樹の後頭部をものすごい力で殴りつけたからだ。
 不意をつかれた八樹は前のめりに倒れ込む。
「な……っ!」
 周りにいた嘉神やミユキなども呆然として半屋を見ていた。
「君……何か俺に恨みでもあるの?!」
 半屋は険しく顔をしかめ、八樹を見上げた。
「君と俺がどういう関係だったかは知らないけど、ちょっとひどいんじゃないか?!」
 これまでの態度といい、いきなり殴りつけたことといい、記憶を失っている自分に対して、あまりにもあんまりな態度だと思う。
「ダメだよダメー!」
 突然、場の雰囲気を壊そうとするかのようにクリフが叫んだが、半屋がじろりとにらみつけると、震え上がって黙り込んだ。
 半屋は険しい表情のまま再び八樹を見上げたが、その表情は透明で……どこか泣き出しそうにも見える。そう八樹が思ったとたん、半屋の顔からあきらめたようにすべての表情が消え、そのまま静かに部屋を出ていった。
 「あー! わかったー!」
 半屋が出ていって、誰も動けないでいた生徒会室の中で、場違いに明るい声が響いた。
「わかったわ。私! よかったねぇ八樹くん!」
 ミユキはとても嬉しそうに八樹の体をぽんぽん叩いた。訳が分からず八樹はさらに不機嫌になる。
「ああ、そうかー! なるほどねー。半屋君にしては上出来だよね。よかったね、八樹くん」
「でしょでしょ!」
 それまで静かにしていたクリフも急に勢いを取り戻してはしゃぎ出す。
「―――一体何だって言うんですか?」
 八樹が不機嫌な声で尋ねると、二人の動きがぴたりと止まった。
「あ……」
「そうだよね。八樹くんはわからないんだ……ゴメンね」
「いえ、別に……」
 ミユキもクリフもそれ以上の説明をする気は無いらしく、場に白々とした空気が流れる。そしてその空気が払拭されないうちに梧桐が戻ってきた。
「……ん? サルはどうしたのだ?」
「帰ったよ」
「そうか」
 梧桐はそれ以上何も言わなかった。


    




記憶喪失トップページへ

ワイヤーフレーム トップページへ