考え直してみると、記憶を失った自分に対して違和感のある反応をしたのは生徒会のメンバーとスズキだった。過去を含めた八樹宗長を認識しているのは彼らなのだろうか。彼らが八樹を知っているからこそ、その対応が八樹にとってはわからない対応に見えたのかもしれない。
八樹は一度彼らに会いに行こうと思った。もし知っているなら『その人』のことを少しでも教えて欲しい。そして、それだけではなく八樹は以前の八樹宗長を知りたいと、そう思うようになってきていた。
(でもスズキ君は無いかな)
彼の反応は違和感のある反応というレベルを超えているような気がする。
今日こそは生徒会室に行こう、と決意してから何日も過ぎた。
そうしている間に八樹は誕生日を迎えた。かろうじて誕生日を覚えていたらしい両親がプレゼントを贈ってきただけでその日は終わる。友人は誰一人その日を知らなかった。
きっと幸せな誕生日を迎えるはずだった。本当ならこの家にはあなたがいてくれて、俺は自分が生まれてきた幸運に感謝をしていたはずだった。
今ではもうその人のことが手に取るようにわかる気がするのに、八樹はあいかわらず何も思い出せないまま、一人きりの誕生日を過ごした。
次の日、八樹がいつものように友人達と教室の移動をしていると、一人の教師が声をかけてきた。
「八樹君、元気?」
その教師は優しげな外見と柔和な雰囲気を持っていた。教師であるということに何の権威も感じてなさそうな様子もすぐに見て取れる。この教師は絶対に生徒に人気があるだろう、と八樹は思う。だからと言ってそれが八樹にまで効果を発するわけではないが。
「はい。元気です」
「そう。なら良かった。じゃあね」
それだけ言うと、その教師は柔和な雰囲気を崩さぬまま去っていったが、八樹は微妙な違和感を感じる。
「今の真木じゃん」
「八樹、気をつけろよー」
「?」
違和感を感じたのは事実だが、『気をつけろ』という種類のものでは無いように思う。
「あいつさ、半屋の兄貴なんだよ。半屋の姉さんのダンナ」
半屋というのは自分のことを嫌っているとか、目の敵にしているとかいう四天王のことだ。その義理の兄がわざわざ八樹に声をかけてきたということで友人達は騒いでいたのだ。
「へぇ。ちょっと怖いな」
八樹は別にそのことに興味を引かれず、友人の期待するような型どおりの反応を返した。そして、やはり友人はその作り物の反応を疑うことがなく、楽しそうに笑った。
八樹は自分が音のしない透明な箱の中で暮らしているような息苦しさを覚えていた。目の前の光景と自分がずれていて、折に触れてその人のことを考える。
自分とその人だけしかいない世界にいけたらいいのに。こんな何もわからない世界は捨てて、その人だけがいる世界に行ってしまいたい。
(―――誰だかもわからないのに……)
そうやって自分を笑ってみても、その考えは消えてくれない。
音のない暗い淵にその人を抱きしめて堕ちていけたらどんなに幸せだろう。
だから。
会いたい。あなたに。
八樹は深く息を吐いて立ち上がる。
それでも前に進まなくてはならなかった。
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