いさめ5
いさめにきみを5




 八半編です。前提となっているのは「『世界は二人のために』と言いたくなるようなラブラブ甘々八半」。




 そんなある日の昼休み、友人達は部活の後どこかで飲み会をしようという話で盛り上がっていた。
「道場かな」
「バレたらやばいって。それにそのまま寝れねーし」
「うち今日親がいんだよなぁ」
 友人達は楽しそうに計画を立てている。だから八樹は普通に、
「だったらうちにくれば」
と提案した。
 しかしそれを聴いた友人達はおどろいて目を見開く。
「八樹んち?」
「うち誰もいないし」
 それに夜、ひとりで家にいるのは耐えられないほど寂しい。だからもしかしたら以前の自分は友人達を家に呼んでいたのではないか。八樹は近頃そう考えていた。
「行く行くー。八樹んちなんて初めてだよなー」
「なに、今日親いねーのかよ」
 しかし友人達の反応を見ていると、どうも違うようだ。それどころか一人暮らしであることも隠していたようだった。
(―――これはまずいかも)
 以前の自分は2年近くも友人達に嘘をついていたらしい。たとえ今の自分とは関係ないとはいえ、嘘をついていたことがバレたら信用に関わる。

 放課後、八樹は家が散らかっているからと嘘をついて先に帰った。友人達とは後で待ち合わせることにした。
 友人達は口々に散らかってたってかまわないと言ってくれたが、八樹は急いで自宅を親と同居している風に変えなくてはいけなかった。
 
 
 「八樹、てめぇバカになったんだってなぁ」
 こんな時に限って、やっかいなことがおこる。気がつくと、ケンカしか取り柄のなさそうなザコが五人、八樹の行く手を塞いでいた。
「急いでるんだ。どいてくれないか」
「かまわねぇ、やれ」
 五人がいっせいに八樹に襲いかかる。八樹がほとんどの攻撃をよけたとき、リーダーとおぼしき人間が凍り付いた。
「……! やべ、逃げろ」
 リーダーの視線の先にはスズキがいて、それを見た残りの四人も一斉に逃げ出す。
「ありがとう。助かったよ」
 八樹は心から感謝をして、スズキに近づいた。
 スズキも案外いいヤツなのかもしれない。そう思いながら作り物ではない笑顔でスズキに近づこうとした。
 しかしスズキはそんな八樹の様子を顔をしかめて見下しただけで、
「別に助けたわけじゃねェ」
と去っていこうとする。
(やっぱり感じ悪いなぁ)
 八樹がムッとしていると、突然スズキが振り返った。
「八樹」
「なんだよ」
「てめェ負けろ」
「……どういうこと?」
 いちいち腹が立つ。この男は自分に何か恨みでもあるのだろうか。
「勝つ気がねェなら、その辺のヤツに適当に負けとけよ。ケガしねェですむ」
 自分が保有している『四天王』という地位は、誰かが自分に勝つとその人間のものになるらしい。それは友人達から聞いていたし、だから記憶を失っている今、狙われやすいことも知っていた。しかし負ける気なんかさらさらない。
 部活でも始めは戸惑ったが、もう誰に負けることもなくなった。
「記憶なんて無くても俺は強いよ。負ける気はない」
 スズキは一瞬、ひどくもどかしそうな、八樹を哀れむような顔をしたが、それも一瞬で、またいつもの無表情に戻った。そしてそれ以上何も言わず去っていった。
 
 自宅での飲み会の最中、八樹は友人達にその話をした。
「負けろなんて言うんだよ。まったく性格悪いよなぁ」
「それ多分半屋だろ。おまえ仲悪かったからなぁ」
「半屋?」
 その名前は何回か耳にしたことがある。自分に『負けろ』と言ったのはスズキだったのだが、それを訂正する間もなく、友人達は半屋の話を始めた。
 なんでも半屋というのは近隣ではプッツンと評判の明稜帝(これは八樹の病室に現れた生徒会長のことだ)と同等かそれ以上に恐れられている存在で、とにかく怖いらしい。
 ところが八樹はその半屋に何回か勝ったことがあって、八樹と半屋の仲が悪いというのは校内では誰もが知っている話なのだそうだ。
「でも違うよ。俺が言ってるのはスズキとかいうヤツ」
「スズキ? そんな名前で強いヤツいたっけ?」
「ホントどうしようもなく性格悪くて。見た目も怖いし」
「へー。知らなかったな」
 それからも酒を飲み続け、ほとんど全員が酔っぱらいの醜態をさらし出す。
 そんな彼らに八樹はだんだん演技をしないとついていけなくなってきた。
 酔っぱらって馬鹿なことをわめいたり、大したこと無いことをもったいぶって打ち明けたり、そういうノリが理解できないのだ。

 違和感を感じながらも、周りにあわせて騒いでみたが、ひどく気疲れする。そんな最中に友人の一人が言った。
「でも八樹、前よりつきあいやすくなったよな」
「ホントホント」
 全員が賛同して、「よかったよかった」と言いながら、酔っぱらいの無遠慮さで八樹をペチペチとたたき始めた。
「いたいよ」
 八樹はそう言いながら笑う。しかし心は冷えて、別のことを考えていた。

床に敷かれた布団の上に寝ころぶマグロ達を見下ろしながら、八樹は今日誰にも座らせなかったソファーの上に座っていた。
(違う)
 以前の自分が寂しさを感じていなかったのは、この人間達のせいではない。
 ここにいる『友人』達は、結局八樹が誰であってもかまわないのだ。今日ようやくわかった。
 彼らには八樹の記憶など必要ない。同じ場所にいてつきあいやすければ誰でも、八樹でなくても誰でもいいのだ。
 だから記憶をなくした八樹を見ても親切だったし、今の八樹に向かって「前よりつきあいやすくなった」などと言えるのだ。
 多分以前の自分は、彼らに過去を含めた自分を見せていなかったのだろう。
(その気持ちは分かるな)
 彼らには何の疑いもない。迷いも不安もそれほど経験していないごく普通の人間だ。たまたまそばにいた人間同士で仲良くなってそれで満足している。でも八樹はそんなものが欲しいわけではないのだ。
 欲しいのはもっと別なもの。そして多分以前の自分はそれを持っていた。だから彼らと適当につきあっていけたのだ。

 以前の自分が満たされていたのだ、ということはわかっている。目覚めたとき、自分は何の飢餓感も感じていなかったし、精神的にも安定していた。
 しかし、それは自分の本質ではない。いつでも不安で、何かに飢えていて、寂しくて仕方がない。それが本来の自分だと少しずつわかり始めてきた。
 以前の自分はそれを感じないで生きていけるものを持っていたのだろう。『八樹宗長』を知っている友人や、そして多分…―――。
 八樹はそれがうらやましくてたまらなかった。
    




記憶喪失トップページへ

ワイヤーフレーム トップページへ