いさめ3
いさめにきみを4




 八半編です。前提となっているのは「『世界は二人のために』と言いたくなるようなラブラブ甘々八半」。




 退院してみると、自宅には自分の部屋がなかった。高校生の分際で一人暮らしをしていたらしい。
 始めの二日は両親も昔のアルバムを見せたりと熱心に八樹の世話をしていたが、じきに飽きてそれぞれの生活を送りだした。そしてそれには八樹の存在が邪魔になるのだ。
 そして八樹は記憶を取り戻せぬまま、祖母からの遺贈だという一軒家に帰ることになった。

 (……あれ?)
 八樹にとっては初めての自分の家からは、かすかにタバコの香りがした。いままでタバコを吸いたいと思ったことはないから、多分自分はタバコを吸っていないはずだ。でも町中のタバコの煙などをイヤだとは思わなかったから、もしかするとタバコには馴れているのかもしれない。
 隠居用にたてられた一軒家はこじんまりとしていて、暮らしやすそうだ。しかし、どうも他人の家に無断進入しているようで落ち着かない。両親は八樹に地図と鍵を渡したっきりで、八樹は自分が本当に今日からここで暮らしていいのか不安になる。
 ぐだぐだしていても仕方がないので、思い切って踏み込んで、とりあえず間取りを確かめる。このこじんまりとした平屋には自分の部屋と居心地の良さそうなリビングダイニング、納戸と―――用途のわからない、妙にがらんとした部屋とがあった。
 見捨てられたようなその部屋に入ってはいけないような気がして、八樹はあわててドアを閉めた。

 他人の物ばかりに感じる自分の部屋で、明日からの支度をするのは奇妙な心地がした。自分のものだということは頭では理解しているが、勝手にさわるのは気がとがめるし、少し気持ち悪い。
(はぁ…………)
 何もわからずたった一人で、知らない物に囲まれている。八樹は心細かったが、両親に頼れない、ということはもうわかっていた。両親は元々八樹に関心がない人間なのだ。そして記憶喪失の珍しさが無くなったら、また八樹への関心を無くした。それを恨んだりするより、単にあきらめてしまうのが我ながら不思議だった。
 気疲れして座り込んだ居間のソファーからはタバコの匂いがした。そのソファーは185ある八樹には少し小さかったが、そこに座っていると落ち着ける。
 ソファーに顔を埋めわずかに残る香りを確かめると、透明な感情に胸を締め付けられる。悲しいような、懐かしいような、心細いような、切ないような、唐突にわき上がる感情が何かわからずに八樹は戸惑った。でもそのソファーから離れがたくて、八樹はそのままその上で眠った。


 次の日から八樹は高校に通うことになっていた。さぼってしまおうかと何遍も考えたが、一度さぼり始めたら二度と行く気にならないだろう。八樹はのろのろと支度を整え、ともすれば逃げ出しそうになる体を引きずって高校に向かった。
「八樹君、場所わかる? 一緒に行こうか?」
「八樹、休んだ分のノート、ちゃんとコピーしてあるからな」
 電車が高校に近づくと、知らない人間達から次々に声をかけられた。皆、事情を知っているらしく、八樹の戸惑いを見ても親切に接してくれる。
 八樹が謝るたびに「そんなこと気にするな」とか「記憶なんか無くなって友達だから」と言ってくれる人々に八樹は感謝した。
(ほら、普通はこうなんだよ)
 気のさわる話し方をする生徒会のメンバーや、あのスズキに見せてやりたい。

 人の名前や部活の活動内容、最近の流行などを覚えていくうちに、誰とも違和感無く話せるようになってきた。しかし少しずつ澱のように沈殿していくなにかがある。
 自分がここに存在していないかのような非現実感や、時折感じる他人との価値観のズレ、そしてなにより家で一人でいるときに絶え間なく襲ってくる寂しさが八樹を追いつめる。
 ソファーの香りは段々薄らいでいき、耐えられなくなった八樹はタバコを吸ってみたが、自分はタバコを吸い馴れていないということがわかっただけだった。それどころかわずかに残った香りが自分の吸った煙に塗りつぶされていく。
 八樹はそれでもそこを離れることができず、匂いの変わってしまったソファーで眠り続けた。ベッドは広く寒々しく感じて使いたくなかったし、ソファーに包まれていると少しだけ寂しさを忘れることができた。





そのころの半屋さん(第3話当時)
 小説、という形式で書くことができなかったので、コメント形式で。

 半屋さんは端から見るととても冷静で事務的な態度で、てきぱきと引っ越しの支度をしていました。そこに梧桐さんがやってきて、マジでむかついたので本気で叩き帰そうとしたのですが、梧桐さんは全く動じないどころか、八樹の部屋に入っていこうとします。本気でキレてぶちのめそうとするのですが、全く通用しません。

 梧桐さんは半屋さんの拳をかわしながらも、八樹の部屋から半屋との同居を想像させるものを次々と発見し、運び出しました。半屋さんはそんなものがあることに全く気づかず、自分の部屋と台所などを片づけて終わりにしようと思っていたので、ひどく複雑な思いを抱きながらも梧桐が発見したものをまとめました。

 そんなこんなで結局二人で引っ越しの支度をし、部屋の鍵と梧桐が発見した八樹の私物はまとめて八樹の実家に送りました。

 梧桐さんとの殴り合いで、少し気分が浮上した事実を、というかそれだけ自分が落ち込んでいるということを、最後まで半屋さんは気づくことがありませんでした。


      




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