いさめ3
いさめにきみを3




 八半編です。前提となっているのは「『世界は二人のために』と言いたくなるようなラブラブ甘々八半」。




 スズキと入れ替わるように入ってきた八樹の両親は、泣きながら様々なことをわめいていた。
(なんだか少し演技っぽいよなぁ)
「宗長、お母さんよ。分かるでしょ」と言いつつ手を握りしめる見たことのない女性は、自分に『母親』への記憶がない以上、母親なのだろうが、少し反応が過剰な気がした。
「どうして思い出してくれないの? 宗長」
 と言いながら涙を流し、
「記憶なんてなくたって宗長が私たちの子供であることには変わりないわ」
と言って納得する。
(こんなもんなのかなぁ)
 八樹はいかにも『記憶喪失の息子を持った両親』の反応をする見覚えのない人々を見つめながら、もしかしたら自分と両親とはそれほど仲良くないのではないか、と目の前で繰り広げられている光景と逆のことを考えた。
(記憶がないからそう思うだけなのかも ………でもなぁ)
 母親という人は勝ち誇ったように泣いているのだ。泣ける権利がある自分を楽しんでいるように見えるのだ。
(うーん)
 もしかしたら自分はものすごく冷血な人間なのかもしれない。それとも記憶がない、ということはこういうことなのだろうか。

 次の日、面会時間に八樹が通っている高校の生徒会の人間だ、という人々がやってきた。
「こんにちは」
 本当は『初めまして』と言いたい気分なのだが、それは言ってはいけないのだろう。
「ホントなんだ……」
 八樹を見たとたん、髪をきれいな茶色に染めた美少女が、そうつぶやいた。
(………すぐわかるもんなんだな。
 かなりかわいいけど、俺の彼女かなんかなのかなぁ。………にしては骨格が少しおかしいような……)
「八樹」
 生徒会長だと思われる威圧感のある男が八樹を見下ろすように立っていた。彼の声には断罪の響きがあって、八樹は反発心を覚えた。
「何か感じることはないのか」
(『わすれてごめんね』って? そんなもん感じろったってムリだよ)
「思い出せなくて悪いな、とは思うよ」
 八樹はちゃんと表情を作って、心にもないことを口にのせた。
「そうか。オレは帰る。………嘉神、このバカに説明しておけ」
 生徒会長はそう言ったかと思うと唐突に病室から出ていった。
(感じ悪いなぁ)
「あーあ、勢ちゃんあいかわらず半屋くんに甘いわねー」
 そう言って美少女は頬を膨らませた。

 嘉神の説明によると、美少女の名前はミユキ、生徒会長の名前は梧桐というらしかった。
 そして八樹自身、生徒会の人間ではないが、生徒を守り支える立場である四天王と呼ばれる人間の一人であるということだった。
「助かったよ。スズキ君は何も教えてくれなかったし」
 八樹はまだ少しスズキを恨んでいた。本当は彼にちゃんと教えてもらいたかったのだ。大体頭をぶつけたのだって彼のせいなのだ。まぁ親には(多分、彼が電話をしていたのは自分の両親だったのだろう)かなり謝っていたが。
「スズキ君?」
「なんだか俺がかばったんだとかいう。………同じ学校なのかな、制服が同じだ」
「スズキくん、ね……。やっぱ勢ちゃんが行っちゃうのもわかる気がするなぁ」
 どうも説明してくれた嘉神と生徒会書記だとかいう青木以外、気に障る話し方をする人間が多い。こっちは記憶がない病人なのだから、もう少し気を使って欲しい。
「八樹君の友達もみんなお見舞いに来たがってたんだけどね、セージが止めたから、大丈夫だよ」
「……? なんでですか?」
 いちいち記憶の話をされるのは面倒だが、自分の友達だという人間には会ってみたい。自分がどんな地位にいたのだかは知らないが、高校の生徒会の人間だけやってきて、友人達がこないというのはおかしいのではないか。
「ああ! そうかぁー!」
 きれいな日本語を話す金髪碧眼のクリフという生徒会の人間は、大げさに驚いた。それを見て八樹はもしかしたら自分は友達と仲が悪いのだろうかと考えた。
「いや、八樹君にはいい友達がいっぱいいるよ。それは大丈夫」
「そうですか」
 考えてみれば、両親の口からは友人の話が一言も出なかった。だから一瞬不安になったのだった。
 それからしばらく校内の様子や普段の学校での自分の話を話した後、彼らは帰っていった。

 かなり話したのでのどが渇き、八樹は売店に向かった。両親からはなんでも買っていいと金を渡されていた。その態度にも八樹は少し違和感を覚えたのだが、とりあえず身体は自由に動くのだから、金の方がありがたいともいえる。
 
 売店の向かいにある喫茶店にさっきの見舞客のうちの三人、ミユキとクリフと青木が見えた。喫茶店の入り口は二つあり、彼らの位置からはちょうど死角になる場所がある。
 八樹は少しためらった後、その死角に向かった。なにせ絶対的に情報が足りないのだ。盗み聞きは気がとがめるが、本物の情報を得たいという気持ちが勝った。
「……すごく話しやすかったです」
 ちょうど書記の青木が話している最中だった。
「性格がいいのも悪いのも全部表に出てたもんね。素直でかわいかったなー」
「……そ、そう? まぁ、今の八樹君の本質がそのまま出てるんだろうねぇ」
「それって、アレでしょ、…………のときの八樹くんだってことだよね」
「あんな感じだったんでしょうか?」
「だろうね。安心しきってたから、…………なんじゃない?」
「だから逆に…………なのよね。くやしいけど勢ちゃんの気持ちもわかるなぁ」
 所々聞き取れないところがある。
(おおむね反応は悪くない、ということなのかなぁ)
 話を総合すると以前の自分というのは、もう少しつきあいにくい人間だったようだ。それを聞きながら八樹は、今の方が話しやすいと言われてうれしいような、うれしくないような、複雑な気持ちになった。



 




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