「……え……?」
銀髪にピアス、という外見に似合わず、その少年はまるで子供のような呆然とした表情を見せた。
(なんだかコロコロ表情の変わる人だよなぁ)
そう思いながらも、彼はどうもあまり使い物にならない少年にもう一度頼み直した。自分で医者を呼びたくない気分なのだ。
実際の所、なんとも情けないことになったな、というのが本心で、とりあえず今はそれ以上の感想が出てこない。
「だからさ、医者を呼んでくれないかな。俺、多分、記憶喪失とかいうやつだと思うんだけど」
「てめェ、何ふざけてんだよ……」
少年は消え入りそうな声でつぶやいた。だから彼にも少年が『わかってる』んだということがわかった。
(わかったんなら早く医者を呼んでくれないかなぁ)
「八樹」
少年はそう言うと、彼の両腕をつかんでじっと彼の目を見つめ、ふと目を伏せた。
「……わかんねぇんだな、本当に……」
捕まれた腕が痛い。痛みに彼が顔をしかめると、少年は泣き出しそうに顔を歪めた。
「医者、呼んでくる」
彼はなんとなく不思議なものを見ている気になって、少年の後ろ姿をぼーっと見つめてしまった。
医者からは様々な質問を受け、また検査をやり直すことになった。そして急遽入院することも決まった。
「はい……。ええ、オレをかばって……ええ、そうです……」
検査の移動の最中に少年が誰かに電話をしているのを見かけた。
「ええ、全部、です……はい……」
少年はその後、電話に向かってずっと謝り続けた。彼は―――医者によるとどうやら八樹宗長という名前らしい―――八樹は、その少年に色々訊きたいことがあったので、電話が終わるのを待っていたのだが、あまりにもその少年が謝り続けているので、そのまま検査に向かってしまった。
八樹に割り当てられた病室は個室だった。
(なんせ記憶喪失だからなぁ)
ところどころ忘れているなら、失った記憶を惜しむ気持ちも湧くのだろうが、何も思い出せないので、どうもいまいちピンとこない。
自分が自分だ、という意識はあるし、大事なことなら思い出すはずだ。そう考えると、まだ誰とも会っていないせいか、あまり切実な気持ちにならない。医者はこのまま何も思い出さない可能性がある、と言っていたが。
「君は俺のことを知ってるの?」
面会時間はとっくの昔に過ぎているのだが、個室だからなのか八樹の症状のせいなのか、少年の面会は許されているようだった。
「………あんま知んねェ」
少年はさっきまで表情が豊かだったのが嘘のように、冷たい無表情をしていた。その表情といかにも不良のような外見があいまって、八樹は質問がしづらい。
「ええと、君の名前は?」
「………」
(聞こえなかったのかな?)
「あの、名前……」
「……スズキ」
「スズキ……君? ごめんね、ちょっと思い出せなくて」
どうもあんまり似合った名字じゃないな、と八樹は一瞬思った。
(ああーあ。これから人に会うたびに謝んなきゃいけないのかー。それはちょっとめんどくさいなぁ)
「………当たり前なんだよな………別に………」
「スズキ君? もし何か知っていることがあったら教えて欲しいんだけど」
八樹の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、スズキは腕時計を見て、はじかれたように顔を上げた。
「オレもう帰るから………」
八樹はムッとした。誰も知り合いがいないのに、このまま自分を置いて帰ってしまうなんて信じられない。
「すぐてめェの両親が来る。………八樹」
スズキは八樹を真剣に見つめながら八樹の前髪に手を伸ばした。その手は優しかったが、何も思い出せない八樹は居心地が悪い。
「元気でな」
ほとんど聞き取れなかった彼の最後の言葉は「幸せに暮らせよ」だったような気がして、八樹はスズキの出ていった戸を呆然と見送った。
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