いさめにきみを11


 八半編です。前提となっているのは「『世界は二人のために』と言いたくなるようなラブラブ甘々八半」。

 

「……え?」
 八樹の声の深刻さに、友人たちは突然ことの重大さに気づいたようだった。
「ほら、でも一応勝負だったんだし。……なっ!」
「そうそう。それに相手半屋だし!」
 そうやってあわてて何かをとりつくろった。
 きっと彼らの記憶の中で、その話は、いつの間にか大したことじゃないこととして処理されていたのだろう。妙に上擦った声の調子からわかる。
「…喉をつぶして、骨を折って入院させたって…」
「だから、そう言うと確かにとんでもねーけど…。相手、半屋だったんだし…」
 だんだん声が小さくなってきている。彼らは八樹に気を使ってくれているのだ。
 八樹が犯した罪なのに、まるで彼らを責めているかのようになってしまう。そのことも耐えられないと感じた。
「入院ってどれぐらい?」
「…一ヶ月ぐらい…だったかも」
「一ヶ月? 梧桐君をおびき出すために一ヶ月だって!?」
 八樹が声を荒げると、彼らはびくっと体をすくませた。
「…ごめん」
 それは自分の犯した罪で、彼らを責めたいわけではない。でもその瞬間、苛立ちが押さえられなかった。
「…ま、いきなり聞いたらびっくりするよな」
「そーだよな。でも、ほら、その後は結構一緒に行動してたし。…なぁ」
「それにお前も一回半屋にボコボコにされてるし」
 八樹が思っているほど大したことではないと、彼らは言ってくれているらしい。そんな風に言われるより、もっと責め立ててくれた方がどれだけましかわからない。  
「そうなんだ…」
 八樹はそれで納得したわけではないが、これ以上彼らに聞くのも悪いだろう。彼らも友人である八樹が犯した罪をうまく処理しきれていないのだ。
「…それに、酒井さんのこともあるしな」
「…だな。いい加減知ってたほうがいいかもしれない」
 そうして彼らは彼らにとって重要な話を始めた。


(……なんでそんな大事なことも思い出せないんだ……!)
 今まで八樹はあまり真剣に記憶を取り戻したいと思っていなかった。たぶん記憶を取り戻したら今と同じでいることはできない。同じように感じることも考えることもできない。いきなり『今の自分』とは違うものが侵入してきて、その侵入してきたものが自分として振る舞い出す。その想像はほとんど恐怖に近い。

 八樹は今の自分しか知らない。そしてそれで十分だった。自分が自分であるという認識はしっかりとあったし、半屋のことも―――今の自分のまま取り戻したいと考えている。
 しかし―――
(なんで……!)
 かつて自分は近隣の武芸者を倒して回ったらしい。剣道部の先輩である酒井を。そして半屋を。
 今の八樹の中にはそれをせずにはいられないほどの焦燥は残っていない。なぜかつての自分がそんなことをしたのかわからない。

 梧桐をおびき出すためだった―――らしい。だから梧桐と近しい半屋に対してはつい行き過ぎてしまったのだろう、と友人は言った。それにしてもなんで―――

 半屋の喉をつぶした感覚も、その後その体に木刀をふるい続けた感触も何一つ自分の中には残っていない。それは確かに自分の罪なのに―――それを実感する事ができない。
 思い出したい。せめてそのことだけでも。

(明日、半屋君に会いに行こう)
 今日の練習の後、かつて八樹が傷つけたという酒井にあった。記憶を失った後、酒井とは何回か顔を合わせていたが、八樹は何も気づいていなかった。
 酒井はその件は謝罪をうけ納得した話だと言った。八樹の剣道に対する思いは真摯なもので、それが行き過ぎてしまった結果なのだろう、と言ってくれた。
 ただ八樹が記憶を失ってしまったときは複雑な思いがしたと、そう言った。
(明日半屋君に会って―――)
 こんな時だというのに、半屋に会いに行くきっかけができたと喜んでいる自分がどこかにいる。そんな自分がたまらなく醜く見えた。


 

記憶喪失トップページへ

ワイヤーフレーム トップページへ