半屋君はどんなときに笑うんだろう。どんな風に笑うんだろう。
なにが好きでなにが嫌いなんだろう。
今どこでなにを考えているんだろう。
気がつくと繰り返し同じことを考えている。
(―――だから男なんだって)
気持ちを静めるために呪文のようにそう繰り返してみても、何の効果もない。
半屋だとわかる前まではそれはとても重要なことのような気がしていたのに。
立ち上がることができないほど自分の心配をしてくれた人。でも彼は八樹の記憶がないとわかった瞬間からまるで他人のように振る舞っていた。あれは―――
(まだ俺のことを好きでいてくれるのかな…ホントに俺なんかを好きでいてくれてるのかな…)
だって自分は半屋のことを忘れてしまった。こんなに大事な人なのに、今でも何一つ思い出せない。
でももしかしたら半屋はまだ自分のことを好きでいてくれるのかもしれない。いや、そんなはずはない。だって―――
考えは堂々巡りをするばかり。なにも解決はしてくれない。
…会わないようにしてくれと、他の人を選べるからと言われたばかりだというのに、だからこんなことを考えていたって無駄だというのに…
(絶対無理だ)
半屋のことを少しでも知りたい。どんな小さなかけらでも知りたくて仕方がない。―――会いたい。声を聞きたい。触れたい。
(絶対に無理…ホント絶対に無理だ)
半屋へと向かう気持ちを止めるのは、どうやっても無理だと思える。だって半屋はちゃんと存在してるのだ。会うことだって話すことだって、…触れることだって、できる。それにもしかしたらまだ自分を好きでいてくれるかもしれないのだ。
気持ちは自分でコントロールできるものじゃない。半屋が男だと思っても、会ってはいけないらしいとわかっていても、どうなるものでもない。
早く明日がきてほしい。そうしたら半屋に会えるかもしれない。何か半屋のことがわかるかもしれない。
(…だからそれはダメなんだって…)
表面的にそうは思っていても何の歯止めにもならない。
明日になれば梧桐の用事で半屋に会えるかもしれない。
(自分から会いに行くのだけはやめよう)
今の八樹にはそれだけで精一杯だった。
次の日、八樹はいつもより早く起きた。ほとんど参加する人間はいないのだが、剣道部には自主参加の早朝練習が普通の朝練より前にある。何でもいいから誰かに聞きたくて、八樹はまだ明け切らないうちから家を出た。
しかしそんな早くにはまだ誰も練習をしていない。八樹は仕方なく一人で竹刀を振った。さすがに竹刀を手にしたときには雑念が消える。
「あれ?八樹、久しぶりだなー」
どうやら自分は以前、よく一人で早朝練習をしていたらしい。いつも最後まで残って練習していたとも聞いた。なにが以前の自分をそこまで練習に駆り立てていたのだろうか。
(だから強くないんだろうか…)
練習量が足りないから。それだったらいい。練習すればいいだけの話だ。もしそれで強くなれたら―――
(あさましいな、俺)
ただあきらめればいいだけなのに、結局うわっつらの理性以外のどこもあきらめようだなんて思っていない。どうにかしてまた半屋と恋人になろうと、都合のいい方法を探そうとばかりしている。
通常の朝練のメニューをこなした後、八樹は友人たちに半屋のことを聞いてみた。
「半屋?こえーだろ、そりゃ」
「怖い?」
「目があったら殴るだろ。機嫌悪かったら蹴るだろ。こえーって。なぁ」
同意を求められた少年も力強く頷いた。
「…そうは見えないけど」
「そりゃ、前よりずいぶんマシになったけどなぁ」
「あれだよな、ひょっとすると会長のおかげってやつ?」
「あんま考えたくねーけど、そうかもなー」
「会長?梧桐君?」
「そう。半屋、梧桐に公開処刑されたんだよな。あれから少しマシになった。あとお前」
そう言ってから、友人は『しまった』という表情をした。八樹はそれを見逃さなかった。
「俺?俺がなにかしたの?」
「うーん」
友人たちはなにやらこそこそと目配せをしあってる。
「なんだよ、八樹、半屋に狙われでもしたわけ? そーいや、前にからまれたとか言ってたよな」
(……?)
どうも友人たちは話をそらそうとしているようだ。
「…俺、半屋君になにかしたの?」
「何かしたといえば相当なことをしたような…」
「やっぱ知ってた方がいいんじゃねー。本人なんだし」
「でも知らない方が幸せって事もあるだろ?」
もしかすると自分はただ半屋に勝った、というだけではないのだろうか。友人たちの態度を見ていると、それはあまり良くない出来事のような気がする。
しかし、もしそうだったとしたら自分はそれを知っていなくてはならない責任があるだろう。
「良かったら教えてくれるかな? 俺はやっぱりどんなことでも知ってたいよ」
友人たちは「どーする?」「やっぱ知ってた方がいいかもなぁ」などと相談した後、話を始めた。
しかしその話は、八樹の予想を遙かに超えていた。
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