世界に一つだけの花

 

 

 

 
「半屋君って花みたいだね」
 ある日、梧桐に呼びつけられてなんだかんだあった帰り道、唐突に八樹がそんなことを言ってきた。
「はぁ?」
 基本的にオレは八樹という人間には関心がないので、ヤツがなにを言おうとどうでもいいはずなのだが、時々突拍子もないことを言い出すので無視しきれない時がある。
「なんか目立つし。生き生きしてるし………。あ、もしかして変なこと言った?」
 死人みたいだと言われたことは何度もあるが―――生き生きしてる? 
「うーん、ちょっと変かも」
 隣にいたミユキがそう答えた。
「そう」
 そして八樹は話を変えた。
 変なら話を変えるのか。なら、一体さっきの話はなんだったんだ。
 そうは思っても聞き返す気にはなれない。
 しかしその妙な言葉は、オレのどこかに引っかかった。





 「あんたがそんなもん見るなんて、珍しいこともあるもんね」
 バカ姉にそう言われ、オレは意識を戻した。今まで何をしていたのかあまり記憶にない。
「キレイでしょ。安かったのよー。すぐ枯れるだろうけどね」
 どうやらこの女は、オレの目の前にある花の自慢をしているらしい。
 ―――オレが花を見てた?
「もともと雑草だからね。根がある時は強いけど、切るとすぐに枯れるんだよね」
 バカ姉は自慢げに話しながら、いつの間にか作っていたらしいメシをオレの前に並べた。
 みそ汁と、ただ適当に炒めただけの野菜炒めと、電子レンジで解凍した飯。家にいるころも大体こんなもんだったが、一応真木にはもう少しマシなもんを出しているらしい。
「ほら、さっさと食べなさい。もう憲ちゃんの食事の用意をしなきゃいけないんだから」
 そう言いながらも、オレの向かいの席に座る。
「なら、んなとこで休んでねぇで、さっさと支度しろよ」
「かわいー弟がさびしいだろうと思って、わざわざつきあってやってんじゃないの。で、コスモスに似てるとか言われたわけ?」
「アァ?」
「半屋さんってコスモスみたいですね、とか」
 人がみそ汁飲んでる間に、声色まで使ってワケわかんねぇこと言うんじゃねぇ。
「そんなんじゃねぇよ」
「ま、あんたコスモスって柄じゃないしねー」
 バカ姉はなにがおかしいのか、けらけらと笑っている。
 なんなんだコイツは。それとも人のことを花にたとえんのが流行ってんのか?
 姉はしばらくは何も言わず、オレが食べるのを見ていた。
「わかった。花だ」
 そろそろメシが終わるかという頃、バカ姉は急にそんなことを言い出した。
「てめぇ…」
「あんたの考えてることなんて、顔みりゃ全部わかるのよ。だいたい何か言われでもしなきゃ、絶対に花なんか見ないんだから。」
 んなもん見ていた覚えはない。
「あんたも急に人間っぽくなってきたからねぇ。花みたいとか言われたわけ? あ、それとも華があるって言われたの? 知ってる? 華があるっていうのは花に似てるって意味じゃないよ」
「それくらい知ってる」
「ふーん。で、どんな女なの、そんなこと言う女は。美人? 年上?」
 なんかはしゃいでるぞ、この女。
「女じゃねぇよ」
「やっぱり言われたわけね」
 ヤツは胸を張って威張っている。バカにつきあっているヒマはない。どうせそろそろ真木が帰ってくるころだし、オレは席を立とうとした。
「男ねぇ―――すっごい自分に自信がないヤツか、逆にめちゃくちゃ自信があるヤツでしょ」
 コイツまたカマかけてきやがった。
 すごい自分に自信がないか、すごい自信がないヤツ? どうしてそんな話になるんだ?
 オレは八樹の事を考えた。すごい自信がないか、すごい自信があるか? ―――…両方だな。
「あんたね、そいつと会うのはやめなさい」
「別に会わねぇよ」
「ふーん」
 だからなんなんだよ、コイツは。
 そのとき、真木からの電話がなった。
「やだー。憲ちゃん帰って来ちゃうじゃない! あんたのせいだからね! まったく」
 姉は急いで台所に向かい、その隙にオレは姉の家を後にした。



 次の日、
「ねぇ、半屋君、見て見て!」
 ミユキが自分の載った雑誌を持って、転がるようにやってきた。
 四天王とかいう奴等の中で、用がないときにも見かけるのはこのミユキしかいない。大体、四天王なんてバカバカしくクソ食らえなもんなのに、そう呼ばれて喜んでいるヤツがいるというのも問題なのだが。
「あ、あぁ…」
 ミユキは自分で雑誌をめくり、一方的に解説をした。
「あ、そういえば半屋君、あれから八樹君に会った?」
 ミユキちゃんの私服着回し一ヶ月とかいう謎の企画を見せ終わり、そのまますっくと立ちあがったミユキが、何かを思い出したように一度手を叩いて振り返った。
「…会ってねぇよ」
 ミユキは唇に指を当てて、顔をしかめた。
「そうなの? んー、じゃあしばらく会わない方がいいかも」
「別に会わねぇよ」
 これを言うのも二度目だ。
「ならいいんだけど。八樹君が会いに来るのかと思ったけど、会いに来てないんだ」
 どこか残念そうに言って、他のヤツに雑誌を見せに行くのだろう、ミユキはぱたぱたと消えていった。




 なんでオレはこんなところにいるんだ。何遍もそう思ったが、別の場所に行く気になれないので、そのままここにいることにした。
 遅い。なんだってこんなに遅いんだ。
 オレは何本目になるのかわからないタバコを踏みつぶした。そして眠くなってきたのでそのまま寝た。
「……半屋君?」
 驚いているような声。一応、誰の声だかはわかる。
「半屋君、なんでこんなところにいるの?」
「…るせぇ」
「すごい吸い殻の数だねぇ」
 さすがに稽古場のそばに吸い殻があるのはまずいのか。そうは思ったが、別にどうする気にもならない。
 八樹は足で回りの土を吸い殻にかぶせ、適当に踏みつぶして
「これでいいや。じゃあ行こう」
 とオレを引っ張り上げた。まだ思いっきり吸い殻が見えてるのに、それでいいのか?
 呆気にとられているうちに、剣道部の部室の前にいた。
「ほら、半屋君入って。あんなところで待ってないで、中に入ってくれてたらよかったのに」
「別にてめェなんて待ってねぇよ」
 そうだ。別に待っていない。バカ姉やミユキがコイツに会うなと言った。だから顔を見てやろうかという気になっただけだ。
 実際顔を見たら、一体、オレはなにをしようとしてたんだかわからなくなった。
「お茶入れるからそこに座ってて」
 部室に入ったあたりから、八樹は妙に機嫌が良さそうだった。
「お客用の茶碗がなくて―――ちゃんと洗ってあるから」
 変にいいわけをしながら差し出された茶碗は、たぶん八樹のものなのだろう。
 誰の茶碗だろうと関係ない。冷えてたし、飲み物も買い忘れてたので、オレに口を付けた。
 どうしてここにいるのかとか訊いてくるのかと思ったが、八樹は何も言わない。
 オレ自身、なんでここにいるのかはわからない。
 すべてがどうでもよくなって、途中まで飲んだ茶を置いて、オレは部屋を出ようとした。
「もう行くの? なんで会いに来てくれたのか、訊いてもいいかな」
「会いに来てなんかねぇよ」
 八樹は軽く笑って立ちあがった。
「そう。なら俺はもう帰るからさ、もし眠いなら、ここで寝てていいよ」
 帰ろうとしてたのはオレの方だ。別に眠いわけでもない。
「てめェが…」
 オレが何かを言いかけると、八樹は足を止めた。
 八樹に言うことなんか何もないのに、何を話そうとしてるんだかわかんねぇ。オレは少し焦った。
「姉貴なんかが…てめェに会うなって言った」
「俺に?」
「だからカオ見にきた。それだけだ」
「半屋君らしいね」
 八樹は軽く笑った。
「何で会うなって? 俺、なんかしたっけ」
 オレは答えなかった。
 八樹はしばらく何かを考えたあと、
「もしかして。ああ、そうか」
 と、独り言のように納得した。
「なるほどねぇ。それはちょっと困ったな」
 本当に困った様子で独り言めいた言葉を続ける。
「なにわけわかんねぇこと言ってんだ」
「たぶんね、『姉貴なんか』って言うからには他の人からも言われたんだろうなって。で、わかったんだよ」
 なにをだ。
「多分、御幸君に言われたんだろうなって。この前、君のことを花みたいだって言ったとき、御幸君がものすごく変な顔をしてたからね」
 よく意味がわからない。だからなにがわかるって言うんだ?
「あ、半屋君わからないか。そうだよね、俺も全然気づかなかったし」
 だからね、と言って八樹は一度視線を外した。
「だから、お姉さんや御幸君は、俺が君を狙ってるから気をつけろって言ったんだと思うよ」
「狙ってる? 上等だ。なら、ここでやるか?」
 そんな話だったのなら簡単だ。ここでコイツを叩きつぶせばいい。
「そういう意味じゃなくて、もっと別の意味なんだけど…。 つまり、俺が半屋君を口説こうとしているっていうこと」
 ………?
「もちろん、本当にそうなわけじゃなくて――― 半屋君が花みたいに見えたっていうのがね、人から見たら俺が半屋君に告白したように見えるんだなって」
「ハァ?」
 告白? そう見られてたのか? ………って、何考えてるんだ、あいつらは。
「てめェは男だろ。何考えてんだ、あのバカ」
「だから告白したわけでもなんでもなくて、単に見たまんまを言っただけなんだけど。そう見えるのは俺が半屋君を好きだからだって言われちゃうとね、ちょっと」
 と言って八樹は考え込んだ。
「どう思う?」
「何がだ」
「だから俺が半屋君を好きかどうかだよ」
「知るか」
「だよね。俺にもわからないし」
 コイツ本気でわからなそうじゃないか? どうだろうとオレには関係ない話だが。
「あまり考えない方がいいかもしれないね。自己暗示にかかるのはイヤだし」
「はぁ?」
「だから、これで俺が半屋君のこと好きなのかもって思いこんじゃったら、良くないよねって話」
「んなこと思いこむな」
「今ならまだ大丈夫だと思うけど」
 八樹はまだ何か悩んでる様子でオレを見た。
 コイツがオレに気があるかもしれないって? ありえないだろ、それは。
「どうなんだろうね。君のことが気になって仕方がないとかいうことはないけど、こうやって会えるとそれなりに嬉しい気がするし」
「思うんじゃねぇって言ってるだろ」
「そうだね、思いたくないよ」
 八樹は軽く息をついた。
「やめよう。これ以上話してると本当に暗示にかかりそうな気がする」
「かかるんじゃねぇ。絶対かかるな」
「でも、単に見た目なんだけどね」
「は?」
「だから花みたいだって話。半屋君みたいな花ってあるじゃない」
「はぁ?」
 おい、この話はやめるんじゃなかったのか。
「でもどうなんだろう。そう思うのも俺の潜在意識のせいなのかもしれないし、どう思う?」
「てめェがどう考えてるかぐらいてめェで責任とれ」
「どう考えてるかなんてまだわからないよ。とりあえず今のところキスしたいとか抱きたいとかは思ってないってぐらいしか」
「てめェ、どうしてそういう………!」
 あぁ、なんでオレはこんなバカに会いに来たんだ。
 こいつはとんでもないバカだ。バカだバカだ大バカだ。
 オレはとにかくこの場にいたくなくて、勢いをつけて部屋を出た。




 どうにもわけのわからないムシャクシャがたまって、バカ姉の家に行って「てめぇのせいだバカ」と怒鳴ると、「あ、やっぱり会いに行ったんでしょー」などと能天気に言ってきやがった。
「ほら、なんか食べていきなさいよ。で、どうだったわけ、その男」
 姉はにやにやと笑いながらオレの前に座った。
「ああ言えば絶対会いに行くと思ったんだよねー。愛しの君がわざわざ僕を訪ねてやってくる。あぁ、なんて罪作りな展開!」
「てめェぶっ殺す!」
「やれるもんならやってみなさいよ〜」
 とても女には見えない表情をしているバカ姉の前の花瓶の花が揺れていた。
 オレはその花を思いっきり睨みつけた。




 なんだかかなり力業っぽい話ですね(笑)
 これを思いついたのが飲み会の席だったので、脳がとけてる感じです(笑)
 


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