終りなき世のめでたさを



 「へぇ。今年の紅白のトリって××なのか」
 テレビ欄をながめながら裕太がそう言っているのを聞いて、周助はくすりと笑った。
「なんだよ」
「その時間まで、裕太は起きてられるのかなって」
「起きてるにきまってんだろ!」
「だって裕太、『絶対最後まで見る』って言ってたのに、演歌が続いたとたんに、ぐっすり寝てたよ」
「いつの話してんだよ」
「いつって………おととしだよ?まだ二年しか経ってない。鉛筆を握りしめて寝てたよね」
「………忘れろ」
「全然起きないから、父さんがベッドに運んでさ、朝起きて『なんで起こしてくれなかったんだ』って泣きそうになってて」
「泣きそうになってなんかねぇよ。とにかく忘れろって。兄貴だって、小学生の頃は途中で寝てただろ」
「小五まではね。小六の時、僕は最後まで見たって言ったら『お兄ちゃんすごい。僕も来年は頑張る!』って…」
「やーめーろー」
 去年の大晦日は、裕太は実家に帰ってきてはいたけれど、大掃除を口実に部屋に閉じこもっていたきりだった。周助の顔を見たくないからだということは家族全員が知っていたから、誰もそれには触れず、周助はさほど面白いとは思えない紅白歌合戦を義務のように見続けた。
 
 裕太はまだ紅白の曲順が気になるらしく、熱心に新聞を眺めている。それをみて周助は幸せな気持ちになった。


※   ※   ※


「すっかり寝ちゃってるわね。まだ一回も紅白を最後まで見たことないんじゃないの、裕太って」
 ソファで寝込んでいる裕太を見て、由美子が呆れて言った。
 紅白は終わりに近づき、テレビではお約束のグランドフィナーレが流れている。
「普通、寮暮らしっていったら、夜更かしに慣れてるはずなのにねぇ」
 たぶん裕太は、観月に決められた時間を守って寝ているのだろう。その割には朝もギリギリまで寝ているけれど。


 そうこうしている間に、あと数分で年が明ける時間になった。
「起こしてあげなさいよ周助。また『どうして起こしてくれなかったんだ〜』って泣くかもしれないわよ」
 由美子の冗談に、一昨年の光景を思い出したらしい父母がくすくすと笑う。
 周助は隣で寝ている裕太を揺すって起こそうとした。
「裕太、起きて。もうすぐ新年になっちゃうよ」
「んー。もう少し…」
「裕太。早く起きないと間に合わないよ」
「ん…」
 そうしている間にカウントダウンが始まった。
「裕太」
 少し焦りながら大きく揺すると、裕太が薄く目を開けた。
 その時、テレビから華やかな花火の音が聞こえた。新しい年が始まったのだ。
「…なんだよ、兄貴」
「あけましておめでとう」
「あ……」
 寝ぼけている裕太がぼーっと周助を見ている。
「裕太。あけましておめでとう」
「あ?」
「よかったね、今年初めて見たのが僕だなんて幸先がいいよ」
 そう言ってからかうと、
「なに言ってんだバカ!」
 と、怒鳴りながら、それまで寝ぼけていたはずの裕太がぱっちりと目を開けた。だから裕太をからかうのは楽しい。
「おはよう。僕も裕太を見ながら年を越したから、いい一年になりそうだよ」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ。ていうか、どけ!」
 からかいがてら少し覆い被さるように起こしたから、裕太は真っ赤になって怒っている。なんだか楽しくて、周助は笑った。
「しゅーすけー、二人の世界作らないでよー。まだあなたも新年の挨拶してないわよ」
「あ、ごめん姉さん。あけましておめでとう。ほら、裕太も」
「…あけましておめでとう」
「おめでとう」
 家族が口々に新年のお祝いを言いあう。
「裕太」
「んだよ」
「僕におめでとうは?」
「は? 今言っただろ」
 さっき裕太が言った、家族向けの少し改まった新年の挨拶には、周助に向けた挨拶は入っていなかったように思う。
「本当?」
「う………」
「あけましておめでとう裕太。今年もよろしく」
「く………っ」
「何してるの、周助。裕太が困ってるじゃない」
 姉からの助けが入り、裕太は明らかにホッとした様子を見せた。
 裕太は照れくさくて、改めて自分におめでとうだとか、今年もよろしくだとかなんて言えないのだろう。それもそれで、自分だけが特別のようで嬉しい。
(都合良く考えすぎかな?)
 嬉しくて笑いかけると、裕太がムッとした表情を返してくる。なんだか良い一年になりそうな気がした。

 

 


 裕太が鉛筆を握ったまま寝ていたのは、受験生だったからです。一応、紅白をみながらも勉強をする予定だったんですね(笑) 中学受験の本番は二月一日ぐらいです。お正月なんてないんです。
 で、おにいちゃんみたいにちゃんと最後まで紅白をみるんだ!とか眠い目をこすってがんばっていたり、おにいちゃんと同じ学校に入るんだ!と受験勉強をしていたり。このころの周助さんは幸せの絶頂だったでしょう。その分、その次の年は悲惨なんだけどねー。などという隠し設定をいれつつの裕太中2のお正月話でした。
 さてさて。みなさまあけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいします。