問5・あなたともう一人を除いて世界が滅びてしまうとします。一緒に生き残りたい人は誰ですか?
不二は少し考えて、細く整った字で『まだいません』と書き込み、次の問に進んだ。
※ ※ ※
「なんだ、これ。『一緒に生き残りたい人は誰ですか?』普通こんなこと訊く?」
それまでも無駄口をたたきながらアンケートに答えていた菊丸が、ひときわ大きな声でそう言った。
「誰か一人って言われても、決められないなぁ。桃は?」
菊丸は同じく家族と友人の多い桃城に話を振った。
「無理っすね。これってあれじゃないっすか、彼女がいるかいないか訊いてるんじゃないっすかね」
「あ、な〜るほど。ならそう書けばいいのに」
そう言いながら、菊丸は彼特有の癖のある字で『募集中☆』と書き込んだ。
新聞部の発行する青学タイムスは、近頃、男子テニス部特集を組むことが多くなってきた。今年は男子テニス部は順調に勝ち進み、しかも部長は生徒会長で他のレギュラーメンバーも全校的に有名な人物が多い。そのため男子テニス部特集を組むと青学タイムスの棚から見る間に新聞が減ってゆくとの話だった。
新聞部も初めは試合の取材を熱心にしていたのだが、それよりもレギュラーへのインタビューやプライベート写真の方が好評だったらしい。
その結果が今やらされているアンケートだ。テニスと関係のある項目もあるにはあるが、それよりもレギュラー個人への質問の方に重点が置かれている。
「彼女と二人きりの世界っていうのもいいけど、ケンカしたらヤじゃん。どうせ生き残るなら友達とかの方が楽かな〜」
「それでは人類が滅亡する」
「さすが手塚。そっか、本当に世界にたった二人なのかぁ。ロマンっていうか、なんていうか。せめて10人は欲しいかなぁ」
どうしても次の号に入れたいのだと、新聞部は練習後にアンケートを持ってきた。
応援の人数は試合に影響するから、手塚は新聞部に協力的だ。それはわかっているので、レギュラー全員文句も言わず、やっかいなアンケートにつきあっていた。ただ、練習後でどうしても集中力が続かず、無駄なおしゃべりが多くなる。
「設問の狙いはそう悪くはない。一生を共に過ごしたいほどの人間がいるかいないかを訊いているんだろう。ただ、そう思える人間がいたとしても、それをここで答えはしないだろうから、結局この設問には意味がない」
「乾先輩はいるってことっすか?」
桃城が混ぜっ返す。
「と訊かれた場合、公言している恋人でもいない限り、誰と答えても角が立つわけだから、結局いないと答えざるをえなくなる。どちらにしても答えは『いない』だ」
「さすがっすねぇ。そんなことまで考えられないっすよ」
「大石は?」
「友達と一緒の方がいいっていうのは同感かな。好きな人と一緒だったとしても、知らない人でもいいから他に百人ぐらいは生き残ってる人がいたほうがいい」
「ふーん」
世界にたった二人、残されるとしたら。
そう訊かれてすぐに浮かんだ名を、書き記すことなどできるはずもない。
今までも、きっとこれからも、守りたいのはたった一人だけ。共に過ごしたいのもたった一人だけ。
「不二は?」
「難しいね。やっぱり選ぶことはできないけど、誰かと二人だけで生き残ったならその時はどうにかするよ」
不二は得意の笑顔を浮かべながら、自分らしいと思われるだろう会話を続ける。
世界にたった二人、残されるとしたら。
もうだれも他の人のいない世界でなら、君は昔のように笑いかけてくれるのでしょうか。
たった二人だけだったら。
君は僕と話してくれますか。僕の言葉に答えてくれますか。
「そっちの方がやだなぁ。嫌いなヤツと生き残ったらヤじゃん」
「それもそうだね」
そこで会話はとぎれ、菊丸は次の設問について話し出した。
世界にたった二人、残されるとしたら。
昔のように手を繋いでもいいですか。抱きしめてもいいですか。
世界にたった二人だったら。
実の弟を愛していても許されますか。
既に話題が変わった会話に適当に相づちを打ちながら、『その日』のことを考える。
もし総ての人が死に絶えて、君と二人で残るとしたら。
誰もいない世界で、君のことを見つけだしたら。
あり得ない想像に不二は思わず苦笑を浮かべたが、それはいつも浮かべる笑顔と同じ形をしていて、誰からも気づかれることがなかった。
うう。かなり恥ずかしいものを書いてしまいました(笑)