「もしも世界に二人っきりになるんだったら、って話覚えてる?」
帰り道、いつものように自転車に二人のりして、いつものようにバーガー屋に寄って、いつものように二人で安いハンバーガーを詰め込んでいるとき、越前がふいにそんな話をしだした。
「なんだそりゃ?」
部活の後は毎日こうやって二人で帰ってはいるが、越前と桃城では学年も違うし、越前は自分から話を振るタイプでもないので、さほど話が弾むわけでもない。
「ずいぶん前に新聞部からのアンケートがあったよね? あん中にあった」
こうやって越前が話を振ってくるのは珍しい。そう思いながら桃城は、そのアンケートの話を思い出そうとした。
新聞部からのアンケートに答えたことは覚えているが、二ヶ月ほど前のことなのでその内容を正確には思い出せなかった。
でも越前がこんな話を振ってくるのは珍しいので、桃城は必死で思い出そうとした。確か…
「もしかして、部長が一緒に生き残るなら女にしないと人類が滅亡するとか言ってたヤツか?」
「そう。それっス」
新聞部が青学レギュラーの特集号を出すために持ってきたアンケートは、好きな食べ物とか欲しいプレゼントとかを聞くような、テニスとは関係のない妙な内容のものだった。
なんでもその方が読者のニーズに合っているとのことで、そのアンケートが掲載された後、本当にそこに載ったプレゼントを持ってきた女子がいて驚かされたりもした。
確か部室でみんなでそのアンケートをやっていたとき、一番盛り上がったのが『世界にたった二人で残されるとしたら、誰と残されたいのか』という問いだったと思う。結局全員無難な答えを書いたのだが、珍しく手塚が会話に参加をしていたので記憶に残っていた。
「それがどうしたんだ?」
「昨日、急に思ったんスけど、別にアンタだったらかまわないかって」
「何が?」
「だから、世界に二人きりとかいうやつ」
いつもと同じ顔でそう言って、越前はファンタを吸った。
「そりゃあ……」
突然そんなことを言われても、言うべき言葉が見つからない。
よくわからずにハンバーガーを食べ続けようとして、桃城はその手を止めた。もしかして目の前のこいつは、なにか妙なことを言ったんじゃないか?
「お前が? 俺と? 二人?」
「そうっす」
妙なことを言っている割に越前の態度はまったく変わらない。妙なことを言われたと思っているのは自分だけなのだろうか。越前は気まぐれだから、きっと思いついた事を言っただけなのだろう。
桃城は、まあ自分となら越前もやりたい放題なんだろうし、他のヤツと一緒よりはマシなのかもな、と納得し、その話題はそれで終わった。
家に帰って、桃城はふとさっきの話を思い出した。
大したことがない話のはずなのに、なぜか引っかかる。二か月も前の話を突然話し出した越前も妙だし、越前からそんな話をしてくるのも妙だ。
(そういや……)
確か二か月前、そのアンケートを見たとき、そのアンケートの意味は何かとかいう話になったのだった。
(何だったか……確か……。そうだ、結局、そのアンケートは彼女がいるかどうかを聞いてるんじゃないかって話になったんだったっけな)
二人で生き残りたい人間がいるっていうことは、それだけ強く想う人間がいるってことだ。だからそれを聞くことで、そういう相手がいるのかどうかを探っているのだと誰かが言っていなかったか。
(あん時、越前は……。確かいたよな)
誰もいない世界に、たった二人取り残されてもいいと思えるほどの想い。
(気のせいだな)
なにせ二ヶ月も前の話だ。越前がそれを覚えていて言ったとも思えない。きっと単なる思いつきだろう。
(そんなことありえねぇよ)
桃城はベッドに寝ころんで天井を見上げた。
あの越前が、自分にそんなことを言うとは思えない。
(なんでそういう風に思うのかねぇ、俺も)
どうも最近自分は浮ついている。確かに越前は客観的に見て魅力的な男だろうが、男である自分がそわそわと浮ついてどうするんだ。
桃城は勢いをつけて身体を起きあがらせた。
テニスがしたくてたまらない。
こういうわけのわからない時は、スマッシュでもドカンと決めてすっきりとしたい。桃城はベッドの脇に転がるラケットを握ってみた。
桃城の脳裏に挑戦的な瞳が浮かぶ。そうだ、できれば相手は越前リョーマがいい。
(なんか重傷だ)
桃城はラケットをベッドに投げて、またベッドに寝ころんだ。
世界に二人、残されるとしたら―――
そんなことを考えるのはまだ先でいい。
桃城はまた浮かんできた生意気な顔を打ち消すように寝返りを打った。
王子の告白。
リョーマさんは思いついたままを話す人って印象なので、本人は「好き」とか思っていなくても、その気持ちが漏れてしまうというかそういうところがあるかもしれないなーって感じです。
桃城の方がそれに振り回されて「好き」だと思ってしまうとか。
やっぱリョ桃はいいですねーv