花火が終わると、園内にいる客は少なくなってくる。
「兄貴、二万マイルいこうぜ。今なら人が少ないからさっきと違うとこを選んで見れるかもしれねぇし」
裕太と二人で見た花火があまりにも綺麗で、周助はしばらくその余韻に浸っていた。
花火自体は特に普通の花火より綺麗だったわけではないと思う。でも、花火を見ながらまた来ようというと、裕太は頷いてくれた。今日は楽しかったとも言ってくれた。
(すごく嬉しい)
今日一日で、裕太との距離がとても近づいた気がする。
できればもっと裕太と共にどこかに行ったりしたい。もっと、もっと近づきたい。
「なあ、兄貴。このまま行けば誰もいねぇな」
見てみると、海底二万マイルに続く長い螺旋状のスロープには周助と裕太以外誰もいなかった。
「上の方に誰か来てるみたいだよ」
「急ごうぜ」
誰もいないアトラクションに乗ってみたいのだろう。裕太は周助の腕をつかんでせかした。
裕太に腕を捕まれると、周助の心臓がどきりとはねた。
(なんだ…?)
裕太の手に掴まれたところをひどく意識してしまう。
そして、楽しいいたずらを思いついた子供のような顔で乗り場へ急ぐ裕太がとてもかわいいと思った。
「海底二万マイルへようこそ。お二人ですか?」
キャストの女性の明るい声に頷く。裕太は後ろから人がくるかが気になって仕方がないようで、しきりに後ろを見ている。
「大丈夫みたいだよ」
「でも、後ろの人とまとめられそうじゃねぇか?」
裕太がキャストの女性に聞こえないようにと小声で囁いた。
「平気だと思うよ」
自分にだけ囁かれた声が、秘密を共有しているかのようで嬉しい。
「では二番へお進みください」
次の客はまだ入り口にやってこない。周助と裕太は二人きりで潜水艇の中に入った。
「よかったね」
そう言うと裕太が嬉しそうに頷いた。
扉が閉められると、狭くて暗い潜水艇の中に二人きりになる。
アトラクションを二人で独占している―――というよりも、ただ暗い場所に二人で閉じこめられているかのように感じられる。
「―――なんかさっきとずいぶん印象が違うな」
昼に乗ったときは、すべての窓を別の客が塞いでいた。でも今はすべての窓から周りの景色が見え、まるで本当に暗い海底に二人きりで潜っているような気分になる。
「そうだね」
裕太と―――自分の弟といるだけだというのに、二人きりなのだと強く意識してしまう。
そして、さっき裕太に腕を掴まれた場所が熱を持っているような気がする。
「すげぇ……。兄貴が好きだっていうのもわかるな」
歪んだガラス越しに、美しくて少しグロテスクな海底の世界が広がっている。その中を二人だけを乗せた潜水艇がゆっくりと進んでいく。
「綺麗だね」
「……」
「どうしたの?」
「なんかやっぱ変だよな」
「二人なのが?」
「っていうか……よくわかんねぇ」
もどかしいような、もう少し近づきたいような―――よくわからない緊張が自分達に訪れている気がする。
もっと近づきたい。もっと色々な話をして、共に時間を過ごしたい。
―――そう思っているのはもしかしたら自分だけではないのかもしれない。
「ねぇ裕太。また二人でどこかに行こう」
「ああ」
裕太は小さく頷いた。その様子に胸がひどくざわめく。
「メールとか、電話とかをしてもいい?」
「してくるじゃねぇか」
「そうじゃなくて、たとえば―――マロンに似た犬を見たとか、そういう話を聞きたい」
もっと裕太に近づきたい。もっと………
ガラス一面が稲妻のように蒼く光ると同時に潜水艇ががたがたと揺れ、裕太の体が周助の方に倒れた。
このままこの時間が終わらなければいいのにと思う。
「裕太―――」
ふと、裕太に好きだと言いそうになった。昔よく言っていたように、好きだよと言いたかった。
(僕は、なにを……)
子供ではないのだからそんなことを言っても仕方がない。でも、今、裕太にそう言いたいと思った。
「俺も、もっと兄貴の話を聞きたい」
あまり聞き取れないような小さな声だったけれど、裕太がぼそりとそう言った。
「電話していい?」
心臓がとくとくとうるさい。胸がざわざわとして、もっと裕太が側に来てくれたらいいのにと思った。
「ああ。かまわねぇよ。俺も―――たまにはする」
そして潜水艇はゆっくりと出口に近づき、小さな扉が開いた。