リ・バース1



「裕太」
 頬の上のあたりに、なにか優しくて暖かいものが触れた感触がした。
 少しくすぐったい―――それに、何の感触だかわからない。何だろうと不思議に思ったが、まだ寝ていたいし、不快な感触でもなかったので、裕太はそれを無視して眠り続けることにした。すると、軽く揺すられたあと、
「裕太、朝だよ」
という声が聞こえた。
(……え?)
 何か、兄の声がだったような気がする。しかも、すぐ側に兄がいるような気配がする。
 ここは裕太の住む寮で、兄がいるなんてことはありえない。しかし、この感じは絶対に兄だ。
(……寝ぼけてる?)
 裕太はかなり寝起きが悪く、実家に帰っているのに寮の部屋にいると思って飛び起きたりすることがある。もしかしてそれなのかもしれない。
(昨日は……ええと、確か、スクールに行って………ええと、水曜日だったから……実家には帰ってない、よな?)
「裕太、起きて。そろそろ支度を始めないと間に合わないよ」
「兄貴?」
 あまりにもはっきり聞こえるので、とりあえずそう呼んでみる。これでやっぱり寮の部屋にいるのだったら、かなり間抜けだ。
「おはよう、裕太。いい朝だね」
 すると兄から返事が返ってきた。ということはやっぱりここにいるのは兄なのだ。しかし、兄の声の感じがなんとなくちょっと違う。少し落ち着いている感じだし、それになんだか妙に甘ったるいような気がする。
(………ホントに、なんで兄貴がいるんだ?)
 もしかして、兄が寮の部屋にもぐりこんできたんだろうか。兄はもうすぐ関東大会の決勝で、そんなことしているヒマはないはずだが、そういうことがまったくないとも言い切れない。
 もしそうだったら、すごく嫌だ。そう思いながら裕太は思いきって目を開けてみた。裕太の目の前に、嬉しそうに笑う兄の顔があった。
「兄貴、なんでここにいるんだ?」
「なんでって聞かれても……今日の取材は裕太も行くって言ってただろ? だから裕太を待ってたんだけど……もしかして、まだあのことを気にしてるの?」
 取材? あのこと? 一体何の話だ?
「こんな朝っぱらから何してんだよ。兄貴だって学校あるだろ。早く帰れ」
 裕太がそう言うと、兄は息だけで軽く笑った。なんだか楽しそうだ。
「裕太、寝ぼけてるんだね。僕が服を選んで置くから、もう少し寝てていいよ」
 兄の顔が迫ってきて、裕太はとっさに目を閉じた。まぶたの上に少し暖かい何かが触れる。
(よくわかんねぇけど、とりあえず寝るか)
 まだ眠い裕太は、頭を謎で一杯にしたまま眠りに落ちた。


つづく