Level 1

※萌えが暴走しています。


 練習が終わり、観月と今日の自主トレのメニューの打ち合わせをしていたとき、裕太の携帯にメールが着信した。
「裕太君、メールのようですよ」
 マナーモードにしているにも関わらず、観月は裕太の携帯のその小さな音を聞き逃さなかった。後で見ればいいやと思っていた裕太は、その言葉に仕方なく観月の前でメールを確認した。
『今から一緒に打たない? テニスコートで待ってるから』
 急になんなんだ? 裕太はそのメールを何度も読み直した。そのメールは関東大会の決勝を控えている兄からのものだった。
 兄の決勝の相手は全国で何回も優勝している立海大付属で、今はその直前のはずだ。なのに、この呑気な内容のメールは何なのだろう。
「お兄さんからですか?」
「あ、はい」
 観月の声に何となく緊張してしまい、裕太は妙に高い声を出してしまった。
「不二君は元気ですか? もうすぐ関東大会の決勝でしたね」
「そう…みたいですね」
 そんなときに自分と打とうなんて、一体どうしたというのだろう。何かあったのだろうか。
「どうかしましたか?」
「いえ…あの、今日の自主トレって、休んでも大丈夫でしょうか?」
「おや。呼び出しのメールだったんですか」
 少し笑いを含みながらそう言う観月に、裕太はどう返事をしたら良いのかわからずに口ごもった。
「別に休んでも大丈夫ですよ。決勝戦の前にS1の選手がどう過ごしているのかを見る方が、君のためになるでしょう」
 観月は、来年は君がその立場に立たなくてはならないんですから、と続けた。

※   ※   ※


 裕太は兄に『行く』とだけ返信して、外出届を書くために寮の受付に向かった。
 そしていざ外出届を書こうとそれを手に取った時、裕太はあることに気づいて顔を赤らめた。
(あいつと会うの、あのとき以来だ…)
 二週間前家に帰ったとき、裕太と兄は本物の恋人同士になった。
 好きだと言われながら朝まで愛されて、次の日はしばらく自分の体が自分のものでないような気がした。
(今日ってどうするんだろ)
 また抱かれんのかな。裕太はそんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくて、一人で赤くなってしまった。
 会うのは二週間ぶりだし、この前初めてしたばっかりだし、普通の恋人同士だったら必ず…というタイミングだ。
 でも、兄のメールにはテニスをしようと書いてあっただけだった。
 外出に丸をするのか、外泊に丸をするのか。裕太は小さな紙を前にしばらく悩んだ。まさか兄にどうするつもりなのか聞くわけにもいかないし、どうしたら良いのだろう。
(決勝戦前なんだし、そんなことしてる余裕なんかねぇよな)
 でも一応恋人同士なんだし、しかも二週間もおあずけを喰わせてるし、兄はそれを期待しているのかもしれない。
 裕太はその文字を見ないようにしながら、『外泊』に丸をつける。恐ろしく恥ずかしかった。


※   ※   ※

 
 夕暮れ時のテニスコートのベンチに、着替えた兄が座っていた。クラブハウスで着替えた裕太が隣に座ると、兄はとても嬉しそうに笑った。なにせこの前恋人になったばかりだから、裕太は気恥ずかしくなって、兄から目をそらした。

 兄がラリーをしたいと言うので、ただゆっくりと打ち合う。兄は完璧なコントロールで、裕太の打ちやすい球を打ってくる。そういえば昔からこうだった。そう思いながら、裕太はラリーを続けた。こうやって打っていると、ただ打ち合っているだけなのに、気持ちが通じ合っているような気がする。
 そうやって打ち合いながら、裕太はなぜ兄が今の時期に自分を呼びだしたのかを理解した。兄の打球は完璧だが、初めのうちは少しだけ強く、きつかった。それが打ち合ううちにだんだん柔らかいものに変わってきた。兄はきっと、決勝を前にはやる気持ちを落ち着けたかったのだ。
 やっぱり兄は一流のプレーヤーだ。
 裕太は今日はどうするのだろうとか、変なことを考えてしまった自分を恥じた。
「どうかした?」
 裕太の打球を掴んだ兄が、裕太のコートに入ってくる。
「なんでもねぇ」
 一応、同じ場所に打ち返していたはずだが、兄には裕太がラリーに集中してないとわかったらしい。ラリーの相手がこんなんじゃ、兄の調子を崩してしまう。裕太は気持ちを切り替えなくてはいけないと思った。
「自分のコートに戻れよ」
「もう夕ご飯だよ。母さんもはりきってたし、うちで食べるよね?」
 裕太は自分がふがいなく感じて、今すぐ寮に帰りたくなったが、今帰っても夕飯はないし、ご馳走を用意しているらしい母をがっかりさせるのも悪い。
 裕太は仕方なく兄と共に自宅へ戻った。

※   ※   ※


 「今日は泊まっていかないの?」
 デザートを待っているとき、兄がそう聞いてきた。
 突然のことに裕太は答えられず、聞こえなかった振りをしてお茶を飲んだ。でも知らぬ間に顔が赤くなってしまう。
「よかった」
「なにがだよ」
「裕太が何もわかってなかったら、さすがにかわいそうかなって思ってたから」
 兄はにっこりと笑った。
(うわぁ………)
 やっぱり今日、自分はされてしまうらしい。目の前の兄に、またあんなことをされてしまうのだ。
「外泊届け、だしてきた?」
(そんなこと聞くなー!)
 兄はとても嬉しそうに目を細めている。かなり性格が悪い。
「てめぇもうすぐ決勝だろ!」
「うん。初めは単に裕太とラリーをしたかっただけだったんだけど、裕太からの返事を見たら、この前のこと色々思い出しちゃって」
「あら、何の話?」
 とんでもない話をしている最中に、母がデザートを裕太達の前においた。
「内緒」
「まあ」
 母は微笑んで食器を片づけ始めた。
「てめぇ…」
 兄からは母の動きが見えていたはずだ。母にばれることはないだろうが、心臓が止まるかと思った。
「で、裕太の顔を見たら帰す気がなくなっちゃった」
 兄は裕太の抗議を気にせずに話を続けた。わかりにくいのだが、どうやら兄は浮かれているらしい。
 兄はにこにこと裕太を見ている。裕太はその笑顔に負け、小さな声で「出してきた」と言った。何を出してきたのかは言いたくない。出したと言うだけで精一杯だ。
「今日、裕太泊まっていくって!」
 兄は台所にいる母に弾んだ声でそう告げた。
(やめろバカー!)
 裕太は心の中で叫んだ。

※   ※   ※


 次の日の昼休み、食堂で食べる裕太の前に、いつものように観月が座った。待ち合わせているわけではないのだが、裕太の前には誰も座らろうとしないし、観月は毎日そこに座ってくるのだ。
「不二周助はどうでした?」
「え?」
 裕太は思わず昨日の兄の様子を思いだしてしまい、思いっきり固まった。
 観月はそんな裕太を見て、大きなため息をつく。
「別にいいです。わかりましたから」
 裕太は、昨日観月に決勝前の選手の様子を見てこいと言われていたことを思い出し、あわてて何か言おうとした。
「ええと、あの、メンタル面が大事っていうか、あの………」
「もうわかりましたから別にいいです」
 観月はまた大げさなため息をついた。
(まさか、まさか…!)
 裕太はパニックに陥った。
「いつまでそうしているんですか、裕太。早く行きますよ。君はまだ朝練の分のメニューをこなしていないでしょう」
 そうだ。自分も兄のように一流の選手にならなくてはいけない。とりあえず今のことはしばらく忘れることにして、裕太は観月の後をおった。


 

 

 アニメの『立海大を食え!』ネタでMさんと萌え萌えチャットをした時に出した「もしあのとき裕太が、一回だけ経験済みだったら、外泊届けを出すのもドキドキでしょうね〜」という話で一本書いてみました。Mさん、おつきあいありがとうございました!

 とにかく『立海大を食え!』は萌え萌えでした! 
 夕暮れのテニスコートに突然呼び出されたけれど、その理由がわからない裕太。そんな裕太に「ただ打ちたくなったんだよ。理由なんている?」 と天才。それは兄弟の会話じゃないから! 「なんで俺なんかと会いたいなんて言うんですか、先輩。俺なんかじゃ先輩には釣り合わない…」「ただ君と会いたくなっただけよ、理由なんている?」みたいな雰囲気でしたから(笑)! 恋愛になる寸前(お互いそれがわかっている)っていうムードでしたから! 少女マンガを見ているようで気恥ずかしくなっちゃったよ(笑) 

 あとは、せっかくのタカさんの板前デビューなのに、立海大のビデオのせいで妙な雰囲気になってしまった…というところを、一石二鳥な妙案(タカさんに握ってもらったわさび寿司で気合いをいれる)で救った大石!男前!  とか、南次郎の肌だしセクシーショットがすごかった!とか、あんなにラブラブだった杏ちゃんを振って海堂に走る桃ってどうよとか、全員の為にさしだした橘さんの手を、一人で(両手で)握りしめて泣き出しそうな神尾がラブリーとか、言いたいことは色々あるのですが、やっぱり全員が立海戦に向け血気盛んになっているところで、「裕太と会いたいな…裕太いるかな…」みたいな表情で携帯を見ている不二とか、「久しぶりに打ちたくなったんだ……(タメ)…裕太とね」な不二とかにくるくると回ってしまう心は止められないのでした。兄との実力差を素直に認めている裕太も萌でした!卑屈なわけではなく、単に今の実力はそんな感じという淡々とした声で!つーか、ここはちょっと間違えると卑屈に聞こえる場面ですが、卑屈にならないように演技してくれた富田さんに大感謝!