もうすぐなつやすみ




 去年の夏休みは裕太は僕のことが嫌いで仕方がなくて、まだ同じ家には住んでいたけれど、ほとんど会うこともなかった。僕は部活に打ち込むしかなかったし、裕太はスクールに行ったり、友達の家に行っていたり………とにかくほとんど会わなかった。

 今年の夏休み。裕太と同じ家に住んではいないけれど、もう裕太は僕のことをそれほど嫌ってはいなくて、しかもルドルフの寮がお休みになって、観月なんかが帰省して部活もお休みになるらしいから、裕太は二週間丸々家にいる。

「裕太、どこか旅行でもいこうか?」
 僕はそれがとても嬉しくて、近頃毎日裕太に電話をかけていた。
『旅行ならいくだろ』
 なにワケわかんねぇこと言ってんだバカ兄貴。そんな心の声が聞こえてきそうだ。
「うん、楽しみだね」
 毎年恒例の家族旅行。 去年は裕太が僕を無視していて、ちょっと殺伐としていたけれど、今年はそうじゃない。
『じゃ、切るからな。いちいち電話してくんなよ』
「そうじゃなくて、二人でどこか行こうかって言ってるんだよ」
『はあ? 何しに?』
「何しにって、旅行なんだから旅行だよ。新しいカメラも買ったから撮影したいし」
『一人でいけよ。あ、友達といけばいいだろ』
「裕太と一緒に行きたいんだ」
 せっかく二週間水入らずなのに、なんで友達とどこかに行ったりしなきゃいけないんだろう。
『旅行ぅ? どこだよ』
 あ、裕太考えてくれてるね。色々変わっても、裕太はもともと真面目で優しい子だから。
「そうだな、どこか高原とか―――」
 高山植物とか撮りたいし、涼しいところがいいよね。
『あっ』
 海は家族で行くし、どこか湖とか山とかがあるところがいいかな。
「どうしたの、裕太」
『行かねぇ』
「突然どうしたの?」
『普通行かないだろ』
 ごめん、裕太。何を言ってるんだかまったくわからないよ。
『中学にもなって、兄弟で旅行なんかしないだろ』
 一瞬ですっと楽しい気持ちがひいてゆくのがわかった。 どうしてこんなことを言うのかな、裕太は。
「それは関係ないと思うよ」
 声のトーンも低くなる。
『関係あるだろ』
 裕太の声は変わらない。 長年一緒にいるからだろう、裕太は僕が不機嫌になっても態度をほとんど変えない。
「関係ないよ。行きたいんならいいと思うけど」
『別に行きたくねぇし』
 確かにね、僕の回りで兄弟だけで旅行したなんて話を聞いたことはない。年が離れているならともかく、年子ならなおさらだ。
「兄弟じゃないならいいの?」
『いいんじゃねぇ。友達といけよ。河村さんとか英二さんとか………』
 そういう意味じゃないんだけど。
「裕太は友達じゃないの?」
『友達?! なに言ってんだバカ兄貴!』
「だって友達なら一緒に旅行に行ってくれるんでしょ?」
 電話越しに深いため息が聞こえてきた。僕も別に深い意味があって言っているわけじゃない。ただ、裕太を少し困らせたかっただけ。
『どこ行くんだよ』
 裕太はあきらめたらしく、そう聞いてきた。こうだからつい困らせちゃうんだ。悪い癖だとは思うけれど。
「まだ考えてないよ。どこか高原とか」
『日帰り!』
「え?」
『旅行じゃねぇからな! 遊びに行くだけだから』
 照れているのだろう。ぶっきらぼうに吐き捨てる裕太が可愛くて仕方がない。
「うん。じゃあ遊びに行こう。調べておくね」
 疲れたら泊まってもいいしね、というと、絶対泊まらねぇ!と返してきた。一応、兄弟で旅行なんかしないという一線は守るつもりらしい。無駄だとは思うけど。

 昨日は夏休みの間、練習を一緒にする約束をした。裕太はやっぱり兄弟がどうのこうのとか恥ずかしいとか、しまいには兄貴は敵の学校だがらダメだとかなんとか言っていたので、燕返しの打ち方を教えてあげるよと言ったら黙った。
 本当に教えてあげたらこの手が使えなくなるから、教えてあげはしないけど、見たいのならいくらでも見せてあげようと思う。

 明日は学校帰りに日帰り旅行のガイドを見て、できれば疲れたとき泊りたくなるような場所を選んで電話をしよう。君はきっと途中で気づくだろうけど、ここらへんで一度泊まりで旅行に行っておかないと、ますます兄弟で旅行なんておかしいとか言い出すだろうから。そんなことを言い出さないように、僕たちは二人でいるのが当たり前なんだって事を、裕太にわからせなきゃいけないな。

 とにかくもうすぐ夏休みだ。裕太のいる夏休み。裕太がいなかったのはたった一回だけなのに、まるで初めて一緒に夏休みを過ごすかのようにとても嬉しい。

 早く帰っておいで、裕太。僕はずっと待ってるよ。


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  


 初周裕〜♪ 周裕というより兄弟ですけど。
 本当はもうちょっと暗かったのですが、せっかくなので夏休みらしく、明るめに。
 いいよな、金持ちは、中学生で急に泊まろうと思って泊まれるんだから!という話(笑) 兄弟だからこそ許される技ですね。