全国大会が目前に迫ったある日、僕は弟の裕太にメールを入れた。
『今日か明日、スクールの後に少し時間ある?』
そう送ると少しして裕太からメールが返ってきた。
『あるけど…』
短い文面から困惑している様子が伝わってくる。これはある程度までの用事だったら無条件でつきあうよっていう意味だよね。
用件を小出しにするのは卑怯だってわかってるけど、裕太の反応が楽しくてなかなかやめられない。
『ちょっとうちに寄れない?』
『時間平気なのか?』
『今はそんなに練習してないから大丈夫。裕太の都合のいい時間に合わせるよ』
『じゃあ今日寄る』
裕太の返事がいつもより早い。裕太の中で僕とのやりとりは最優先事項になっているって感じだ。
実際のところ青学の雰囲気はいつも通りで、裕太が気を遣うほどピリピリしたりしてないんだけど。
(でもなんか嬉しいよね)
メールの速度で相手の気持ちを測る女子の気持ちが少しわかる気がした。
× × ×
「で、なんなんだよ」
「たいした用じゃないんだけどね」
自宅のダイニングテーブルで裕太がジュースを飲んでいる。
久しぶりですごく嬉しいんだけど、全国大会の前で大変な兄に呼ばれてやってきましたという変な緊張が裕太の全身から漂ってきてる気がする。
「本当にたいした用じゃないんだよ」
僕はあわててそう言った。
本当は裕太が家に帰ってきた時についでにって感じが一番なんだけど、裕太は自分が帰ると僕に迷惑がかかるとか思ってるみたいで、関東大会ぐらいから全く帰ってきてくれなくなってしまったのだ。
「だからなんなんだよ」
「ちょっと僕の部屋に来てくれるかな?」
そう言うと、裕太はわけのわからなそうな顔で僕の後をついてきた。
× × ×
僕がドアを開けたとたん、裕太はそれに気づいた。
「おい、あれ………」
「ああ。そうだよ」
裕太が指さした先には花をつけたサボテンがある。地味で小さな花だけど、よく見るととてもかわいらしい花だ。
「普通のサボテンだったのに、花なんて咲くんだな」
「ごめんね。三日ぐらいで終わるらしいから」
「………って、もしかしてこれで呼んだのか」
「だからごめん」
そのサボテンは裕太が昔、僕の誕生日にくれたものだった。
去年にはこのサボテンは花を咲かせることができるぐらいには成長していた。
でも、僕はどうしてもそのきっかけを与えることができなかった。
花が咲いても裕太に見せることはできない。去年の僕にはそれがわかっていたから。
「別にいいけど。兄貴の顔も見たかったし」
さらっとそう言われて、一瞬思考が止まった。
僕の顔が見たかった?
「嬉しいよ」
「そういう意味じゃねぇよ」
裕太は赤くなって否定した。
そういう意味って。裕太、それじゃ余計誤解するよ。
でも裕太は自分の言葉の意味になんて全然気づいてないようで、さっさとサボテンの所に歩いて行った。
「写真でも撮っとくか」
裕太は携帯を取り出してサボテンの花を撮影しはじめた。
「裕太、こっち向いて」
僕はすごく嬉しくなって、近くにあったカメラを手に取った。
「何すんだバカ」
裕太がこっちを向いた瞬間にシャッターを押す。
いかにも盗み撮りって感じの写真になってそうだけど、すごく嬉しい。
どんな風に撮れただろう。画像を確認しようかと思ったら裕太に手招きをされた。
「こっちこい」
「え?」
「写真撮るからそこに立て」
「写真………?」
「カメラ」
裕太が手を伸ばすので、僕は手にしていたカメラを渡した。
「もうちょっと左」
どうやら裕太が僕とサボテンの記念撮影をしてくれるようだ。
自分の写真なんていらないけど、裕太がわざわざ撮ってくれるならすごく嬉しい。
それに、裕太がカメラ持ってるのってなんかかわいいんだよね。
裕太は完全左利きなんだけど、カメラはどうしても右手で操作しなきゃいけないから、すごくぎこちない感じになるんだ。
「撮るぞ」
そう言って裕太がぎこちなくシャッターを押した。
「もう少しマシな顔しろよ」
裕太のあきれたような声がきこえる。
でも裕太がくれたサボテンに花が咲いて、裕太が目の前にいて、まともな顔なんて出来るわけない。
「ごめんね。嬉しくて」
「………ったく」
裕太はぶつぶつと何か文句を言ったけれど、頬が少し赤くなっていた。本当に可愛い。
来年、またこのサボテンに花が咲いたとき、裕太と一緒に見れたらいい。僕は心からそう思った。
というわけで原作の318話の扉絵ネタのお話です。
窓辺で微笑んでいる周助さんの横に花をつけたサボテンがあるという扉絵ですが、これがなんだかいろいろと不思議な絵なのです。
まず周助さんの微笑み方が普段と違う。糸目で微笑んでいるんですが、いつもの糸目がどっちかっていうと作り笑い的なのに対して、この扉絵のは本気の微笑みっぽいです。原作で登場した不二のなかで、一番の微笑み方といっていいほどの微笑みぶりです。
しかし!その反面口は結構緊張してるのです。目はものすごく微笑んでるのに口は緊張。で、カメラ目線。まあこれは写真だよねーと思うわけです(誰が撮ったのかはわからない。セルフかもしれない)
当時の自分の感想を読み返すと、これは裕太が撮ったかもと書いてありましたが、今あらためてじっくりと見返してもやっぱり裕太な気がします。
たしかその後、不二が撮ったっぽいかっこつけた青学レギュラー写真8人(不二はいない)の扉絵があったんですが、そっちはシチュエーションとか凝ってるし、目線もわざと外している写真で、まあ不二が撮ったんでしょ、おしゃれ系ねみたいな写真(←おい)でした。
それに対応する不二の写真がこの写真なのですが、ほかの8人の写真がプロが撮ったっぽいのに対してこっちはあまりにも素人っぽい写真です。もろカメラ目線の記念写真だし。
由美子とか淑子とかの可能性も結構あると思うんですよ。やたら嬉しそうな笑顔なのはサボテンの花のせいで、サボテンの花が咲きました写メとかいう設定でもありかもしれないなーと思います(当然送信相手は裕太で。っていうか書いてて写メもありかと思えてきました。ちょっと離れてる人への写メっていう感じもする)。
まあどっちにせよ裕太関連だとは思うのです。
私自身、当時この扉絵(と周助さんがいきなり技を連発しだした本編)から裕太登場の気配を感じ取り、新刊を落とした(そして気配に関しては大当たりだった)という経験をしているので、なんか気配が出てたのは確実。裕太が三年以上出て無くてまあもう出ないよねみたいな時期だったのに、この号でいきなり何か受信したのでものすごい衝撃でした(笑)
でもまさかあんな登場だとは思っていなくて、サボテンに花が咲いた→裕太が成長したことの暗喩?と思って、もしかして試合中に回想とか入って、成長したからお互い別々の道に進むけど僕はそれを見守るよみたいな話になるじゃ?!と思ったわけです。まあ普通そういう展開になるよね。普通の兄弟なら(笑)
それはそれでおいしい展開ではありますが、個人的には今の二人の方が好きです。先生に感謝。
それは置いといて、実際この扉絵の次の週に裕太が来てますので、この扉絵が裕太の気配だったのは本当だと思います。裕太が応援に来るのが当然っぽい今説明するのは難しいですが、当時は本当にまさか来るなんて思ってなかったのに急に裕太の気配がしたので(笑)
そういえば実は裕太は前回の登場の時(氷帝戦)にも扉絵で前触れがあったのです(周助が裕太を微笑んでみている扉。そういやあの微笑みも本物っぽい微笑みだった)。佐倉は裕太のことにしか気づきませんが、実は他のキャラとかも再登場前触れとかあるのかもしれません。先生つくづくすごい。
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