いちご記念日



「どうしても無理?」
「無理っていうか……あんま意味ないし」
「意味なくなんてないよ。だって誕生日だよ。去年だって一昨年だって家にいなかったじゃないか」
「だから今年だって別にいいだろ」
「だから、って……」
 僕は一瞬呆気にとられてしまった。裕太のいない裕太の誕生日に、僕がどんな思いで家にいたと思っているのだろう。
「平日に帰れるわけねぇだろ」
「その日はスクールなんだから、家までそんな遠くないじゃないか」
「誕生日なんかで家に帰れるかよ」
 裕太の言うこともわかる。寮生が誕生日だから家に帰ることなんてないだろう。
「今年は帰ってきてくれるかと思ったのに…」
 そういう事情はわかるけれど、僕は今年こそは裕太の誕生日を祝うことができると思っていたのだ。
 裕太が生まれてきてくれた日を祝い、おめでとうと言いたい。せっかくの日を、寮で観月あたりにおめでとうと言われるのがせいぜいのありふれた一日として過ごしてほしくない。
「だから別に関係ねぇだろ…………だからっ、月末には帰るし!」
「月末?まだ全然先じゃないか」
「だからっ!」
 裕太は照れているのを隠す時のように変に語尾を荒らげている。なんなんだろうと思ってカレンダーを見ると、今月の最後の日曜は僕の四年の一度の誕生日だった。
 すごく嬉しいんだけど、いや、裕太が照れてるのも含めてものすごく嬉しいんだけど、自分の誕生日より裕太の誕生日の方が僕にとっては大切だ。
「ありがとう。ねぇ裕太、じゃあ僕の誕生日プレゼントに裕太の誕生日をくれない?」
「べ、別にてめえの誕生日とかで帰るんじゃねぇし!って……、てめぇの誕生日プレゼントがなんだって?」
「だから裕太の誕生日に帰ってきてくれるのが一番のプレゼントなんだけど」
「しつこいんだよ」
「だって、裕太この前の土曜、帰ってくるって言ってたのに、急にやめたじゃないか」
「それは……」
「せっかく裕太の好きそうなチョコレートを買っておいたのに」
「チョコレート?」
「週末帰ってくるかと思って買っておいたんだ」
「なんで兄貴が?」
 裕太はまったくわかってません、って声で聞き返してきた。
「だって、僕たち恋人同士だろ」
「えっ?だから……」
 不自然な沈黙が流れた。
「裕太、『えっ?』って何? 恋人じゃないって事?」
「そうじゃなくて、だから……」
 裕太は何で急に口ごもってるんだろう。僕がチョコを買ったって話だったよね。
「ああ!」
 裕太の言いたいことに気づいて、僕は思わず声を発してしまった。
 つまり裕太はチョコを買うべきなのは自分だと思っていたんだ。
(で、それに気づいて、急に土曜に帰ってくるのをやめたんだな)
 土曜はバレンタインデーだった。僕は何も考えず、大好きな裕太に贈るチョコを買ったのだが、裕太はその日がバレンタインだと気づき、自分が僕にチョコを買わなくてはいけないんだと思って、それが嫌で帰ってくるのをやめたのだ。
「なんだよ」
「いや、バレンタインなんて贈りたい方が贈ればいいんじゃない?」
 裕太はそんなこと何も言ってねぇとかもごもごと言っていた。本当に僕の恋人はなんてかわいいんだろう。
「そんなことより、十八日だよ。裕太が帰ってこないんだったら、会いに行くから」
「え、こなくていいよ」
「裕太」
 僕は少し声を低くした。
「………少しだけな」
「じゃあスクールが終わる頃行くね」
 裕太はしぶしぶ承知してくれた。よかった、これで三年ぶりに裕太の誕生日を祝うことが出来る。


「裕太君、君のお客さんが来てますよ」
 裕太の誕生日の夜。寒くて下を向いていたら、僕が裕太に気づくよりも先に嫌なやつに見つかってしまった。
「裕太、誕生日おめでとう」
「不二君……。まあ今日はいいでしょう。僕は先に帰ってますから、あまり遅くならないように」
 そう言って観月はすたすたと去っていった。
「兄貴、いいかげん観月さんに妙な態度とるのやめろよな」
「だって、まずおめでとうって言いたかっただけだよ。裕太、おめでとう」
「……ありがと」
 裕太は照れてちょっと下を向いてしまった。やっぱり会いに来てよかった。
「これ、プレゼント。あとこっちはチョコレートだから」
「ありがと」
「ちょっと時間ある?」
「……ちょっとなら」
 真っ赤になってしまった裕太を連れて、僕は駅前の喫茶店に入った。ケーキがメインの喫茶店で、ちょうどいちごフェアをやっていた。

 いちごのショートケーキを前にした裕太を見て、僕が小さくバースディソングを歌おうとすると、
「絶対歌うな」
と釘をさされた。なんだ。せっかくだから歌いたかったのに。
「じゃあ歌うのは止めるよ。でもおめでとうは言わせて?」
「何遍も言ってるだろ」
「おめでとう裕太。裕太が生まれてきてくれて、僕は本当に嬉しいよ」
「あ、ありがと」
 裕太が嬉しそうにショートケーキを食べてる前で、僕はアップルパイを食べた。うん、かなりおいしい。きっと裕太のショートケーキもおいしいだろう。よかった。
「…なんかさ」
「ん?」
 そろそろお互いに食べ終わる頃、裕太がそう言った。
「やっぱあれだよな」
 裕太はフォークで最後の一切れをつつきながら、何かを話そうとしている。
「なんっていうか……やっぱ、誕生日って気がした」
「え?」
「だから……今日って俺の誕生日だったんだなって……。観月さんからプレゼントもらったりもしたんだけど、やっぱ……。なんかうまく言えねぇ」
 裕太はそれだけ言うと、ごまかすように紅茶を飲んだ。
 やっぱり観月にもらってるんだね。そうは思ったけど、今日は言わないでおこう。
「裕太にそう言ってもらえると一番嬉しいよ。僕のわがままにつきあわせちゃったから悪かったかなって思ってたし」
 裕太の門限が迫っているので、僕たちはケーキを食べ終わるとすぐに喫茶店を出た。
 すぐに駅に向かおうとする裕太を自販機の陰に引き寄せて、かすめるだけの口づけをした。
「おめでとう」
「何回言や気が済むんだよ」
「家族モードの誕生日で終わってもいいなと思ったんだけどね」
 僕はそう言ってもういちど裕太に口づけた。
「……ばか」
「そうだね」
「……兄貴の誕生日には帰るから」
 裕太は赤くなりながらもそう言ってくれた。
「楽しみにしてるよ」
 そう言って僕は甘いケーキの香りの残る裕太の唇をもう一度味わった。


 

 


 裕太誕生日おめでとう♪
 というわけでお誕生日ネタです。兄の誕生日に合わせたので、裕太十五歳の誕生日になりました。ラブラブで恥ずかしい感じです(笑)