俺には昔、好きで好きでたまらなかった人がいた。
その人が本当に好きだったので、何も言い出すことが出来ず、そばにいたら好きだという気持ちが伝わってしまいそうだから、目をそらして避けたりして、そんなことをしていたら、その人と疎遠になってしまって、そしてその人はそのまま地元に帰ってしまって、それでも俺はその人がずっと好きだった。
そんなわけで、俺は大学に入って暫くして、その人と同じような話し方をする男に簡単にひっかかってしまい、何をどうしたらいいのかわからずに、盲目的にその男の言うことをなんでも聞いていたら、いつのまにかぼろぼろになっていた。
色々ひどいことをされたせいで、最後には何をしてもすぐに疲れるようになって、俺はその男に捨てられた。
そんな俺を拾ってくれたのは、既にプロになって活躍していた兄で、俺は今、サボテンの世話係という名目で兄にやとわれ、兄の家に住んでいる。といっても、兄貴が日本にいる間は、兄貴がサボテンの世話をするし、俺のための食材も買い込んでくれる。そんなんで金をもらうわけにもいかないので、そう言うと、「税金対策だから」と言われて、その話は終わった。
俺があの男にひっかかって音信不通だったときから、俺は兄の個人会社の役員だったらしいし、もらっている金は、俺よりさらに兄貴のために働いてはいない姉よりも全然少ないらしいので、サボテンうんぬんは本当は関係がないのだ。
「裕太、僕は二十三日に帰ってくるから。冷蔵庫に色々入れておいたから、ゆっくりしてるんだよ」
「ああ」
早朝、兄が海外に発ち、その後、兄の部屋を掃除したり、色々と洗濯したりしていたら、また疲れてしまい、俺はリビングに寝ころんで、本人がいる前では見られない兄の試合のビデオを見た。
うとうとしたり、ビデオを見たりしていたら昼になったので、大きめの冷凍庫に詰め込まれている冷凍食品の一つを解凍して食べる。
昼食を終え、洗濯物を取り込んで、今日水をあげる分のサボテンに霧吹きで水をやったら、今日の仕事は終わりだ。サボテンの水やりなんて適当でいいような気がするが、このサボテンは十日に一度だとか、これは水曜日にとか兄貴はいろいろとうるさい。
またソファに寝ころんでテレビを見ていると、電話が鳴った。
「はい、不二ですが」
「裕太君ですか?」
受話器から聞こえてきたのは、間違いなく、俺がずっと好きだったあの人の声だった。
「観月…さん?」
「裕太君のご実家に電話を掛けたら、こちらだと言われたので。今、時間はありますか?」
「はい。あります」
俺が勢いこんでそう返事をすると、観月さんは変わらぬ笑い声で笑って、彼の近況を話し出した。
「で、東京に行くので、久しぶりに裕太君に会えないかと思ったんです」
「はいぜひ。俺も会いたいです。いつでしょうか?」
「急ですが、明日、暇はありますか?」
今は大学も休学しているし、暇だけはたっぷりとある。
外に出たらまた熱を出してしまうだろうが、兄のいない今ならばバレる事はないだろう。そう思って「とても暇です」と言うと、観月さんは笑って待ち合わせの場所を指定し、電話は終わった。
明日になれば観月さんと会える。俺はうれしいのと緊張するのとで、気持ちが落ち着かなかった。
落ち着かずに服を出し入れしていたりしていたら、既に熱が出始めてきて、俺は半分以上壊れてしまっている自分の身体を呪った。静養していれば治っていくはずなのに、治りが遅い。さすがに二年も休学すると就職に差し支えるので、来年には復学したいのだが、このままでは来年も難しいかもしれない。
そんなことを考えていたとき、また電話が鳴った。
「はい、不二です」
「…裕太?」
観月さんからの連絡かと思って、ばたばたと出たら、兄貴だった。時計を見ると、ちょうど到着予定時刻だった。
「ついたのか」
「裕太、何かあった? 声がおかしいけど」
「別に。それより飛行機どうだった?」
「少し揺れたけど平気。裕太、熱あるだろう」
「ねぇよ」
「隠しても分かるよ。息が浅い。なんか無理したんだろ。今日はもう寝た方がいい」
「わかった、寝る。てめぇも早く寝ろよ」
「こっちはまだ昼だよ」
そういえばそうだった。
「何があったんだか知らないけど………」
また兄貴の小言が始まりそうだったので、俺はあわてて
「電話代高いんだから、切るぞ」
と言った。
「高くはないけどね。薬は飲まないで、しばらくゆっくり休むんだよ。じゃあ、お休み」
兄貴は、俺が切りたがってるというのは分かっているらしく、いつものようにグダグダと言うことはなく、さっさと切ってくれた。ただ声は明るいが、機嫌はとても悪いようだった。兄貴は異常に察しがいいので、これ以上ぼろをださないように気をつけなければいけない。
熱が出ている状態で観月さんと会うのはイヤだから、よくないとは分かっているけど薬を飲んで寝ることにした。明日になれば観月さんと会える。そう思いながら。
兄弟らしく。
まぁこういう話は兄弟じゃないとできないかなぁという話ですね。友人なら離れて終わりだろう、この場合(笑)
しかし続きがあるとしたら(一応、最後のへんまで考えてはあるんですが)周裕なので、周裕コーナーに。いや、周裕にならなかったとしても兄弟コーナーには入れられない(笑)