家に帰ると、いつものように兄が部屋にやってきた。
「ねー、裕太」
ごろごろと甘える猫のような声。
一体何が楽しいのだか、兄貴は俺の名前を呼ぶのが好きなようで、意味もなくゆうたゆうたとうるさい。
「ずーっと思ってたんだけど、どうして裕太はボクのこと抱きたくならないの?」
「ハァ?!」
ベッドに寄りかかっている俺に手を伸ばし、兄貴がのぞき込んでくる。
「こう言うのもなんだけど、ボクって結構かわいいと思うんだ」
そんなことを言いながら、触れるか触れないかギリギリのところで指を這わせるような兄貴を、誰かどっかに連れ去ってくれ。
「裕太、こうやってボクに触られるの好きだよね。なのになんで抱きたくならないの? そんなに魅力ないかな、ボク」
そう言いながら、兄貴はにっこりと笑った。演技しているのだろう、どきりとするような女っぽい笑い方だ。
「裕太、いつも気持ちよさそうにしてるから、ボクも裕太にしてもらったら気持ちいいのかなぁって、近頃考えるんだよね」
「つーかてめぇどっか消えろ」
とりあえず、俺は尻にひいた枕を抱え込んだ。防具にしては頼りないが、近くにこれしかないから仕方がない。
「ボクってそんなに魅力ない?」
兄貴は俺のベッドにあがって、じりじりとにじり寄ってくる。
なんだか女に迫られているようで、俺は少しでもこのバカ兄から逃げようとしたが、なにせ初めから壁によりかかっていたので逃げ場がない。
兄貴は意味ありげに笑ったかと思うと、俺の左手を掴み、自分のシャツの胸元に入れた。
「うわぁ!」
「うわぁって、そんな驚き方するかな、普通」
無理矢理兄の肌を触らされた手を、俺は必死に振った。
「そんな汚いもの触ったみたいにすることないんじゃない…?」
「そういうわけじゃねぇ…けど」
まずい。兄貴が怖い。
「裕太はお兄ちゃんかわいいなとか、美人だなとか思わないわけ?」
「思わない」
「抱きたいとは?」
「まったく思わない」
「抱かれる方がいい?」
「なワケねーだろ。とりあえずてめぇ部屋からでてけ」
真っ昼間から一体何の話をしてるんだ、このバカ兄貴は。
「ボクもね、このまま裕太が童貞じゃかわいそうだなとは思うんだよ」
「てめぇには関係ねぇ」
「だからボクがもらってあげようかなーって。いつもさせてもらうばっかじゃ悪いからね」
にっこりと微笑んだ兄貴は、本当に女のようだった。とにかくどっかに消えてくれ。
「そんなの自分でどうにか………っつ!」
兄貴は突然俺の急所を掴んだ。
「裕太。もう一度言ってごらん?」
一応、これでも兄貴とは恋人同士ということになっているらしいので、今のは失言だったかもしれない。
でも、やっぱり男としては、かわいい女の子とどうこうという夢は捨てたくない。
「やっぱり裕太はボクに抱かれる方が好きなんだね。寂しいけど仕方がないな」
兄貴はそこから手を離し、少ししおれたように言った。
「いや、そういうわけじゃ………」
「近頃ときどきかわいいとか言われてたから、いい気になってたけど、裕太がそんなに抱かれるのが好きなら仕方がないよね」
って、誰だ? こんなバカにかわいいとか言ったヤツは。
「全然好きじゃねぇから!」
「ボクも裕太を抱くのは大好きだけど、このまま裕太が男として生きていけなくなったらどうしようって、お兄ちゃん心配してるんだよ?」
逃げたい。すごく逃げたい。なんで帰ってきて早々、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「もしかして裕太、抱かれなきゃたたないの?」
「おい」
さすがに頭にきた。
「なあに?」
「わかった。やってやる。俺がいつもどんなに厭なのか思い知らせてやるよ」
俺はそう言いながら兄貴を押し倒した。
兄貴の茶色い髪が俺のベッドに広がっている。
いつもと違う確度で見る兄貴は、まるで女みたいだった。
俺は兄貴のシャツのボタンを一つ外した。
女みたいに白い肌だ。
っていうか、これは………
「気持ち悪りぃ………」
「なに、それ」
兄貴が女みたいに見えた。何というか、めちゃめちゃ気持ち悪い。
何があっても絶対これ以上は進みたくないという気分になって、俺は兄貴のボタンを絞めた。
「裕太?」
「無理」
「まぁ仕方がないね」
そう言いながら兄貴は起きあがった。もう女っぽくは見えない。
たぶん、さっきまではお得意の演技力で、女らしく見せていたのだと思う。
「何で気持ちわるいの?」
「てめぇ変なことすんなよな。女みたいに見えたぞ、一瞬」
「そりゃあ、がんばったからね。でも、裕太ってもしかしてホモ?」
「なわけねぇだろ」
さんざん人を抱いているような男に言われたくねぇ。
俺たちはベッドの上で、二人揃ってため息をついた。
なんとなく雰囲気が反省会じみている。こういうとき、俺の恋人というか、まぁそういう人間は、俺の兄貴なんだよなぁと思う。さすがに他人ではここで反省会モードには突入しないだろう。
「別に抱かれなきゃダメってわけじゃないんだよね?」
「てめぇそれやめろよ。んなわけねぇから」
「じゃあボクが厭ってことなのかな」
「それに近い」
「ちゃんと言ってくれないとわからないよ」
「兄貴が女みたいに見えたのが気持ち悪い」
俺にとって、やっぱり兄貴は兄貴だから、ああいうのは気持ちが悪いのだ。
「でも、こういうボクのままだったら、裕太は抱きたくならない」
「当たり前だろ」
「じゃあ当分先だね」
「だろうな」
一応、俺はこいつの恋人らしいので、返事はしたくなかったが答えてやった。
兄貴は嬉しそうに笑い、いつでもいいよ待ってるからと言った。
「でもボクもね、ちょっと無理かなって思った」
「なにがだよ」
「裕太に会うまでは、裕太に色々してもらったら、すごく楽しいだろうなって思ってたんだよ」
「はぁ」
すごく迷惑な話だ。
「でも、さっき押し倒されて、これはちょっと無理かもなって思ったんだ」
兄貴は俺の顔を抱き寄せて、額の傷に軽くキスを落とした。
「やっぱりボクは、裕太を思いっきりかわいがりたいんだよね」
兄貴は俺の顔を抱き寄せたまま、ほおずりをしそうな勢いで話し続けている。
「裕太にしてもらうのも、あこがれではあるんだけど………。こうやって裕太に触ったり、抱きしめたり、キスしたり、さわったり、噛みついたり、つねったり、ひっかいたりして、思いっきりかわいがりたいんだ」
いや、それはかわいがるのとは違う、と思ったが、昔から兄貴はしょっちゅうそんなことをしていたので、本人はかわいがっているつもりなのだと思う。
「裕太だって、ボクにかわいがられるのが好きだよね?」
兄貴はそう言いながら口づけをしてきて、俺は反論する機会を失った。
「久しぶりに会ったんだから、思いっきりかわいがらせて?」
兄貴はごろごろと俺になついてきた。
真っ昼間だし、帰ってきたばかりで疲れているけど、なんとなくまあいいかという気分になったので、俺は兄の好きなようにさせた。
終わった後、
「やっぱり本当に無理かもしれない」
と、真剣な顔で兄貴が言った。
「なにが?」
「これより気持ちいいことはないと思う」
俺は疲れていて、兄貴が何を言っているのか、しばらくわからなかった。
しばらくしてようやく、兄貴のいう「これ」の意味がわかった。兄貴がもう一度同じ事を言いながら、そこをなぜたからだ。
「てめぇ………!」
俺はまだなつこうとしてくる兄貴を蹴飛ばした。
「ひどいな、裕太」
「部屋へ帰れ!」
兄貴は服を簡単に羽織って、自分の部屋へ帰っていった。
「また夜にね」
などと言い残して。
俺は閉まったドアに、思いっきり枕を投げつけた。
私には「こいつは受けた方が幸せだろうな〜」と思うタイプの攻めが好きという傾向がありまして、天才も結構そのタイプです(観月ほどではない。きっと天才は攻めても幸せだ)。不二はきっと裕太に攻めてもらったら「すごく裕太に愛されてるv」と幸せになるのでしょうが、それより愛されてないかもなーと思いつつ愛している(早い話攻めである)方が好きです。と思ったら、この前買ったユタ不二は、不二が受けているのに思いっきり攻めていました(笑) 攻めである裕太がうさ耳でした(笑) 攻めでもうさ耳だったり、バンビだったり、裕太ったら大忙しです(笑)