部活を終えて、暗くなってから家に戻ると、裕太が姉さんの着せ替え人形になっていた。
「どうしたの?」
リビングルームに広がった裕太の服、うきうきしている姉さんと、ちょっといやがっている裕太。僕はいつもと違う何かを感じた。
「裕太が今度の日曜にデートするんですって」
「言うなよ!」
姉さんの言葉を裕太があわててさえぎる。
裕太がデート?僕は今聞いた言葉が信じられずに聞き返した。
「デートって?」
「裕太がね、クラスメートの女の子に告白されたんですって。で、今度の日曜にデートするらしいのよ」
「デートじゃねぇよ。ちょっと買い物につきあうだけだっていっただろ」
「それって明らかにデートじゃない」
そう言うと、姉さんは急にくすくすと笑い始めた。姉さんは笑い上戸ではあるけれど、今の会話の何がおかしいんだろう。
僕は自分の感情が妙にささくれ立っているのを感じていた。
「どうしたの、姉さん」
「裕太ったらね、あなたに自分がデートをするって思われたくないんだわ」
姉さんの言葉に裕太は真っ赤になって、もごもごと何を言っているのかよくわからないような抗議した。
「へぇ……。裕太、どんな子なの?」
僕は裕太がわめいているのを聞かず、にっこりと笑って裕太にそう尋ねた。
すると、裕太が驚いたような、何か言いたげな顔をして僕を見た。どうやら僕が裕太のデートをいやがるとでも思っていたようだ。
「ねぇ、裕太。どんな子?」
「周助、なんか怖いわよ」
「僕はただ、どんな子って聞いてるだけだよ」
裕太はじっと僕を見て、何も答えない。
「『フツーの子』なんだって。はい、おしまい」
姉さんはその場をおさめようと明るくそう言った。
「姉さんには言ったんだ?」
そう言ったとき、僕が思ったよりもずいぶんと低い声が出た。これではまるで責めているようだ。
「言っちゃ悪いかよ」
「別に悪くはないよ。でも、姉さんにはそんなこと言っておいて、『デートじゃねぇ』なんてね」
そう指摘すると、裕太は唇を噛んで僕を見た。
「ちょっと、どうしたのよ。そうだ。周助まだ夕ごはん食べてないでしょ。早く食べなさい」
「そうするよ」
どうも僕は少し苛ついているようだ。空腹のせいかもしれないと思い、ダイニングテーブルに向かった。
いつもなら僕がこうやって部活が終わって遅い夕飯をとる時には、横の席で裕太がお茶を飲みながら中学の話を聞いてきたりするのに、今日はさっさと部屋に帰ってしまったようだった。仕方がないので僕はレンジで暖めた夕飯を黙々と食べながら、ニュースを見た。
日曜日の降水確率は二十パーセント。でも火曜には大型の台風が近づくらしい。その台風が日曜にくればいいのに…と無意識のうちに考えていることに気づいて、僕は愕然とした。
裕太は流されるタイプだから、たとえその女の子のことが好きじゃなくても、しばらくはデートにつきあったりするのだろう。女の子にどう接していいのかもよくわからないはずだから、文句も言わずにいろいろとつきあったりするはずだ。
僕は何となく目の前のムニエルにフォークを突き刺した。
「何してるの、周助」
そこに姉さんがやってきた。僕が一人で食べてるのを見て、こっちに移動してきてくれたのだろう。
「デートをするって、裕太が姉さんに言ったの?」
僕はさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「そんなのあの子が自分から言うわけないじゃない。こそこそ服を探してたから、ぴんときたのよ。裕太はもてそうなタイプだしね」
「もてそう?」
「スポーツは得意だし、見た目も男の子っぽいじゃない。それに何でも一生懸命するし……一番もてるってタイプじゃないけど、そこそこもてそうよ。中学に入ったらもてなくなるかもしれないけど、高校や大学ではもてるでしょうね」
「へぇ、そうなんだ」
姉さんは占いが得意で、するどい観察力を持っている。姉さんがそう言うのなら、たぶんそうなのだろう。
「周助はもてるっていうよりも騒がれるタイプね。女の子に騒がれるでしょう?」
「そんなことはないよ」
さすが姉さんだ。中学に入ってから、遠巻きに女の子同士が僕を見ながらささやきあったりするようになった。何回も告白されたりもして、友人たちからもてるなどとからかわれたりもするが、僕は彼女たちが僕自身ではない何かを見ていることに気がついていた。僕自身ではない、不二周助という記号のような存在。彼女たちはそれを見て自分たちの都合のよいように騒いでいるのだ。
「きっと周助より裕太の方が彼女を作るのも、結婚するのも早いわね」
結婚? 僕は胸がざわめくのを感じた。
「それは占いの結果なの?」
僕は平然とした表情を作ってそう聞いてみた。姉さんの占いは当たる。だから本当は聞きたくない。でも、なんで聞きたくないんだろう。弟や僕の結婚の時期。興味をそそられてもいい話のはずだ。
「一般論よ。私は私や家族の将来を占ったりはしないわ。一日や二日の運勢なら占ってあげるけど」
「なんだ」
「それにあなた達の結婚の時期なんて占ったら、お互い泣いちゃうじゃない」
「嫌だな。泣いたりなんてしないよ」
「そう? 裕太がデートするっていうのだってすごく嫌がってるじゃない」
「そんなことないよ」
「でも裕太も周助には知られたくなかったみたいね。相変わらずね、二人とも」
姉さんはそういいながら笑った。
僕たちは昔、とても仲のよい兄弟だった。でも今はそうではない。裕太は僕に内緒でデートをするようになったのだし、今みたいに僕から逃げたりもする。
夕食を終え、僕は裕太の部屋に入った。
「なんだよ」
裕太は僕にやましいところがあるようで、それを隠そうとしているためかいつもより態度が攻撃的だ。
「裕太はその子のこと好きなの?」
「好きとかじゃねぇよ」
「好きじゃないのにデートするの?」
「だからデートじゃねぇって言ってんだろ」
嘘だ。裕太はちゃんとわかっている。だからこそ僕に対してやましそうにしているのだ。
でも、 そのやましい気持ちも、成長とともにすぐに忘れてしまうのだろう。昔は僕がいやがるから、あまり友達と遊びにだっていかなかったのに、今はこうやってデートにまで行くようになった。
「告白された子と二人で出かけるんだろう?」
「だからなんだよ」
「だから、好きじゃない子とそういうことするの?裕太は」
僕は裕太をどこかに誘導しようとしているらしい。あまりよくないことだとわかってはいるが、僕は感情のままにしゃべり続けた。
「別に…」
「裕太が好きじゃないのに、そんなことをしたら相手の子がかわいそうじゃない」
僕がそう言うと、裕太は黙り込んで、僕の言ったことを考え始めた。
昔ならそのまま「じゃあやめる」と言い出したはずなのに、裕太は僕の思惑にのらなかった。
「でもそんなもんだろ。一緒に出かけたら好きになるかもしれないじゃん」
さっきまで何か僕に感じていたはずなのに、開き直ったらしい。
「好きになるつもりなんだ」
「んなの行ってみないとわかんねぇよ」
「へぇ…」
そんなことを言うんだ。裕太が僕にそんなことを言うんだ。他の人とデートするって、そしてその人を好きになるかもしれないって、裕太はそういうつもりなんだ。
「約束したんだから仕方ないだろ」
すると裕太は急にしおらしくそう言った。さっきまで僕に反発していたのに、僕の様子を見て言い訳しようという気になったらしい。
「日曜、台風かもしれないって」
「そうなのか?」
本当は違うけれど、あの台風が早くくればいい。そして日曜日に、どこかにいくことなんてできなくなればいい。
「すごく大きな台風らしいよ」
僕は今、とてもみっともないと思う。小学生の弟相手になにをしているのだろう。
「土曜にした方がいいかもな。電話してみるか」
せっかくの僕の嘘も空振りに終わった。電話、ね。そうやって裕太はどんどん僕から離れていってしまう。
「でも、日曜にはまだ台風はこないみたいだから平気じゃないかな」
「どっちなんだよ。よくわかんねぇ奴だな」
「………晴れるといいね」
僕はようやくそれだけ言うと裕太の部屋を出た。裕太の顔を見ることは出来なかった。
タイトルがまったく合ってませんが(笑)
多分かなり前に書いたものを一部手直ししました。
このタイプの話は大好きです(笑)
兄弟話ですが、まあこの人たちはくっつくしかないよねって感じなので周裕コーナーへ。