あいかわらずな僕ら



  
 レースカーテン越しの朝日を浴びながら、不二周助は、昨夜一週間の出張から帰ってきた恋人の寝顔を眺めていた。
 壁には自分の撮ったお気に入りの写真。窓辺には愛するサボテンと、恋人との写真。そして大きなベッドには安らかな寝顔の最愛の恋人。周助は幸せな朝を満喫していた。

 ところが……

「起きなさい。朝ですよ!」
 突然、ドアががたがたとうるさい音を立て出した。
 周助はちらりとそちらに目をやったが、すぐに恋人の顔に視線を戻し、額に刻まれた薄い傷に唇を落とした。
「裕太君、起きなさい! 遅刻しますよ!」
「ん……」
 ぐっすり眠っていた恋人が、外の雑音に反応している。
「まだ寝てていいよ、裕太」
「んー」
「裕太君!」
 がちゃ、という音がして、ドアが開いた。
 見ると、ドアが開くとは思っていなかったらしい男が呆然と立っていた。
「なに?」
 周助は不機嫌な表情を隠さずにその男を睨んだ。恋人と素肌を触れ合わせて眠っていたので、多分その男には昨日裕太がつけた背中の傷が見えているはずだったが、周助は全くそんなことは気にしていなかった。
「………っ! 君には用はありません。裕太君、何してるんですか、このままでは完全に遅刻ですよ」
「ん…。あに……き、もう朝……?」
「まだ寝てていいよ、裕太」
 そう言って周助は恋人をあやすように短い髪に口づけた。
「な…!」
「うるさいよ。誰だか知らないけど出ていってくれる?」
「観月です! 君の義兄です! いい加減覚えなさい! そんなことより、裕太君、もう八時ですよ」
「八時…?」
「そうです。朝ご飯は出来ています。すぐ食べないと間に合いませんよ」
「え? あ? み、観月さん!」
 ああ、ついに起きてしまった。もっと寝かせてあげたかったのに。周助はドアの側にいる観月を睨みつけた。
「み、観月さん、なんで部屋に……」
「すみません。入るつもりはありませんでした。とにかくもう時間です」
「時間……?」
 裕太はベッドからはい上がって、時計を確認した。
 そうすると昨夜の痕が残る肌が露わになる。
「裕太君! 君まで………。なんてふしだらな。早く服を着なさい!」
「あ…。す、すみません!」
「恋人なんだから当然だろう? 裕太、起きる必要はないよ」
 周助はさりげなく裕太の体にブランケットを掛けながらそう言った。
「すみません、観月さん。起こしてもらって悪いんですけど……俺、今日、会社休みなんです」
 裕太は出来る限りベッドに潜り込んでそう言った。顔がとても赤くなっている。
「なんですって?」
「すみません」
「そういうことは早く言ってください。朝食は用意してありますから、冷めないうちに降りてきてくださいね」
「はい」
 裕太が素直に返事をする。肌を―――情事の名残を見られた動揺を必死に押し隠している様子が可愛い。
「多分冷めると思うから、ラップでもかけといて」
「兄貴?」
 意味がわかっていない裕太がまだ寝ぼけた目で周助を見た。
「裕太、おはよう」
 周助はそう言って、恋人におはようのキスをした。
「兄貴!」
 周助のただならぬ気配を感じた裕太が、あわてて周助の体を押しのけようとする。
「ラップ、頼んだよ」
「………っ! わかりました」
 観月はそう言うと、周助に文句を言いながら、ドアをたたきつけて出ていった。

「兄貴、どけって!」
「裕太………」
「まて、やめろ。下で観月さんが待ってる」
 周助はそれを聞かず、裕太の首筋を味わう。
「ちょっ! やめろって」
「裕太、好きだよ。大好き」
 周助はそう言って裕太に口づけた。


※  ※  ※


「ずいぶんと遅いお目覚めですね」
 裕太が下に降りると、機嫌の悪そうな観月が待っていた。
「すみません……」
 遅くなった理由が理由なので、身の置き所がない。こんな時に観月や姉と会いたくはないのだが、同居しているので仕方がなかった。
「君が謝る必要はありません」
「そうよね。周助のせいだもんね」
 リビングで朝のワイドショーを見ていた姉がそう言って、けたけたと笑った。
「なんのこと? 姉さん」
 周助は涼しい顔をして、裕太の隣に立っている。
「あんたたち仲がいいわねーって話。こっちも見習わなくちゃね、はじめちゃん」
「由美子さん! 冗談でもそういう話はよしてください」
 観月は潔癖性ぎみで、その手の話が大の苦手なのだ。
「冗談よお」
 由美子はひらひらと手を振った。


 裕太は自分の席の前にある朝ご飯の支度に、きちんとラップがかかっているのを見て少し落ち込んだ。
 観月が用意してくれたご飯に焼き魚に味噌汁という朝食は、すっかり冷めてしまっている。
「温め直してきます」
「いいですよ」
「出張帰りの裕太のために、はじめちゃんが頑張って作ったのよ。温め直してもらいなさいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、おねがいします」
 売れない詩人兼小説家である観月はほとんど家にいるので、いつのまにかすっかり主婦のようなポジションにおさまってしまっていた。
 占い師の由美子も、フリーのカメラマンである周助も、家にいることは多いのだが、それぞれに自分の好きなことばかりしているので、結局すべてが観月の役目になってしまったのだ。
「観月さんのご飯はおいしいんで、助かります」
「んふっ、そうですか」
 観月は嬉しそうに前髪をくるくると指にからめた。
「ちゃんと温まってないよ、これ」
「うるさいですね。君の分まで温めただけでも十分でしょう」
 裕太の分はちゃんと適温だったが、兄の分の魚はさほど温まっていないような色だった。裕太は兄と観月の低レベルな争いに頭が痛くなった。
「ホント、周助も裕太もはじめちゃんによく懐いてるわよね」
 それを見ていた姉がのほほんとそう言った。
「裕太はともかく、僕は懐いてなんかないよ」
「懐いてるじゃない。周助が普通に嫌みを言える相手なんてなかなかいないわよ。やっぱりはじめちゃんと結婚してよかったわ」
「由美子さん…」
 観月は少し頬を染めてうつむいた。
 自分の姉と観月が結婚しているなんて、裕太には未だに信じられないが、これはこれでうまくやっているのだろう。
 そして姉が言うように、なんだかんだ言って周助と観月だって……仲は良くないし、口げんかばかりしているけれど、たぶんきっとうまくやっているのだ。
 さっきみたいに恥ずかしいのはかなり困りものだが、裕太はこの生活が気に入っていた。


「裕太、部屋に戻ろう」
「ん? ああ」
「不二君、裕太君は出張帰りで疲れているんですよ。いい加減にしなさい」
「え?」
 ただ普通に部屋に戻るだけだと思っていた裕太は、周助を咎める観月にかなり慌てた。
「そんなのこっちの自由だろう。行こう、裕太」
 しかしどうやらそういう意味だったらしい。周助には観月をからかうために、ことさらに裕太との仲を見せつける癖があるのだ。
「お前、本当そういうのやめろ」
「ほら、行くよ」
 周助が裕太の腕を取って立ち上がる。
「二人とも仲がいいわね〜」
 由美子が呑気にそう言ってきた。
 こうやって、いつもと変わらぬ一日が過ぎていった。

 


 アニメでの、「不二由美子に一目惚れ(?)する観月さん」を見て思わず書いてしまったものです。同案多数って感じですね(笑)
 考えてもいなかった組み合わせですが、想像してみるとなかなかナイスです。っていうかこの周裕、ただれすぎです(笑)

 こういう場合、裕太から見れば、兄も姉も、寮で家族同様に暮らしていた観月さんもいるので(爛れた生活は置いといて)なかなか居心地がいいでしょう。
 周助さんから見ても、好き嫌いは置いといてわがまま放題できるのは魅力でしょう。周助さんって、他の人相手じゃ、こんなわがままができるタイプじゃないしね(笑)

 周裕夫婦(←おい)と観由美夫婦の同居なわけですが、役割分担としては裕太(夫)、観月(妻)、周助(小姑)、由美子(舅(姑ではない))って感じですね。由美子さんは若い息子の妻を愛でているご隠居のようです(笑) そして裕太は妻と小姑の争いに振り回されている(笑)
 ちなみにまともに会社勤めなのも裕太だけなので、より一層そんな感じです。ついでに観月が家計を握っています。なんだかんだ言って、ちゃんと周助さんも観月に食費を入れています(笑)
 なんだかウキウキと短期間で書き上げてしまいましたv 裕太と観月はかわいそうでしたが、書いていて楽しかったです♪