勉強が一段落して時計を見ると、いつもの電話がかかってくる時間が近づいていた。
裕太は単語帳を取り出してめくりながら、なんとなくその電話を待っていた。
半分くらいめくった頃、音を消しておいた携帯が震えだした。
『裕太』
携帯からいつもの甘ったるい声が聞こえてくる。
「なんだよ」
『今日はなにかあった?』
毎日かかってくる恋人からの電話。ほんの十分くらいだけれど、恋人と気持ちが繋がっている気分になる。
「アドヴェントの礼拝があった」
『アドヴェント?』
「なんて言うんだろう、今からクリスマスだって感じの期間、っていうか…」
『へぇ。やっぱり色々あるんだね』
クリスマスの四週間前からアドヴェント(クリスマスを待つ期間)が始まる。アドヴェントカレンダーという特別なカレンダーを一枚ずつ開けて、クリスマスを待ち望むのだ。
今日は礼拝の後、アドヴェントカレンダーが配られた。綺麗な絵の上に、小さな窓がついていて、そこに描かれた日付の通りに開けていく。一応裕太も、もらったカレンダーを壁に貼り付けていた。
『面白そうだね。僕も買ってこようかな』
「お前が買ってどうするんだよ」
裕太の恋人はクリスチャンでもないし、ミッションスクールに通っている訳でもない。
『僕だってクリスマスは楽しみにしてるよ。あのね、裕太。今年のクリスマスなんだけど』
恋人は思わせぶりに言葉を切った。
「今年のクリスマスがどうしたんだよ」
『サボらない?』
「サボる?」
『だから、家族じゃなくて恋人と過ごしたいなって思うんだけど』
「は?」
恋人が囁くように言うので、裕太は恥ずかしくなってきたが、言っていることの意味はよくわからなかった。
裕太と裕太の恋人は、恋人ではあるが家族でもある。だから、家族と過ごすクリスマスと恋人と過ごすクリスマスは同じようなもので、去年のクリスマスはそうやって過ごした。
『クリスマス、二人で過ごさないかい? 僕は友達と泊まりのパーティだって言うから』
恋人が息だけで笑ったのが電話越しに伝わってくる。
なんでこいつはこんなに次々と恥ずかしいことを言うんだと裕太は思った。
兄が―――裕太の恋人でもある兄が友達と泊まると言って、自分は多分部活でパーティだとでも言って、そして二人で落ち合って過ごそうということらしい。
「そんなことしなくたっていいだろ」
去年だって結局は恋人のように過ごしたし、もし裕太が母に、今年のクリスマスは部活で………などと電話をしたとしたら、「あら、周助もお友達とパーティだって言うのよ。寂しいわ」なんて言われてしまうわけだ。考えただけで目眩がする。
『せっかくクリスマスなのに、明け方自分の部屋に戻るのは寂しいなって思ったんだよ』
「………」
そういえば、裕太は恋人と二人で朝遅くまで過ごしたことがない。いつも目覚めると恋人はいない。そして兄弟の顔をして食卓で顔を合わせるのだ。
『ね? クリスマスぐらいは二人っきりになろうよ』
それにしても、どうしてこう恥ずかしいことばかり言うのだろう。
「いつだよ」
『やっぱりイブかな。イブは姉さんも泊まりだろうし、僕たちがいなければ、母さん達も夫婦水入らずのクリスマスになるだろう? そのかわり二十五日は家族全員でクリスマスをしようよ。でもイブは裕太と二人で過ごしたいな』
それもそうかと思って、裕太は小さく頷いた。
『そのカレンダーって、どこで売ってるんだろうね』
「カレンダー?」
『アドヴェントカレンダー。裕太とのデートの日まで、毎日開けてみるよ』
「そんなことすんなよ!」
裕太は怒鳴ったが、返ってきたのは笑い声だけだった。
電話が終わり、また単語帳をめくりながら、裕太は壁に貼り付けたカレンダーを見た。そしてしばらく悩んでから、今日の日付の窓を開けた。
中高とミッションスクールだったので、この時期はクリスマス礼拝に向け、ハレルヤの練習などをしていました。アドヴェントの礼拝とかって懐かしいですー。
しかし、どうしようもなく恥ずかしい兄さんですね(笑) この人達は一体どこでクリスマスイブを過ごすつもりなんでしょう? 多分高一と高二だと思うのですが、さすがにクリスマスにシティホテルとかは無理でしょう。行ってもらいたい気もしますが(笑)
予算の都合を考えると、東京の場合逆に近場の温泉にでも行った方がお手頃で、チェックアウトも遅くていいかもしれません(平日だし、温泉旅館ならクリスマス値段じゃないだろうし)。
「温泉?」
「うん。一度温泉で二人きりっていうのもしてみたかったんだよね」
「温泉………」(←親にウソをついて、しかも旅行までするとなると抵抗がある)
「裕太がいいなら、夜景の見えるホテルとかでもいいよ」
「んな金ねぇよ」
「…(裕太、払うつもりだったの?)…。僕が出すよ」
「んなトコ泊まれるかよ」
「丹沢とかなら、近いからすぐ家にも帰れるよ」
「丹沢?(どこだそこ)」
「小田急線でいくんだけど、箱根ほど遠くないから」
「(よくわからない)兄貴が適当に取ったところでいい」
「じゃあ取っとくね(やった。裕太と温泉旅行だ)」
周助さんはとにかく裕太といちゃいちゃしたいので、二人っきりでいちゃいちゃできるところが希望です。クリスマスというイベントに関しては、二人でメリークリスマスと言って、イチゴのケーキを食べるだけでいいのです。
目の前の料理が、舟盛りやらすき焼き(旅館でよくある携帯燃料で作るヤツ)であったとしても、全然かまわずにクリスマス気分です(笑)