デカダンス

 

 

 

 このところ、時々ふと、誰かの感情が紛れ込んでくることがある。
 登下校の時だったり、体育の授業の時だったり、時間も場所も一定しないけれど、誰かの感情を感じることがある。
 大抵は何もない、空虚なだけの感情で、時には鋭い怒り。言葉として理解できる感情はほとんどない。
 生々しく感じるというわけではなく、離れたところで温度を感じる手触りのような、そんな感触。

 それが誰の感情なのか、始め俺にはわからなかった。

 しかし時折混じる言葉には俺になじみのある名前が入っていたし、それがたまには俺の名前だったりもしたので、この感情が誰のものなのか、何となくわかるようになった。

『梧桐、あのクソヤロー。ぶっ殺す』

 その感情が明確に言葉になるのは、こういうたぐいの感情が浮かんでいるときだけで、あとはただひたすらに空白。

 他人の感情が混じり込んでくるなんて、普通だったらかなり面倒なはずけれど、彼の感情に限ってはそうではないらしい。
 少し冷たい虚無。
 触り心地は悪くない…―――


 彼の感情が混じってくるようになって、もしかしたら自分の感情も漏れているのかもしれないと思い、慎重に行動するようになった。しかし、どう考えても俺の感情が漏れている気配はないし、彼の感情が俺以外の他の誰かにも混じっている気配もない。

 どうやら、これは俺と彼―――半屋君の間だけの特殊な状況らしい。 

 半屋君というのが誰なのかを説明するのは、なかなか難しい。
 彼について調べたことはあるし、有名人だから一応は知っているけれど、そもそも、ほとんど会った事がないというのに近い状態だ。

 会ったことがあるのはたった一度。しかも俺はその時、自分の素性を隠していたので、実際はまだ会ったことはないとも言える。
 その半屋君の感情がどうして混じってくるようになったのか、考えられる原因がないわけではない。
 俺が半屋君と始めて会ったとき、俺は自分の木刀で半屋君の喉をついた。それでどうしてこういうことになるのかはわからないが、それくらいしか原因が思いつかないので、多分あれが原因なんだろう。


 
 授業が終わり、部活に向かおうと準備していたとき、また半屋君の感情が混じってきた。
 攻撃的な感情に支配されて、誰かを捜している。
 誰かと言っても、俺を捜しているのだということはわかっているのだけれど、半屋君の感情の中に俺の名前はない。
 半屋君は退院して以来、時々俺を探していた。どうやら再び闘って、今度は俺を倒したいらしい。俺にはもう半屋君と闘う気はないので、今まではそれを近くに感じるたびに、席を外していたのだが、今日はふと興味に駆られて、半屋君に会ってみることにした。

「おい、八樹っていうのはこのクラスか」
 攻撃性を隠さない押し殺した声で、半屋君がドアの一番近くに立っていた俺に聞いてきた。
「ああ。そうだよ」
「どこにいる」
 目の前にいる半屋君の感情が俺に混じっている。半屋君の心が強すぎて、俺にまで伝わってきているような、かなり奇妙な感覚だ。
「部活にいくところだったんじゃないかな」
 半屋君は一応俺と話しているわけだが、半屋君の感情の中に、目の前の俺に対するものは一切無い。
「アァ?」
 瞬間、半屋君の感情が爆発して、それと同時に大きな音がした。
 何が起こったのか一瞬わからなかったが、どうやら半屋君がドアを蹴飛ばしたらしい。
 そう理解したときにはもう半屋君の姿はなかった。
 別にここにいないとは言ってないのにね。間違ったことも言ってないし。
 
 しばらく苛立った半屋君の感情が混じっていたが、半屋君が遠ざかるにつれ消えてゆく。
 
 少し驚いたが、悪くはない感触だ。今度半屋君が来たらまた話してみようか。
 何回もやっていたら、さすがに俺がその八樹だとばれるかな。
 それともやっぱり、わからないままなのだろうか。
 半屋君は俺に隠し事ができないわけだから、試してみるのも面白いだろう。
 そんなことを考えていると、この状況も悪くはないような気がしてきた。

 




 さて、以前自分で書いた原作へぼんの条件をしっかり踏んでいるのが笑えますが、その時も書いたように、私はこういう話が大好きです(笑)
 
 別に原作の穴を埋めようと思って作った設定ではないのですが、

書きながら「これならアリ」とか思いましたよ(笑)
 
 今回はちょっくら同人ちっくな文章にしてみました。うーん、楽しいです。

 

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