今日の聖句5月13日(木) わたしはいつまでも争わず、いつも怒ってはいない。 イザヤ57:16 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方いや、よみがえられた方である キリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。 ローマ8:34 ******************************** ヨハネの福音書6章12節13節 そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。「余ったパン切れを、一つもむだ に捨てないように集めなさい。」彼らは集めてみた。すると、大麦のパン五つから出て来 たパン切れを、人々が食べたうえ、なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。 「余ったパン切れ」 4節に過越の祭りが近づいていたと書かれていますので、出エジプトの時に神様が天から のマナで当時のイスラエルの人々を養ってくださったことを思い出して、人々はイエス様 を神様であると信じることができたと思います。しかし、パンを食べた人たちはイエス様 を救い主とは思うことはできず、ローマからの独立運動の盟主に持ち上げようとしました。 この5000人給食の物語は、イエス様は人に命の糧を与える方、人を生かす方、いのち の主である御方として私たちの心に焼き付けられます。イエス様の食べ物は神様の御心を 行うことでしたが、私たち人間の食べるパンはイエス様の愛です。イエス様を信じること が私たちの食べるべき究極のパンなのです。イエス様こそ私たちのパンです。 「余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。」というみことばに驚か されます。食べ飽きて地面に散らかしたパンくずを「一つも」無駄にならないように集め なさい、と言われます。それは、イエス様は終わりの日に世界の隅々からご自分を信じる 人々を集められるからです。終末にいたって、イエス様によって神様と和解させられた全 ての人が一人も残らず永遠の神の御国でイエス様の御前に集められるのです。 私たちは満腹している人からは見向きもされないような粗末なもので、地面に散らばった パンくずのようです。しかし、イエス様を信じて生きる限り、滅びることなく、失われる ことなく、終わりの日にはよみがえらせていただけることを感謝したいですね。最後の晩 餐と5000人の給食と聖餐式、共通点はイエス様を信じて受け入れること、ここに信仰 の秘訣があるみたいです。 祝福を祈ります。