今日の聖句 3月21日(月) 彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。 詩篇91:14 それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語っ て、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現 わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。 ピリピ1:20 ***************************** テサロニケ人への手紙第二3章16節17節18節 どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与え てくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますよう に。パウロが自分の手であいさつを書きます。これは私のどの手紙にもあるしるし です。これが私の手紙の書き方です。どうか、私たちの主イエス・キリストの恵み が、あなたがたすべてとともにありますように。 「平和の主」 手紙の最後のあいさつの言葉に「平和の主」という言葉が使われています。キリス トこそ、平和の主であることをパウロは固く信じています。落ち着いた生活のため にもっとも必要な要素は平和ですので、パウロはそれを祈っています。 この「平和」は戦いがない状態という意味だけでなく、健康、救いなどの要素が含 まれています。愛と平和と躍動する命に満ちた平和の主、イエス・キリストと共に 生きる信仰生活の前途を祝福する言葉です。 最後にパウロは、自分の手で挨拶を記しますと書いています。当時、パウロはよく 第三者に自分の語ったことを筆記させる形で手紙を書いています。しかし、その手 紙の信ぴょう性を確実なものにするためと、内容の重要さを示す意味もあり、最後 の部分を直筆で書いたのだろうと言われています。心のこもった手紙です。 聖書全巻で「平安」は105回、「平和」は120回出てくる言葉で信仰のキーワ ードの一つです。イスラエルでは「シャローム」と言います。おはよう、こんにち は、の挨拶をを「シャローム」といい、「シャローム・シャローム」と答えます。 お互いに相手の平和を祈り合う姿はとても美しいです。シャローム。\(^o^)/ 祝福を祈ります。