今日の聖句 1月24日(月) また、遠く離れていた者たちも来て、主の神殿を建て直そう。 ゼカリヤ6:15 ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。 なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。 ガラテヤ3:28 **************************** ガラテヤ人への手紙4章22節23節 そこには、アブラハムにふたりの子があって、ひとりは女奴隷から、ひとりは自由 の女から生まれた、と書かれています。女奴隷の子は肉によって生まれ、自由の女 の子は約束によって生まれたのです。 「律法か約束か」 パウロは、旧約聖書、創世記16章、21章に出てくる「アブラハムの子ども」に ついての問題を取り上げて、説明しています。最終的にアブラハムの相続者となっ たのは、は約束の子イサクであり、決して奴隷の子イシュマエルではありませんで した。律法の奴隷になるのか、約束を信じて自由になるのかと迫ります。 創世記によると、妊娠した女奴隷ハガルは子どものいないアブラハムの妻サライを 見下すようになりました。しかし、サライから相続人として「約束されていたイサ ク」が誕生したので、奴隷女ハガルとその子「イシュマエル」は追い出されること になりました。 パウロは、それと同じで、約束のメシアによって生まれた私たちこそ、正当な相続 人であり、肉の力によって救いを得ようとしている人たちは、すなわち律法主義に 頼っている人たちは相続することはできないと訴えているのです。 ここの22節から31節の行は「きよめ」の教理の中で、とても大切な箇所である として、しばしば、説教されています。私たちの信仰は神様の約束によってきよめ られるのであって、私たち人間の手先の小わざによるのではないということです。 祝福を祈ります。