今日の聖句 1月20日(木) 貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。 箴言14:31 イエスは彼に言われた。「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの 持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積 むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」 マタイ19:21 ***************************** ガラテヤ人への手紙3章17節18節 私の言おうとすることはこうです。先に神によって結ばれた契約は、その後四百三 十年たってできた律法によって取り消されたり、その約束が無効とされたりするこ とがないということです。なぜなら、相続がもし律法によるのなら、もはや約束に よるのではないからです。ところが、神は約束を通してアブラハムに相続の恵みを 下さったのです。 「神からの祝福の約束」 パウロは「神からの祝福の約束」は遺言のようなもので、最終的には何も付け加え られることなく、その通りに実行されるものだと語ります。神はアブラハムに子孫 の祝福、多くの民の祝福を約束されました。契約として制定されました。 その約束の制定後、400年以上たってから造られた律法は、祝福の約束(契約)に 代わるものではないのだというわけです。アブラハムと子孫への祝福は神の約束で あり、律法を守ることによってもたらされるものではないのです。 実は、その祝福の約束をキリストが私たちにまでもたらしてくださいました。キリ ストが遣わされて十字架で裁かれ、私たちへの律法の要求を満たし、相続の妨げを 取り除いてくださったのです。 それでは、律法の役割は何か?パウロはそれについて「私たちの違反を明らかにす るために付け加えられたもの」だと語ります。つまり、律法は私たちを罪の自覚の 中に閉じ込め、私たちにキリストが必要であることを悟らせるためのものなのです。 律法自体が私たちの救いをもたらすものではないのです。 祝福を祈ります。